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反復(ループ)

 目を覚ましたぼくは、ジーンズの後ろポケットに手を回し、キンキンに冷えたスマホを取り出す。


  9:25 12月29日木曜日

  バッテリー残量、56%。


 急いでカメラロールを確認するが、コスプレ広場で撮影した写真はデータに残っていない。

 くそっ。

 めまいがするようだ。

 世界を救う、なんて夢の中で勇ましいことを決意したせいで、猛烈に恥ずかしさがこみ上げてくる。

 隣の地球滅亡男が、心配そうな表情で声をかけてきた。


「あ、あのー、大丈夫? 気分でも悪い?」


 ぼくは隣の男の表情をしげしげと見つめる。彼に起こされるのはこれで3度目だ。そういえば、まだ彼にきちんとお礼を言ってない。


「ちょっと変な夢を見ていたみたいで……。あのぉ、以前、会ったことあります?」

「い、いやぁ、ない、と思うけど……」

「来年は1999年?」

「う、うん」

「ノストラダムス?」

「あはっ。そ、そうだね。地球滅亡」

「あんた名前は?」

「う、牛山。牛山健二、です……けど」


 同じことを繰り返しているせいで、夢なのか現実なのか、区別がつかなくなってきた。

 くたくたになるほど歩き回っても「この朝」に帰ってくると体力は元に戻る。使ったお金も元戻りだ。まさしく“リセット”という言葉がピッタリ。ということは、やっぱり夢なのか?

 それより問題は頭の疲れだ。

 前の“夢”で経験した記憶をそのまま持ち越せる反面、精神的な疲労もそのまま蓄積されていく。ストレスがリフレッシュされず、乗り物酔いにも似たデジャヴの感覚が大きくなっている。

 どうやら眠りに落ちた瞬間に、「1998年12月29日の朝」に戻ってしまうようだ。

 先ほどの場合は、寝落ちというよりは強制終了のような感じだったけれど。すぐ寝入ってしまうほど、疲れていたのかな?

 牛山がおずおずと尋ねてきた。

 

「それで、あのぉ……、そっちは?」

「ああ、名前ね。ノア。駒沢希亜ノア

「か、格好いい名前だね」

「キラキラしてるだろ」

「キラキラ?」


 ぼくは牛山健二と話しながら、整列したまま西館に向かって歩きはじめた。牛山健二から「1998年のコミケ」についての情報を仕入れようとしたが、ぼくが知り得たのは以下のとおりだ。


 彼は川崎に住んでいて都内の印刷会社に勤務していること、今年は横浜ベイスターズが優勝して地元が盛り上がったこと、ゲームハードはセガの「ドリームキャスト」を発売日に購入したこと、ドリキャス(と略すらしい)ではじめてインターネットに接続したこと、アスカよりレイが好きであること……。


 有益な情報は何ひとつ得られなかった。『エヴァンゲリオン』の話題が出たときには、ゴジラについての話がのどまで出かかったけど、かろうじて飲み込んだ。アスカって式波? 惣流だっけ? 新劇場版がはじまったときはまだ小学生だったから、ちゃんと見てないんだよな。


 待機列や会場内から拍手と歓声が起こる。

 外階段を上って屋上展示場までくると、有明の海が視界に入る。冬特有の鈍い日射しが海面に乱反射し、あたり一面が白くぼやけて目を開けていられない。海からの風は痛いほどの寒さだ。

 ここで準備会スタッフが叫ぶ。

 ほら。


「押さないでくださーい」

「列を乱さないように、前の人とのあいだを詰めてくださーい」

「もし危険物を持っている人がいれば、いますぐ海に投げ捨ててくださーい」


 このあとは、西館に入ってすぐの待ち合わせ広場で、小男がころんで荷物をぶちまける。その瞬間に立ち会う前に、ぼくは準備会スタッフに声をかけ、気分が悪くなったので列を離れる旨を伝えた。牛山の心配そうな顔を背に、ぼくはスロープで西館1階の裏手まで降り、タクシーに乗車した。


「豊洲駅までお願いします」


 お金はいくらあったかな。

 まだ午前11時。さすがに眠くはない。

 電車以外の交通手段で、まずはコミケ会場を離れてしまおう。

 環二通りを抜け、東雲運河に架かった橋を半分ほど過ぎたところで、タクシーはタイヤがパンクでもしたかのように、ガクンと大きく揺れた。カーラジオの声が遠のく。

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

「そろそろ動き出しますよ」


 ハッとして目を覚ます。周囲を見回すと、待機列の只中にいた。

 またか。さすがにウンザリしてきた。

 牛山健二が心配そうな表情で、ぼくの顔を覗き込んでいる。

 

「これじゃあまるで、オール・ユー・ニード・イズ……」

「ビ、ビートルズ?」

「ちがう!」


 ぼくは牛山健二に苛立ちをぶつけてしまった。


「……牛山健二!」

「は、はい!」

「川崎市在住の印刷会社勤務!」

「そ、そうです!」

「ドリームキャスト買ったな!?」

「か、買いました!」

「あとは綾波だ! アスカより綾波だろっ、そうだな!?」

「そ、そうです! ぁ、ぃゃ、アスカも可愛いなっ、とは思うんですけど……」

「どうでもいい!」

「は、はいっ。すいません!」


 ぼくはどうやら思い違いをしていたようだ。

 1回目は、電車の中で眠ったら反復ループした。そこで「睡眠=反復ループ」と推測したが、2回目も今回も、目は冴えていて眠気はなかった。全3回に共通する要素と言えば、“国際展示場があるエリアから離れようとした”ことだ。

 つまりぼくは、1998年12月29日のコミケに閉じ込められたんだ。

 どうすれば、ここから出られるんだ?



「あのぉ……、以前、会ったことあります?」

 

 牛山がおそるおそる、ぼくに話しかけてきた。


「いいことを教えてやる。恐怖の大王は来ないぞ」


 それだけ言い残すと、ぼくは待機列を離れて広場に向かった。

 ごめん、牛山健二。反復ループしたらキミは覚えてないんだから、今回だけは八つ当たりを許して。みんなは「1998年12月29日」をつねに新しい一日として過ごしているのに、ぼくだけが同じ一日を反復ループしている。事態の深刻さに、だんだんと心がやさぐれてきた。

 広場に着いたぼくは、できるだけ陽当たりのいいベンチを選び、横になる。

 二度寝くらいさせてくれ。

 もうどうにでもなれ。 

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

「そろそろ動き出しますよ」


 ……しまった。

 やはり、寝たときにも朝に戻ってしまうようだ。

 眠りに落ちた瞬間に、ノータイムで牛山健二に起こされる。

 眠るか、このエリアから離れると、反復ループが発動してしまう。この「1998年12月29日」で何かをしなければ、2016年には帰れないのか?

 頭がくらくらしてきた。


「あ、あのー、大丈夫? 気分でも悪い?」


 牛山健二が心配そうに声をかけてきた。彼に起こされるのは、これで5回目だ。

 ぼくは牛山の顔をしげしげと見つめる。不思議なものだ。ぼくは彼のことを少なからず知っているのに、彼はぼくのことをまるで知らない。またイチから自己紹介しなきゃいけない。彼に対してだけじゃない。この先、この会場で誰に話しかけても、誰と知り合っても、ぼくだけが孤独だ。

 気が滅入ってくる。



 ……いや、待てよ。

 考えようによっては、これは利点じゃないか?

 この世界では、ぼくだけがトライ&エラーを許されているわけだ。

 当たって砕けろ……、つまり、その……たとえば。

 あくまで、たとえばの話だけど。

 異性に声をかけたり、ナンパしたりして、ダメだったとする。まぁ、そうそうウマくはいかない。ションボリして終わりだ。玉砕。だから、普段なら声をかけることすらできない。できないよね?

 だけど、いまはやり直しができる。何度も反復ループして、その子の趣味を聞き出したり、好感を持たれるような話題を少しずつ探っていけば、その子にとっての“運命の出会い”を演出できるはずだ。

 クズの発想? いや、これこそ反復者ルーパーならではのチート能力といえる。

 反復ループを有効利用した、まさしく「チート・デイ」だ!

 ……本来の意味とは違うけど。


「ありがとう、ありがとな!」


 ぼくは牛山の手を取って感謝を述べた。牛山は不思議そうな顔をしている。

 この世界から脱け出す方法は、もちろん探す。

 やるよ?

 やるけど、いきなり手がかりが見つけられるなんて思っちゃいない。

 手がかりを探そうと思ったら、この広い会場を隅から隅まで歩き回る必要がある。それも一度じゃなく、何度も何度も。反復ループの特性を活かしてトライ&エラーを繰り返し、いつもとは違う特異点を見つけ出す。そこに元の世界に戻るヒントがあるはずだけど、それこそ砂漠で針を探すような話だ。


 深刻になるだけで物事が解決するなんて、思わないほうがいい。

 目の前の出来事は楽しんだもん勝ちだ。

 残念ながらぼくは、1998年の同人誌事情には、あまり興味がない。そもそも二次創作は元ネタを知らないと楽しめないものなのに、この時代はぼくの知らない作品ばかりだ。それに使えるお金も限られている。同人誌にに楽しみを見出すのが難しいなら、かわいい子と仲良くなるチャンスくらい、あってもいいんじゃない?

 いや、別に大それたことは考えてないよ。一緒にコミケ内を散歩するとか、向かい合ってお茶をするとか、その程度の楽しみは欲しいじゃないか。

 可愛い子と仲良くなりたいっ!

 ……なんか文句ある?


 そのときぼくの頭の中には、『うる星やつら』のラムちゃんのコスプレをした少女が思い浮かんでいた。

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