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有明ランデヴー

「ちょ、ちょっと待って」


 ぼくは彼女の話をさえぎった。

 1985年……って、平成何年? それとも昭和?


「えっと、いま何年かわかる?」

「1985年よ」

「や、そうじゃなくて。いまぼくたちがいる、この時代のことなんだけど」

「1998年。わたしたち未来に生きているのよ。これってすごいことよね!」

「いや、1998年は過去だよ」

「どういうこと?」

「ぼくは2016年から来た」


 13年前の過去からやってきたコスプレ少女と、18年後の未来からやってきた未来少年――つまり、ぼく。そんな会話、とてもじゃないけど周りの人に聞かせられない。ぼくたちは場所を移し、ベンチに腰掛けて話を続けた。セーラームーンと横並びに座りながら真剣な話をしている絵面は、なかなかシュールだ。


「わたし、うそなんか言ってないわよ。ほら」


 彼女はポーチから財布を取り出し、運転免許証をぼくに差し出してきた。コスプレ衣装に着替えたときには、ポーチに貴重品を入れているようだ。ぼくは入れ替わりに、自分の学生証を彼女に手渡す。


  氏名:江古田瑞希  昭和40年5月1日生

  本籍:兵庫県神戸市○○-○○

  住所:兵庫県神戸市○○-○○

  交付:昭和59年3月15日 ○○○○

   昭和62年3月15日まで有効


「……江古田瑞希。昭和40年って、西暦で何年?」

「1965年よ」

「1965……って、え! 51歳!?」

「ちょっと! 失礼ね、わたしハタチなんですけど!」


 衣装をチェンジした方法から考えても、ミズキがこの時代の人間じゃないことは明白だ。それにしても、外見からはハタチにすら見えないのに51歳とは……。1998年時点だと33歳? いや、本来の時間に戻ればやっぱり20歳なのか。なんだかずいぶん混乱してきたぞ。


「ねえ、あなたの名前、これなんて読むの?」

「ああ、ノアっていうんだ。駒沢希亜ノア

「ノア? すごい名前ね」

「な。キラキラしてんだろ」

「キラキラ? ねえ、この生年月日の平成11年1月14日って、何年なの?」

「1999年」

「それって、えーっと……、あなたまだ生まれてないの!?」

「そう……なるのかな? まだ生まれていない17歳か」


 ミズキはいぶかしがりながら、ぼくの学生証を返してきた。ぼくはそれに応じる形で、彼女の運転免許証を返す。この身分証明証は、ぼくたちの身分を本当に証明してくれているのだろうか。


「あなたのこと疑うわけじゃないけど、ちょっと信じられないわね」

「ミズキは疑い深いな」

「ねえ、わたしのほうが年上なんだけど? いきなり呼び捨てはないんじゃない?」

「そう怒るなよ、51歳のミズキおばあちゃん」

「ちょっと、怒るわよ!」


 ふくれっ面になっても、彼女特有の人懐っこい愛嬌のせいで、まるで怖くない。なんでこんなに話しやすいんだろう? もしかして彼女は、ぼくと縁のある人間なのだろうか。


「『バック・トゥ・ザ・フューチャー』って映画は観たことある?」

「このあいだ公開が始まったばかりよ。主演の子……ええっと、マイケル・J・フォックスが可愛いのよね」


 ちなみにぼくの下着は、カルバン・クラインではない。


「まぁ、それはいいや。自分が生まれた時代の証明、か。難しいな」

「じゃあさ。あなたの時代では何が流行っているの?」

「ぼくはアメコミのマーベル映画が好きだけど、コミケだと男性向けはアイドル系が人気かなぁ。ラブライブ!とかデレマスとか」

「アイドルって……おニャン子クラブみたいな?」

「うん。間違ってない。三次元では秋元康のアイドルが人気だよ」

「ほかには?」

「女子人気は、やっぱり『おそ松さん』かな?」

「『おそ松さん』?」

「『おそ松くん』の6つ子が大人になって、女子に大人気」

「……ねぇ、あなたやっぱりわたしをからかってるんでしょ?」

「そんなわけないだろ」

「そんなものが女の子にウケるわけないでしょっ!」


 正直に言えば、ぼくは彼女がどこの時代の人間なのかは、あまり興味がない。というか、過去から来た証明なんて、できないんじゃないか? 未来から来た場合は、いろいろ言い当てたり、未来の品物を見せれば証明はできるけど。品物……、そうか。


「これが未来から来た証拠になるかはわからないけど……、はい」


 ぼくは彼女にスマホを手渡した。指紋認証でロックを解除すると、ミズキはタッチパネルをおっかなびっくりに操作している。


「これって……なにをするものなの?」

「スマートホン。携帯電話だよ」

「じゃ、じゃあ、ちょっと電話してみせてよ」

「時代が違うから電波が入らないんだよ。そうだ、このアプリで……」


 ぼくはカメラアプリでミズキを撮影し、その場でデカ目加工をしてみせた。


「すごい……。電電公社が民営化したら、ここまでサービスが良くなるのね」


 ぼくはミズキの独り言を無視して、言葉をつづけた。


「でもね、写真を撮っても朝に戻るとデータが残ってないんだ。消えちゃうんだな。お金を使っても、財布の中身は元通り。体の疲れも元通り。全部、朝の状態からリスタートになる。メモを書き残したとしても、それを次の朝に持ち越すことはできない、はずだ」

「そうね。わたし、更衣室で知り合った子たちから、名前とか電話番号を聞いてアドレス帳にメモをしたんだけど、ぜんぶ消えちゃったもの」

「すごいな。よく個人情報をそこまで聞き出せるもんだ。ともかく、手のひらにお互いの名前を書いたとしても、次の朝になれば消えちゃうんだ」

「名前?」

「たとえば、お互いの顔に『バカ』とか『あほ』とか書いても、次の朝にはきれいさっぱり消えているんだ」

「そんなことしないわよ」

「えーっと、つまりね、ぼくらが次の朝に持ち越せるのは、記憶だけなんだ。記憶の継続性が、ぼくたちの自己同一性を保証してくれる……ってことなんだけど。要するに口約束がとても大きな意味を持つんだ」

「ここで約束したことは、次の朝には“わたしたちしか知らないこと”になるのね?」

「そう。それな」


 ミズキはちょっとムッとした表情を見せ、上唇をとがらせた。


「だから、きょうはこのまま別れよう」

「それで?」

「どこか場所を指定してほしい。次の朝はそこで会おう。そうすれば、お互いに反復ループしている証明になるはずだ」

「いいわよ。じゃあ広場に薬局があるじゃない?」

「薬局……? ドラッグストアか」

「その前のベンチにいるわ」

「オーケー」


 それだけ言うと、ぼくはミズキと別れ、コミケ会場を後にした。仕方ないさ。いきなり信用が得られるなんて思ってない。彼女はぼくがいつの時代の人間なのか、本当に反復者ルーパーなのかを、まだ疑っている。ただ単に、調子よく話を合わせているだけかもしれない、って。

 とはいえミズキは、この世界を脱け出すために唯一ぼくの手助けになってくれそうな人だ。時間はいくらでもある。本当はあってほしくはないんだけど、これから時間をかけてじっくりと話し合っていけばいい。

 それより、ぼくにはまだ確認しておきたいことがある。

 それは「眠らずに起きたまま0時を迎える」ことだ。

 寝た瞬間に「1998年12月29日の朝」に戻るのなら、眠らずに夜を明かしたら?

 たぶん、これまでの経験上、またガクンとなって朝に戻るとは思う。だけど、それがどの時点で発生するのかを確認しておく必要がある。それを知れば、一日の活動可能な時間がわかるはずだ。

 その時間内で、ふたりの役割分担を決めればいい。元の時代に戻るための、手掛かり探しの。

 ひとりなら大変でも、ふたりなら何とかなりそうな気がしてくる。ミズキのセリフじゃないけど、同じ境遇の人がいるって、心強いもんだ。


 ぼくはコミケ会場を出て、ミズキが指定した待ち合わせ場所を事前に確認しておいた。

 そして、もうひとつの事実を確認するために、電話ボックスに入る。中は風俗関係のチラシが至る所に張られている。まるで悪霊を封じ込める呪符みたいだ。とんでもない時代だな。

 ぼくはスマホの「連絡先」を立ち上げて、自宅の電話番号を表示した。昭和50年代の10円硬貨を投入し、公衆電話のボタンをプッシュする。

  トゥルルルル

 呼び出し音が何度か鳴った後、ガチャリと音がして、男性が通話に出た。


「はい、もしもし駒沢ですが」


 父親だ。電話に出たのは、18年前の父親だった。


「もしもし? もしもーし?」


 ぼくは一言も発せずに、そのまま受話器を置いた。

 その足で、近くの喫茶店に入る。営業時間は22時まで。ここでできるだけ時間を潰して、あとは外を散歩でもしながら日付をまたぐつもりだ。

 ぼくは席に座ると、さきほどの父親の声を反芻していた。店内に設置されたテレビの音声が、まるで耳に入ってこない。電話越しの父親の声は、録音した自分の声を聞いているみたいだった。

 5年前に亡くなった父親の、懐かしい声。

 ぼくは思わず「父さん」と話しかけそうになった。

 でも、何を話せばよかったんだ? まだ生まれていませんが、ぼくはあなたの息子です、とか?

 鼻の奥がツンとしてくる。

 ぼくはまたひとつ、この世界のルールを確認した。ぼくら反復者ルーパーは、このコミケ会場近辺のエリアに閉じ込められていて、外に出ることはできない。とはいえ、外界から完全に断絶されているわけではなく、このエリアの外にも1998年の世界は存在するのだ。

 ようやく、この世界のアウトラインが見えてきた。

 この世界に抗うための情報が、少しずつ増えてきた。


 喫茶店を追い出された後、ぼくはコミケ会場周辺をひたすら歩き回った。とにかく眠くて仕方ない。どうせお金が回復するからと、あれこれ注文して、腹が膨れたせいだ。あのまま店内にいたら、ふいに眠ってしまいそうだった。外の広場には、徹夜組がすでに列を作っていた。迷惑な連中は、いつの時代にもいる。

 スマホのバックライトは、夜間に外で時間を確認するにはうってつけだ。23時55分を過ぎてから、ぼくはずっとスマホとにらめっこしている。

 23:56

 23:57

 23:58

 23;59

 表示が0:00に変わる瞬間、ぼくは膝から力が抜けて、崩れ落ちるような感覚を味わう。

 ・

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「そろそろ動き出しますよ」


 牛山健二がぼくを起こしてくれた。

 目を覚ましたぼくは、自分がどこにいて何をすべきか、はっきりと自覚していた。

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