第4話 『異人の少年』
人買いたちが出て行って、地下には商品だけが残された。
ラズリシアは檻と檻とを区切る壁に寄りかかって座った。地面があまりにも冷たくて、なんだか湿ってもいて、不快だった。それで少年は、隣で同じように気持ち悪そうにしている女の子を持ち上げて、自分の膝の上へ乗せてやった。
「■■■・・・」
少年を見上げて、女の子ははにかみながら何かを言った。
おそらく、礼を言ったのだろう。ラズリシアは笑って、女の子の頭を撫でた。
地下室の冷気はラズリシアの着るぼろの服など容易にすり抜けて、少年の肌を容赦なく刺した。だが、彼に寄りかかっている女の子のおかげで、寒さに震えることはなかった。
代わりに彼の心を泡立たせたのは、同居人たちのぶしつけな視線である。
5人の、少年少女たち・・・。
格子をくぐった時の、あの大部分が諦念に染まった、10個の目。
そのうちいくつかは、すでにこちらを向いてはいなかったが、まだ自分たちを見ている、数人の、訝し気な、何か奇妙なものを見る眼差し・・・それが少年の後ろ頸のあたりをふつふつとさせる。
なかでも、ラズリシア達をじっと瞬きもせずに見つめる少年がいて、その瞳は二人に対する興味と関心を少しも隠そうとしていない。それが一等、ラズリシアを落ち着かなくさせていた。
「・・・ちょっと、いいかな?」
「・・・!」
だからこそ、ラズリシアはその少年に注意を向けていた。
そのせいで、別の人間が側まで近寄っていたのに、まるで気がつかなかった。
「・・・・・・・・・・・・なに」
声をかけてきたのは、少しばかり年上の異人の少年だった。
すすけた黒い髪に、異人の特徴である黄色味がかった肌がまず目についた。背はそこまで高くない。肉付きは、こんな境遇なら当たり前だが、よくない。(なぜか膝の上の女の子は違ったが)。
眦の下がった優しげな瞳に、自然に浮かんでいるように見えるほほえみを顔にくっつけていて、ここの重苦しい雰囲気に似合わない、温和な人柄がにじみでた様相だった。相対していて、ラズリシアはなんだか変な汗が出てきた。
「いや、隣いいかな?」
「・・・なんで」
「君たちと話したくて」
ラズリシアは、膝の上で固まっている亜人の子を抱き寄せた。女の子が、今度は違う理由で固まったのに気づかずに、隣に立ってこちらを見下ろしている異人の少年に、改めて言った。
「なんで」
「不思議じゃないか。人間と亜人が、まるで兄妹のように寄り添っているなんて」
兄妹のよう・・・。
俺とこの子が?
「・・・ほんとにそう見えるか?」
「え?いや、まあ・・・少なくとも、僕にはそう見えたよ」
複雑だ。
なんとも複雑な気分だ。
ラズリシアはどんな顔をしていいのかわからなくて、微妙で歪な表情になった。
うれしいという気持ちは、ないではない。けれども、なんだか気持ちの悪い感もある。
どちらの感情も、どこから来たものか判然としていない。なんだろう。うん。なんだろう・・・。
「・・・もしかして、何か気に障ることだったかな?だとしたら、ごめん」
「・・・え、いや・・・べつに、そうじゃない」
異人の少年が、申し訳なさげにこちらを見ている。彼はいつの間にか座っていて、ラズリシアと同じ目線になっていた。
「べつに・・・あやまるひつようは、ない」
内心の動揺は棚上げにして、ラズリシアは言った。
すると、異人の彼はほっとした様子で、またあの柔和なほほえみを浮かべた。そして、何故だか、その髪と同じ真っ暗な瞳を星が散ったように輝かせて、二人の前に手をさしだした。
「僕はフェルド。えっと、ね」
異人の少年・・・フェルドは、初めて言葉を詰まらせて、恥ずかし気にうつむいた。
そうしながらも、これもまたこの場にそぐわない、興奮した、ワクワクとした様子で、吐き出すようにして言った。
「僕と、友達になってくれ!」




