96 スライムと卵焼き1
愛に頼んだこと。
それは女子ネットワークから響に関する情報だけを集めてもらうことだった。
愛にはすでに流れている情報だけの取得を依頼。
愛が発信してまで調べる必要は無いと判断したからだ。
なにより愛に被害が及んでは元も子もない。
愛の話によると、今はSNSを使った女子間の情報交換が当たり前らしい。
過度な期待は出来ないが、少しでもつながるきっかけになればいい。
報告に関しては今度遊びに行くときに受けることにして俺は愛と分かれた。
てんやわん屋に着いた俺は、いつもの場所に自転車をとめて店に入った。
カウンターに美咲が座っていて、妙にそわそわしている感じだった。
「こんちわー、着替えて入ります」
「やほほ。あ、明人君。テーブルの上に置いてあるの見てねー」
テーブルの上? 更衣室の中に入りテーブルを見てみると小さな紙袋。
ガサゴソと中を開けてみると、
「……」
俺はその紙袋を元の位置に戻し、深呼吸した。
うん。まず着替えよう。それからでも遅くは無い。
着替えが終わり、バイト準備よし。
さあ、もう一度、紙袋を手に取り、開けてみた。
「……」
俺は紙袋を閉じて、ロッカーの鞄にしまうとレジに向かった。
レジについてすぐにカウンター越しに美咲に尋ねた。
「美咲、あれ。美咲が用意したとは思えないんだけど、中身見た?」
「え? み、見てない」
「ちなみにあれ、用意したの春那さんだと思うんだけど違う?」
「え、うん。明人君に渡しといてって頼まれたから」
そうか。やっぱりか。あの人ならやりかねん。
「中身何だったの?」
「あー、ごめん。ちょっと無理」
聞いておいてなんだが見せるわけにはいかない。
「む! 私に隠し事する気なんだ?」
美咲はむすっとして言った。
言えるわけないだろ。極うすって書かれた箱のことなんか。
春那さんマジで何考えてんだ。あんなもん貰っても使い道ないぞ。
しかも箱で寄越すとは……。
「はっ! 明人君もしかして、私に内緒で春ちゃんと付き合ってる?」
「何を言ってるんです、何を!」
「んじゃあ、中身何だったか教えてよー」
「ちょっと……言いにくいものです」
「ええ? ……ちなみにどんなの?」
興味あるの?
「ご、ゴムですよ」
「ゴム? なにそれ?」
言わせるのかよ。
俺はちょいちょいと美咲に手招きして美咲を近づけさせた。
美咲の耳にそっと耳打ちすると、一瞬で美咲の顔が真っ赤になる。
「な! 春ちゃん何考えてるの?」
「俺が聞きたいよ! 昨日だって手渡そうとするし」
「え? それいつの話?」
「昨日、美咲とアリカから説教受けた時の話ですよ」
「いや、確かに万が一を考えたらいるものだけど……」
いや、ないから。そういうこと起こりえないから。
「最近の子は早いって言うし、私は経験ないから言えないけど」
いや、そんなこと真顔で言われても、俺も経験無いから。
「明人君もやっぱり興味はある?」
「……無いといえば嘘になりますよ。俺も男だし」
うわ、顔が熱いわ。何言わされてんだ俺。
「そうだよねー。明人君も男だもんね。興味くらい……」
「どうしたんです?」
「となると、明人君が欲望に負けて私を襲う日も近いってことね?」
「誰がするかああああああああああああ!」
「冗談よ。冗談」
いや、そんなこと言われた日には変に意識してしまったらどうするんだ。
ただでさえ、キス未遂があったばっかりだっていうのに。
あ、そういや、ドタバタで忘れてたけど美咲とキスしかけたんだよな。
気をつけないと、って言ったそばから美咲の唇を見てしまう自分が悲しい。
俺、自分が思っている以上にエロくて欲求不満なのかもしれない。
いかん。いかん。しっかり自制しないと。
「ま、そこじゃなんだから中に入って座りなよ」
美咲の言葉に従ってレジ内に入って椅子に座る。
自然に「はあ」っとため息がこぼれる。
こういう時は話題を変えるに限る。
「ところで、さっき妙にソワソワしてたけど何かあったの?」
俺が聞くと美咲の顔が赤くなる。
「あ、えーと。その……」
何だか妙に言いづらそうにモジモジしている美咲。
「?」
「あの、実はね。今日ちょっと午前中に春ちゃんから料理じゃないけど教わったの」
「春那さん今日お休みだったの?」
「う、うん。私も大学休みだったから、教えてもらったの。そ、それで今日持ってきたんだけど」
「へー、見せてよ」
「見栄えも悪いよ?」
「そんなの最初からうまくいかないって」
「笑わないでよ?」
美咲は足元に置かれたトートバックの中からオレンジ色の容器を取り出す。
「開けていいの?」
「う、うん」
オレンジ色の容器を開けてみると、そこにいたのは複数の緑色の物体。
しかも妙にプルプルしている。
これは何だ?
俺の脳裏にはすでに有名ゲームのスライムがイメージされている。
「えと、どうかな?」
その質問には答えかねる。
そもそもこれは何だ?
緑のゼリー状のものは原料が不明で怖いよ。
「えと、これ何かな?」
「抹茶羊かん」
「何故に抹茶羊かん?」
「え、春ちゃん甘いの好きだから。それに春ちゃんち老舗の和菓子屋さんだし」
いや、知らなかった新事実だね。
春那さんち実家が和菓子屋やってるんだ。
それだったら羊かんぐらい作れるよね。
――って、おい!
これはどう見てもスライムの群れだぞ。合体したら王様になりそうだ。
羊かんって普通四角いよな?
何でスライムの形してんだよ。
「これなんで、この形?」
「かわいいでしょ? 一口サイズにアレンジしたの」
うん。そのチャレンジ精神は認めよう。
でもね美咲。アレンジってのは基本ができて初めて使う言葉だ。
今の時点でそれをやったら駄目だ。
とりあえず、相手の正体が分かったから安心して食べられるな。
抹茶羊かんなら味に問題は出ないだろう。
せいぜい甘すぎか甘さが無いかの差くらいなものだろう。
それに春那さんが下地をやってるかもしれないし。
「んじゃあ、一ついただきます」
容器の中に入っていた爪楊枝をスライム羊かんに突き刺しクリティカルヒットを加える。
そのまま口の中に放り込んだ。
美咲はじっと俺の様子を見ていた。
(何だこれ? 抹茶の味じゃない。何だ? 甘いけど羊かんの味でもない)
モグモグと噛んでいると羊かんと違う食感がきた。
何事かと思った途端、激辛な感覚が口の中を襲う。
「からっ! み、水。水!」
美咲は慌ててトートバックの中からペットボトルのお茶をだして俺に渡す。
ゴクゴクと一気飲みに近い形でお茶を飲む俺。
かなり流したはずなのに、口の中がまだヒリヒリしている。
「あー。美咲これ何入れた?」
「え、最初に出来たやつ甘すぎたから、グリーンハバネロを少し。色も一緒だったから」
「えーと味見した?」
「えと最初に作った普通のはした」
うん。美咲は料理に向いてない。
甘いから辛いのを入れて調整したりする時点で間違ってる発想だ。
完成する前に味見して、その後アレンジしたら味も変わることに気付こうな。
「美味しくなかった?」
「えーと。とりあえず美咲も食べてみようか?」
俺はこの時、美咲も味わえば分かるだろうと、簡単に考えてしまっていた。
これが恐怖の幕開けだったとは気付かずに。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。