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帰路  作者: まるだまる
98/406

97 スライムと卵焼き2

 美咲は自分の作ったスライム羊かんをパクっと口の中に放り込んだ。

 むぐむぐと動く美咲の頬を見ていると、なぜだかハムスターを思い出す。

 そろそろ辛味がくる頃だろうと、いつでも渡せるようにお茶を持って身構えておく。

 ごくんと喉が動いたにも関わらず、何の変化も無い様子の美咲。

 あれ? ハバネロ入ってるんだよな?


「うん、甘みのあとの辛味がいいね」

 美咲は満足そうな顔でニパッと笑った。


「美咲、マジで辛くないの?」

「え、うん。これくらいなら、ぜんぜん平気だよ」

 どうやら美咲は味覚がおかしい人らしい。

 もしかして味覚音痴というやつじゃないだろうか。


「明人君もしかして辛かった?」

「うん。さすがにハバネロは辛いよ。てか、痛いよ」

「あうう。やっぱ駄目なのか。春ちゃんの言うとおりだったな」

「春那さんはなんて言ったの」

「普通の人は無理だと思うよって」

「これ春那さん食べた?」

「春ちゃんはこれ食べて、水がぶ飲みしてた」

 うん。春那さんの行動見て諦めて欲しかったね。

 てか、春那さん目の前で作ってるの見て食べたのはマジで尊敬するわ。


「んじゃ、次これ」

「え、まだあるの?」


 羊かんを固めてる間に別のものを作ったらしく、今度はグリーンの容器を出してきた。

 青や赤いスライムじゃないだろうな。だとしたら、ワホ動に投稿してみたいぞ。

 中を開けると卵焼き。

 少しばかり形が崩れてはいたが、見た目は卵焼きその物だ。


「アリカちゃんの真似してみたの。形悪いけど、味見してこれはいけると思った」

 そうか、これは期待していいような気がする。

 卵焼きなんて手を加える余地は少ないからな。

 取ろうとしたと近付いた時、俺の身体が危険を察知したかのようにそれ以上近寄れない。


 なんでだろう。

 卵焼きのはずなのに匂いがまったく違う。

 手に取る前から足がガクガクする。

 身体が、脳が、生存本能が卵焼きを手に取る事を拒否しているようだ。


「明人君? どうしたの?」

「ちなみにこれ、味見したのは美咲?」

「私」

「春那さんは?」

「拒否った」

「…………」


 さっきのハバネロが効いているのか、汗が止まらない。

 味覚音痴疑惑の美咲が味見したのか……。

 かなりリスクが高いような気がする。


 えーと、まず深呼吸。


 ……観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子……。

 いかん。軽くパニくってる。

 なんで般若心経を心の中で唱えてんだ。落ち着け俺。


「えっと、美咲。味見はする。約束しよう。その前にどうやって作ったかだけ教えてくれ」

「え、卵焼きでしょ。卵割って、調味料いれてかき混ぜて焼いただけだよ?」

「うん。特にその調味料が知りたいな」

「えと、…………色々入れた」

「…………色々かあ。そうか。うん、わかった」


 今更ながら後悔しているが約束は約束だ。

 食ってやろう。死ぬなよ俺。


 ひょいと卵焼きをつまんで口に入れる。

 うわあ、噛むのが怖い。


 とりあえず一噛み。うん、まずい。

 何これ? とりあえずこの苦いのはウコンか?

 次にきたのはカレーっぽい感じだけど、これガラムマサラか?

 なんか色々喧嘩してよくわかんねえ味になってるじゃないか。


 不思議だね。噛めば噛むほど新しい味が出る卵焼き。

 ツーンと鼻にきたり、ピリピリ舌が痺れたりって何作ったの? 神経毒?


 うん、早く飲み込みたいけど、喉に入っていってくれないわ。身体が拒否ってる。

 ついに香が口から鼻腔へと伝わり、ある意味殺してくれ言いたくなる。


 どうにかこうにか、喉の奥に無理やり飲み込む。

 喉元過ぎれば火もまた涼しだ。

 でも喉に引っかかったらどうなるんだろう?

 気のせいか、まだそこにいる感じがする。


 あ、あれ? 何だろう。 急にこの間のバーベキューを思い出した。

 次に思い出したのは、ファミレスでのバイト風景。

 なんか矢継ぎ早に過去の思い出が浮かんでくるなー、って俺、走馬灯見てる?


 あ、あれ、なんだか周りが急に明るくなってきたな。

 なんかふわふわした感じで気持ちがいい。


 ☆


 ここはどこだ?


 明るくなったと思ったら周りがはっきりと見えてきた。

 どうみても、てんやわん屋じゃなくて川原のようだ。

 目の前には石が塔のように積まれているのが散見される。

 横手には川が流れていて、その流れは急流のように見えた。

 向こう岸は霞がかかって見えないが、それなりに距離があるのだろう。

 少し先にボートのようなものが置いてあって、二人の老夫婦がボート前の川原に座っている。

 どうやらこの川を渡るためのもののようだ。老夫婦は管理人だろうか?

 ここがどこか二人に聞いてみよう。ついでに向こうに渡してもらえるかも聞いてみようか。

 え、何、ここ葬頭川って言うの? 初めて聞く名前。そんな川知らないわ。

 ここを渡るのにお金いるの? いくらなの?

 六文って、何、その単位? 円じゃないの? 

 え? 金が無いなら服を脱げ? なんだよ追いはぎかよ?

 そんなやり取りをしていると、どこからか、俺を呼んでいる声がする。

 その声は段々と大きくなってきて、俺の視界がまた大きく歪んだ。

 

「………………! ……きとくん! 明人君!」

「――ンハ!」

「明人君、しっかりして!」

 目の前にいるのは美咲だった。


「あ、あれ? 川は?」

「何言ってるの? 突然白目むいて倒れたんだから」

「え? 倒れた? 俺が?」

 もしかして、さっきのって…………俺、逝きかけた? 


「わ、私の卵焼きのせいだよね?」

 美咲はおどおどしながら、俺の顔を覗き込む。


「え……。た、多分違うと思う」

「うそだあああああああああああああああああ!」


 俺の美咲に対する思いやりが仇になったようで、 

「あうう。や、やっぱり、……私、料理したら駄目なんだ」

 あ、目に見えて落ち込んだ。


 俺、人生でここまで人を励ましたの初めてだと思う。

 延々二十分間は励まし続けたぞ。

 まあ、その甲斐あってか、美咲はようやく少し回復した。

 とは言うものの、まだ引きずっているのは丸分かりで、いつもの元気さは美咲に感じられなかった。

 どうしたものかと頭を悩ませていると、裏の扉からつなぎ姿のアリカが現れた。


「おつかれさまでー……美咲さん、何か暗いですよ?」

 アリカは美咲の様子を見て驚き、不思議そうな顔で言った。

 美咲の肩が一瞬ピクッとなったが、「あうう」と呟くだけだった。


「明人。美咲さんどうしたの?」

「あー、ちとショックなことがあったらしい」

 気にするな。軽く殺人未遂があっただけだ。


「そ、そうなの。そっとしといた方がいいかな?」

 俺は黙って頷いた。そうしてやってくれ。


「今日はどうしたんだよ? その格好ってことは裏屋で仕事中だよな?」

「あ、そうそう。今日は明人も裏屋に来て欲しいんだって」

「え、俺もか?」


 うーん。この状態の美咲を置いていくのは心配だぞ。どうしよう。


「悪いアリカ。先に行っててくれ。すぐに行くから」

「うん。分かった」

 アリカは頷いて裏屋に戻っていった。


「さてと……」

 この大きな置物をどうしようか。

 このまま置いておいて店番になるのだろうか。


「美咲。俺、今日裏屋に呼ばれてるから行くけど、いつまでも気にしない」

「……」

「さっきも言ったけど、誰だって失敗くらいあるって。次上手く作ればいいんですから」

「…………」

「今度アレンジしないで作ってみなよ。ちゃんと味見もするから」

「………………ホント?」

「今日だってちゃんと味見したでしょ?」

 死にかけたけれど。

「上手くなるまで付き合うよ」

 身体がもてばだけれど

「…………本音じゃないでしょ?」

「気のせいだって! 俺もう行かないといけないから」

「……うん。わかった。でも私、今日は一日反省してる」

 美咲はしょぼんとしたまま答えた。


 せっかくの綺麗な顔が台無しだぞ。

 年上にする行為ではないかもしれないけれど、美咲の頭を撫でてみた。


「俺は元気な美咲の方が好きだな」

「へ?」

 美咲は俺の顔を驚いたような顔で見つめる。


「俺行くけど戻ってくる時には復活しててくれよ? んじゃ行くから」

 美咲の頭をポンポンとして、俺は裏屋に向かった。


 扉を閉めた時に見えた美咲はなぜかガッツポーズしていた様に見えた。

 良かった少しは元気になったようだ。

 けど、なんでガッツポーズなんだ?


 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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