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なんにもないさばくのはなし

作者: 坂上周二

昔々、ここではない世界に なんにもないさばく という本当に何にもない砂漠がありました。

地には草一本も生えず、空には雲ひとつない寂しいところです。


そのなんにもないさばくの真ん中の、いちばん高い砂丘のうえに、かわいたきし がおりました。

かわいたきし はいつもからから。

風が吹くと むき出しの 骨がゆれて、からから、からから。

砂が舞うと 砂塵が からっぽのろっこつをくぐりぬけて、びゅうびゅう、びゅうびゅう。

まじめな話し、のどがあんまりかわくので、かわいたきし は骨になって おりました。昔は皮もついていたかもしれませんが、知らないうちに、はがれてとんでいってしまったのでしょう。


なんにもないさばく の真ん中で、かわいたきし はぶったおれて、ひたすらおひさまと おつきさまがかけっこするのを みていました。

ねても、さめても、おもうところはただひとつ。


かわいた、かわいた。からからだ。


なんにもないさばく は本当になんにもないわけですから、かわいたきし の友達は、ときどき からだをゆらす風くらいのものでした。

おひさまもおつきさまも、お高くとまって いるのです。

 

 からから、からから。


寂しいようすでありました。



おひさまが顔を出しているときです。

一人のたびびとが、なんにもないさばく の真ん中近くを歩いていました。


さて このたびびとは、たいへんバカなたびびとで、まわりの人がとめるのもきかずに、このさばくにやってきてしまったのでした。

そりゃあ たびびとだって、なんにもないさばくの真ん中なんて近寄りたくもありませんでしたが、おひさまがこの人をいじめて、ふらふらになったところを風がぐいぐいおしたのです。

お蔭様でたびびとは、ひのもとに自分のみらいのすがたをみれたわけです。


「ほとけさんか」


たびびとは、かわいたきし をみていいました。

きし はじっと息をひそめて、ただのよろいをつけた死体のふりをしています。


たびびとはきしにちょっと水をかけて、お祈りをしました。


水だ!


かわいたきしははねあがりました。

大事なさびたつるぎをつきつけて、水をよこせと叫びました。


「これでおしまいですよ」


旅人は困ったようでした。

かわいたきし は笑いました。風が吹いて、からから、からから。


それから旅人をきりつけて、うそをつけ、ほら、こんなところに。といいました。

あかいがいこつををガラガラゆらして、かわいたきし は、かわいた、かわいた、ああ、かわいたといってまた笑います。


 かわいた かわいた

 からから からから


たびびとは、ちょっぴり悲しくなって、ききました。


「どうして わたしをころすんですか」


 それは のどがかわいたからさ。


「どうして のどがかわくんですか」


 渇いて渇いてしょうがないのさ


「どうしても わたしをころすんですか」


 もちろん、ものわかりがよくてけっこう。


そうして、またまたからからするもんですから、たびびとはまたかなしくなってしまいました。


そうなってしまうともうダメで、あとからあとから、なみだがぽろぽろおちてきます。

かわいたきし はなみだをみておどろきました。

水があとからあとからでてくるのです。


 ひとには こんなこともできたのか。


かわいたきし はすこしだけ感動して しだいに こうずいのようにあふれだすなみだをのみました。

のんでも、のんでもたびびとのなみだは止まりません。


 これはいい、これはいい。


たびびとはいっそうなきましたが、かわいたきし はよろこびました。

ですが

のんでも、のんでもかわきがちっともおさまりません。

それどころか、のめばのむほどかわいてくるからたまりません。

ノドはひりひり、辛くなってがらがらで、ハナはつんとして、くうどうになっためからはのんだなみだがあふれてきます。

かわいたきし はもう辛くて辛くてしょうがありません!


 かわいた、かわいた

 がらがら、がらがら


まるでないているようでありました。


どうしようもなくて、どうしたらいいかわからなくなって、たびびとのまわりをうろうろしました。

ですが お終いには体が動かなくなって、きし は倒れてしまいました。


それでもたびびとはないています。もはや世紀末のだいこうずいです。

倒れたきし のあいた口にがぼがぼとなみだがながれこみました。

きし はいきが できなくなって、とうとう、じぶんの命もおしまい、としずかにまぶたをとじました。 


なみだの中はあたたかく、とてもやさしい世界です。


ゆら ゆら、 ゆら ゆら。


きし のからだはよろいをおもしに、しずんで、ゆれておりました。

まるでさかなになったみたい。

ひさびさにまぶたを とじると、世界はまっくらやみでした。


めをとじた世界は、なにもきこえず なにもみえず それはそれは寂しい世界です。


 こうしてみんなしぬのだな。


きし はそうおもいました。


 それもいい、わるくない。


そんなふうにういていると、しずかな世界で、わんわんとうるさい声がきこえました。

だれかがないているようです。


「うぇーん」


うるさくて、うるさくてかないません。

しょうがないなぁ、そうおもったきし は、地上をもとめておよぎました。


おもたいよろいはぬぎすてて、うえへ、うえへとすすみます。

うごかない腕をきりすてて、あしはくだけてきえました。

だいじなつるぎもほうりなげ、きし は、うえへ、ひたすらうえへ。

そうしているうち、きし はえらでいきをしました。

ひれで水をけりました。


かわいたきし は、さかなになっていたのです。


あたりいちめんが水でおおわれ、砂地といえばたびびとの二本の足がたつところだけ、だのにたびびとはまだないておりました。

まるい目はまっ赤にはれて、お化けみたいになっています。


わんわん泣いていると、みなもにうつったたびびとの顔が、とつぜんゆがみました。

ぎょっとしていますと、それは一匹のさかなでありました。


 もうなくのをおやめなさい。


おどろいたひょうしに たびびとなみだは とまっておりましたが、それでもたびびとはごうじょうをはりました。


「いいえ、いいえ、まだ泣きます。優しさのないこの世など、涙に埋もれて絶えるがいい」


だだをこねるたびびとに、さかなは優しくいいました。


 では、その世界をよくごらんなさい


たびびとが顔をあげますと、そらはすみわたるように青く、青く、みわたすかぎりなみだのみずたまりでいっぱいでした。

ぼうぜんとしてちへいせんをながめますと、たびびとの目は、青さをいっぱいすいこんで、赤からまっ青ないろに染まってしまいました。


 これはあなたのながした水です。これはあなたのやさしさです。みてごらんなさい、世界はもうあなたのやさしさでいっぱいです。


たびびとはぱちくりしました。もう、なみだは止まっています。


 このばかでかいみずたまりになまえをつけましょう。あなたのなまえを。


「人は、わたしをなきむしの水生みとよびます」


 では、これにみずうみというなまえをあたえましょう。


「そのままはこまります」


 そうですか、それではうみとよびましょう。


たびびとは、ちょっとてれくさそうにしました。

風が吹いて、すずしいくうきをはこんできました。ひゅうひゅう、ひゅうひゅう、笑っているようでした。


 それでは、そろそろいきましょう。


さかなはそういって、せを向けました。のれ、といっているようです。


「どこへ?」


 どこへでも。


たびびとがせにのると、さかなはすいへいせんめがけてぐいぐいとおよぎだしました。

 空と海を、二人はどこまでもすすんでいくのでした。

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