そして時は動き出す
いよいよミッションの開始だ。
ぼくとミズキはエレベーター1階の出入口付近に待機し、シュウジからの連絡を待つ。
「来たぞ」
シュウジからの連絡が入った。
ぼくとミズキのあいだに、緊張が走る。
「じゃあ、行ってくるから」
ぼくがそう言ってエレベーターに乗り込むと、ミズキは大きな両目に涙をためたまま、心配そうな表情を浮かべている。失敗できないな。ぼくはあらためて覚悟を決め、「7階」のボタンを押した。すんなりと7階まで上がると扉が開き、ぼくはすぐさま「閉」のスイッチを押す。このまま待機していれば、8階でエレベーターを使おうとする犯人と鉢合わせができる、という寸法だ。
階の表示を見つめていると、「△」マークが明るく表示された。
来た!
ぼくは扉の内側の死角に身を隠した。この扉が開いたら、目の前に犯人がいるんだ。手に汗がにじむ。
エレベーターが8階に到着した。
音もなく扉が開く。
そこに男が立っていた。さあ飛びかかるぞ、と意気込んだものの、そこにシュウジとそっくりの顔を見ると、犯人なのか本人なのか一目で区別できず、ぼくは一瞬躊躇してしまった。犯人と、目が合った。完全に飛びかかるタイミングを失した。いや、落ち着け。大丈夫だ。犯人はぼくの顔を見ても、動揺していない。つまり、“昨日”の出来事――犯人がぼくを刺したこと――を記憶していないわけで、それは犯人が反復者ではないことの証となる。
その確認ができただけで、一歩前進だ。また次の“今日”に再トライしよう。
そう思った瞬間、シュウジが猛然と走ってきて、ぼくと犯人が乗っているエレベーターにすべり込んできた。
「ど、どうしたの!」
「失敗した」
「え! な、なにが……」
「爆弾の解除に失敗した」
「ちょっと! 今回はそこまでやる予定じゃないでしょ!」
「いや、すまん。義を見てせざるは勇なきなり、と言ってな」
ぼくたちの会話を聞いた犯人は、急に顔色を変えて、身構えようとした。それに先駆けて、ぼくは相手のコートの右ポケットからナイフを抜き取った。
「おっと、お探しの物はこれかな?」
ぼくは犯人の目の前で、ナイフをカチャカチャと操作してみせる。
「バタフライナイフって言うんだっけ? これ使い方が難しいな」
犯人は血相を変えてぼくに飛びかかろうとしが、うめき声をあげてその場に崩れ落ちた。シュウジが犯人の手をネジあげて、その場に組み伏したのだ。初めて会ったときに、ぼくを取り押さえたのと同じようなやり方で。
「お前が爆弾魔か。どこかで見たような顔だな」
マズイか? 瞬間、ぼくはシュウジと犯人の顔を交互に見た。
間違いなく同一人物だ。
犯人のほうは無精ひげが少し伸びているが、唯一の違いはそれだけだ。
「まあいい。いいか、今回は爆弾の解除に失敗したが、次こそ完璧な形でお前を捕まえてやる。俺たちが、お前のたくらみをすべて潰してやるからな。覚悟しておけ!」
1階に到着してエレベーターの扉が開くと、シュウジは犯人の背中を蹴り上げた。犯人は恨めしそうにぼくたちのほうを二度、三度と振り返ったが、足早に群衆の中へと姿を消していった。
不意に、頭上で大きな爆発音がする。
その様子を見ていたミズキも、犯人の顔は確認したようだ。シュウジはあれだけ間近に犯人の顔を見ていながら、犯人と自分の顔が同じであることに気づいていないのだろうか。
「シュウちゃんってさ、ヒゲを剃るときに、あんまり鏡を見ないタイプ?」
「そんなことはないが……、反復を繰り返していると、朝の支度をするときに鏡はイチイチ見なくなったが。それがどうかしたか?」
本当に気づいていないのか、鈍いのか。
ミズキが呆れた様子で、ぼくたちに話しかけてきた。
「それで……、作戦はうまくいったのかしら?」
「予行演習としては100点だね。怪我人も出てないし」
ぼくは右の太ももをさすりながら答えた。
ミズキが何か言いかけたのを制するように、ぼくは次の言葉を矢継ぎ早に伝えた。
「アイツは反復者じゃない。それは確信した。だから次で捕まえる」
「す、すまない。俺が焦った」
ぼくたちは爆発現場から離れながら、次でケリをつけることを約束しあった。
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「そろそろ動き出しますよ」
そろそろ起きがけの頭痛が、深刻になってきた。
牛山健二に起こされるのは、これが……何回目だったろうか。
思えば、彼から得られる情報なしには、ぼくはこの世界のアウトラインもつかめずにいたはずだ。見慣れた彼の顔も、これが最後かと思うと名残惜しい。惜しい、かな?
いままで以上に、ぼくは丁寧に牛山との会話を続けた。
再び会議棟の下に集合したぼくたち3人は、もう一度作戦を確認しあう。
犯人が爆弾を設置してその場を離れたら、シュウジが8分間の猶予をめいっぱい使って、爆弾を解除する。ぼくは犯人が乗り込んでくる3番エレベーター内で待機し、犯人の身柄を確保する。1階まで下りてミズキと合流した後は、解除済みの爆弾を持ったシュウジが4番エレベーターで降りてくるのを待ち、そのままシュウジに「円満に物事が解決したこと」を確認してもらう。
それでおしまいだ。
エレベーターの扉が開く。
先ほどの“予行演習”のおかげで、かなり落ち着いて犯人と向き合うことができた。エレベーターの乗りこんできた犯人が、手を伸ばして「1」のスイッチを押した瞬間、ぼくは犯人の右手をネジりあげて、犯人を組み伏した。シュウジ直伝の護身術だ。
そして、あらかじめよういしていた結束バンド――スマホ用の携帯充電バッテリーのコードを束ねていたもの――を取り出して、犯人の両手の親指同士を結び合わせた。これなら、絶対に抜け出せないはずだ。さらに犯人のコートからバタフライナイフを取りあげると、犯人はさすがに観念したと見えて、もう一切の抵抗をしなくなっていた。
一階に降りてシュウジと合流すると、シュウジは起動しなくなった爆弾を犯人に見せつけた。
「お前のたくらみは、絶対に阻止する。理解できたか?」
シュウジが静かに脅しをかけると、犯人はがっくりとうなだれた。犯人が脱力して膝から崩れ落ちたその瞬間、犯人と爆弾は、ぼくたちの目の前からフッと姿を消してしまった。
「消え……た?」
「この時間から消えたのよ。ノアが眠ったときも、こんな風に消えたの」
「もう安心……かな?」
ぼくがシュウジに尋ねると、シュウジは晴れやかな顔をして言った。
「やっと、安心して眠れそうだな……」
ぼくたちは反復の終焉が近づいていることを察知していた。それは理屈ではなく、肌感覚として、そう理解していたのだった。




