プロローグ
見渡す限り砂、砂、砂。
何もない殺風景な場所に黒い'影'がたたずんでいる。それなりの強者であればこの'影'がとてつもない存在であるのがすぐにわかるだろう。
人のような形をしているがそこに色はなく、ただ深い闇が覗いているだけ。
風が吹き、砂が舞い上がるがまるで'影'だけを避けるように流されていく。
その'影'はただ彼の前の小さな泉を覗いているだけで、全く動かない。その泉は人間が騒ぎあい、物を売り、寝るなど様々な人間界の様子を映しだしている。
その'影'もとい"悪魔"は人間界に興味を持ち、もうここ100年の間ずっとこの泉を覗き続けている。
この悪魔はこの魔界において忌み嫌われる存在であり、悪魔の方も既にこの世界、魔界にもう興味がないのだ、故に人間界に憧れその光景を眺めている。
「おお、いたぜ」
その時、低い声が悪魔の耳に響いた。
普通の者が聞けば震えあがるような恐ろしさを持ったその声も悪魔には何も感じない。
その姿は目がいくつもある、体が黒い巨人のような姿だ。
「おめぇら!暴食がいた!今こそ我らが怨みをはらすときだ!」
その声と同時に数十の異形の者の姿が現れる。
顔が牛の形をしたものや、ドロドロの液体の体をもつもの。
何にも例えようがないような姿をしたものも数え切れないほどいる。
彼らは魔界の住人、魔族。人間界では魔物と呼ばれている。
「お前のせいで強い同胞は生まれず、我らも満足に進化することもできない。我ら魔族のために消えてくれ」
黒い巨人のその言葉を合図として数十の影が一斉に襲いかかる。
ただ悪魔はそこから動かない。いや、動く必要すらないのだ。
こいつらが近づいてきたことなどとっくの昔に察知していた。
身の程も知らずに悪魔に襲いかかってくる馬鹿がたまにいるのだ。
悪魔はいつものようにこの程度の輩には目もくれない。
ただその能力をほんの少し発動するだけ。
その瞬間、悪魔に襲いかかろうとしていた者達の顔が歪む。
体からあらゆる力が抜けていくのがわかるのだ。
「ひっ、な、なんだこれは!」
そう叫んだのはさっきの巨人だ。
その体は既に痩せほそり、骨の形が皮の上からが見える程に。
「う、うぁぁぁぁ!」
「体がぁーー!」
「やめてくれ、やめ…」
次々と"命を吸われ"その場に倒れていく襲撃者達、その死体さえも、砂となり最後には風に吹かれて消えていった。
そして悪魔はそのことにこれっぽっちも気など向けない。
今もただ泉に映る人間界の様子をただ見ているだけだった。