好きだとばれてから
瞬くと、普段と変わらない笑顔を向ける君がいた。
夕べ、君のことが好きだとばれてから、私は自分がどういう態度をとったらいいかわからなくなった。
わからないまま帰宅して、眠れないまま朝が来て、何一つ気持ちの整理がつかないまま始業式を迎えてしまった。
そして、君は何事もなかったようにこちらを見る。
「おはよう」と君が言うから、「おはよう」と応える。
今までと変わりないこと。
なのに、心臓はデタラメなリズムを打つ。
気まずいけど、ずっと避けていられるわけもない。
一緒のクラスだし。
席、隣だし。
今日なんか二人で日直だし。
席につく姿を視界の端で感じながら、そうして自分で自分を納得させようとする。
始業式がはじまるまで。
皆、久し振りに集まった友達と近況を語り合う。
といっても、進んでグループの輪に入っていけるほど社交的ではない私は、日直の仕事に没頭して時間を潰せることに安堵しているところがあった。
「貸しなよ」
気付けば背後に君がいて、私は飛び退いてしまう。
「届かないでしょ? 一番上」
そう言いながら私の持っていた黒板消しを巧みに取り上げ、長い腕をいっぱいに伸ばして誰が書いたか知らない落書きを消していく。
私はそんな背中に見とれてしまう。
華奢で、ひょろっとした、細長い、でもやはり男の子の背中―――。
「まーた見とれてる」
親友が遠慮なくその失態をついてくる―――私の気持ちを暴露したのも彼女だった。
「あんた、そもそも隠そうとしてないでしょ?」
「そんなことないから」
精一杯強がったつもりでも、自分の視線が誰に向いていたのかはクラスの大抵がわかっているのだろう。
そう思うとますます君のことを見れなくなる。
私は下を向いて足早に席に戻った。
★★★★★★★
「始業式の日に授業って、おかしくね?」
割とまじめにそんなことを騒ぎ立てる男子たち。
女子はいくつかのグループになって夏休み期間中の恋愛ネタを話し合っていた。
「それで、あんたたちは?」
無駄に責任感の強い親友が当然のごとく私たちに話を振ってくる。
「俺たちが、なに?」
いつまでも答えられない私を見かねてか、助け舟が出される。
「何ってあんた、昨日の今日で何にもないってわけでもないんでしょうが」
「何にもないわけって言われても、何にもない、よな?」
明るい問いに、私は辛うじて頷くことしかできなかった。
「なにそれ、あんた一体どういうつもりなのよ」
づけづけとものを言う親友の腕をとり、私は必死に首を振る。
そして「もうやめて」と振り絞って懇願した。
面倒見がよく、内気な私とも対等に接してくれる親友はまだ何か言いたげだった。
が、折よく担任が現れ、生徒たちは自分の席へと散り散りとなったのだった。
★★★★★★★
君はやっぱり優しい。
自分も嫌な思いをしているだろうに、普段と変わらず接してくれる。
私がルーズリーフを忘れたのに気が付くと、何も言わずに机に置いてくれた。
いつもそうだ。
私が困っていると、いつの間にか手を差し伸べてくれている。
頼りない私の背中に手を添え、すぐ後ろで守ってくれている。
私の気持ちを知りながら、私が嫌な気持ちにならないように接してくれている。
普通に接してくれてありがたい。
でも、ちょっとさみしい。
胸が苦しい。
君に届いているはずの私の気持ちはどこに行ってしまったのだろうか。
君にとって私の気持ちなんて受け流せるほどのものだったのだろうか。
君が悪いことなんて何一つない。
でも、私はひどく傷ついていた。
★★★★★★★
放課後。
真夏の陽はまだ高く、すぐそこで蝉がジリジリと鳴いている。
誰もいなくなった教室は落ち着きを取り戻していて、私はしっかり落ち込んでいた。
思い切り背伸びして、黒板を消しにかかるが、如何せん届かない。
くやしい。
白く膨らんだ黒板消しに、ぽつぽつと黒い染みができるのを見ていた。
「貸してごらん」
いつの間にか教壇に立った君は手を差し出してくる。
私は涙を見られまいと身を捩った。
「大丈夫」
「なにが」
「自分でやるから」
「届かないじゃん」
「椅子を使うから」
私は向きになって自分の椅子を取りに行く。
「ごめん、言い忘れてた」
投げかけられた言葉に振り返ると、君は教壇に立ち、正面から私を見据えていた。
「何を?」
「ありがとう」
「何が?」
「好きって言ってくれて」
君はまるで決意表明をしているように凛として、私にはその姿が眩しく感じられた。
「うれしいよ」
そう言うと君は一瞬、照れ笑いをした後、それを隠すように振り返り、黒板の文字を消し始めた。
その言葉の響きが体中を駆け巡り、馴染むまで私は一頻り身震いを感じていた。
そして弾けるように駆け出して、彼のすぐ横に椅子を置くと、
「私だってこうすれば届くんだから」
とわざと自慢げにそう言ってみせた。
すると君は普段の穏やかな微笑みを湛え、そうだな、とだけ応えてくれた。
私たちは二人で並んで黒板を拭いた。
できるだけ時間をかけて。
その間中、他愛のないことを話し続けた。