98 スライムと卵焼き3
裏屋の工房に向かう途中、事務所から店長に呼び止められる。
「明人君。明日の出てくる時間なんだけど~。十時入りで来てくれるかい。明日はちょっと数が多いから、多分夕方までには終わると思うから~」
いつもの薄笑いを浮かべながら明日のシフトを伝える店長。
「わかりました。十時入りですね」
俺の返事を聞くとまた店長は事務室に戻って行った。
工房へ着くと前島さんとアリカの姿。高槻さんの姿が見当たらない。
「すいません遅くなりました」
前島さんが顔を上げて言った。
「おお、今日は高槻さん外回り行ってるからよ。あれ? お前つなぎはよ?」
うわ、忘れてた。表屋の更衣室に置いたままだ。
アリカの視線が痛い。
『馬鹿じゃないの?』って目で見てるような気がする。
「す、すいません。着替えてくるの忘れました。表屋の更衣室に置いてます」
「しょうがねえやろうだな。やっぱこっちにロッカー置いておくか。まあ、いい。すぐに着替えて来い」
くー、情けない。こんなの基本のことじゃないか。
俺は急ぎ表屋の更衣室に戻ってつなぎに着替える。
急ぎ足で、裏屋に舞い戻る。
そのときにチラリと見た美咲がやけに顔が緩んでいたが、もう調子取り戻したのかな?
まあ、それはそれでいいけど。
もうちょっと顔引き締めようね。
「すいません。戻りました!」
「おう。それじゃあ、今日は明人は二回目だったな。では今日はアリカと組んでやってもらおうか」
作業台の上に置かれた二台の同じ電動工具。大きな回転刃のついた木工電動工具だ。
今日はこれを分解、清掃、部品交換、組立をするようだ。
「モーター部とか電気配線は俺がやるから、それ以外を二人にやってもらう」
前島さんはてきぱきと俺達に作業内容を伝えていく。
小さな図面を広げて見せてくれたが、どうやら分解図のようだった。
これを参考にしながら分解と組立をするようだ。
「まあ、概ね二時間くらいで終わるだろう。んじゃあ、かかってくれ」
アリカは電動工具を手に取ると表裏を何度も確認している。
「すぐに分解しないのか?」
「こういうのはね。最初の状態をよく覚えとかないと駄目なの。図面で隠れた部分は特に。それに使う工具は何かってのも合わせて調べると無駄は省けるのよ。明人もよく見とくのよ」
なるほど、さすがに裏屋の先輩だけあって手際がいい。
俺も真似させてもらおう。
電動工具を手に取り、取り付け用の部品を見てみると、六角レンチを差し込むような形状をしたボルトで固定されている。刃を留めている蝶ネジの下には二枚の座金。
なんだ、意外と色々小さい部品が付いてるな。これ覚えきれるかな。
「覚えられなかったら図面にメモ書きしてもいいよ。あたしも複雑なのはそうしろって教わってるから。後、工具は明人が用意してみて。前島さんに用意は明人にさせるように言われてるから」
アリカに言われたとおり、工具を用意し始める。
作業台の上に工具を並べていき、アリカに確認してもらっていく。
二、三個の選択を間違っていたようで、指摘されたが一つ一つをその都度是正していく。
「よし。んじゃあ、分解始めようか。いい? 絶対無理に外さないこと。これは商品になるんだから綺麗に仕上げないとね。んじゃあ、あたしの真似しながらでいいから外していこうか」
微笑みながらそう言うと、俺の向かい側に座って分解作業を開始したアリカ。
俺もアリカの真似をしながら作業を開始した。
一つ、また一つと分解されていく部品。
途中、アリカの手際が良すぎて、どう外したかわからず手が止まる俺。
その様子を見たアリカが俺の横に来てどう外したか丁寧に教えてくれる。
なんだかアリカさんが優しすぎて気持ち悪いです。
怒ってる姿ばっかり見ているせいか。
普段のアリカってこんな感じなんだろうか。
普段からそうしてくれればいいのに。
どうにかアリカに教えてもらいながら俺の分解作業も終わった。
「これに札をつけて前島さんに渡して整備して貰うの。いい?」
アリカはモーター部品と配線に識別用の荷札を付けて、前島さんに渡す。
ふむふむ。なるほどなるほど。
俺とアリカはその後分解した部品を清掃し、痛んだ部品に関しては交換していく。
俺は部品の良否判定がハッキリしなかったのでアリカに確認を取りながらだ。
アリカも判断に迷うものは、すぐさま前島さんに確認して貰っている。
前島さんはその都度駄目な理由と使える理由のコメントを出す。
アリカは椅子に戻ると、胸のポケットに入れたメモ帳を取り出して、なにやら書き込んでいた。
「それ何書いてんの?」
「ん? ああ、教えてもらったことを覚えているうちに書き込んでるの。後で纏めるのにいるから」
「お前真面目だなー」
「好きなことだから余計に真面目になるのよ。そこんところは明人の事言えないわね」
照れたように笑いながら言うアリカ。
「俺はそういうの好きだな」
「⁉」
メモ帳に書き込むアリカを見ながら言うとアリカがメモ帳とペンを落とした。
「ば、な、何言ってんのよ!」
なぜか急に顔を赤らめて慌てだしたアリカは落としたペンとメモ帳は拾わず、何かを掴もうと手が彷徨う。
彷徨った手は自分の横にある自分の髪をぎゅうっと掴んでいた。
こいつ、たまにそういう風になるな。髪を持つと落ち着くのか?
「おい、メモ帳落としたぞ。大事な物なんだろ?」
そう言うと、我に返ったようにメモ帳とペンを拾い上げるアリカ。
なんでだか、目線が泳いでるように見えるのは気のせいだろうか。
顔も赤いままだ。
「な、何見てんのよ! さっさと作業続けなさいよ!」
はい、いつものアリカさん降臨です。目付きも厳しくなってます。
うーん。こいつの場合はこっちの方がアリカらしく感じる。
「はいはい。わかりましたよ」
俺は自分の作業に戻ったが、何か気のせいかアリカからチラチラと見られているような気がする。
視線を上げてアリカを見ると、やっぱりチラチラと俺を見ていた。
「どした?」
「ちゃ、ちゃんとやってるか見張ってるだけよ!」
はいはい。わかりました。
俺がミスしないようにちゃんと見といてくださいね。
清掃と部品交換も終わり、組立に移る。
前島さんの整備が終わったモーター部と配線類を傷つけないように慎重に取り付け、外した順番の逆に取り付けていく。
アリカが先に完成。俺の様子を見ながらでも俺より早いのはさすがだと思う。
難しいと感じたところはアリカに手伝って貰いながら組み付けて俺も完成。
前島さんに最終確認してもらうと二人揃って合格。
よかった。ほっと息をつく。
時計を見ると作業を始めてから二時間近く経っていた。あっという間だった。
「うん。まあまあいい時間で出来たな。アリカもいい感じにアドバイスできてたぞ。人に教えるのも修行の一つだからな」
前島さんは満足そうに笑って言った。
見かけは怖い感じなのに笑うと優しそうに見えるから不思議だ。
「はい。ありがとうございます」
褒められたアリカも嬉しそうにお礼を返している。
俺もまた一つ仕事を覚えられたから嬉しい。
「明人、今日はもう表屋に戻っていいぞ」
「はい。わかりました」
二回目となった裏屋での作業。アリカと初めて裏屋での作業。
あっという間の時間だったけど、あいつの一面をまた一つ知った。
最初は喧嘩ばっかだったけど、分かり合えば尊敬できそうだ。
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