95 昼食は賑やかに4
午後の授業も終わり、HRも終わった。
帰る支度をしていると、川上が近付いてきた。
「木崎君ちょっといい?」
俺としては避けたい所だが、冷たくしてこれ以上冷遇されるのも困る。
「何? バイトあるから手短に頼む」
川上の話によると、昨日のファミレスで俺達が話し合いをしていたのを見かけた奴がいたらしく、俺達の行動を観察していたようだ。
お前らのネットワーク広すぎだろう。
「その中にあの一年生の子もいたそうだし、と、東条さんもいたそうね」
「ああ、今度遊びに行くからその話し合いしてたんだ」
「遊びに? ひ、東条さんとはどういう関係なの?」
「単なる友達だよ。なったばっかりだけどな」
「誰かその中に本命いるの?」
「はあ? いや、そういうの無いんだ。前も言ったけど、俺好きな子いないから」
「……」
そう言うと川上は黙り込んだ。
なんで事情聴取みたいな事されてんだ俺。
そもそも川上は何が言いたいんだ?
ゴシップ好きなのは何となく分かるけど、できればそっとしておいて欲しい。
「あの、ちょっと……木崎君にお願いがあるんだけど」
そう言う川上は照れくさそうな顔をしていた。
「な、なんだよ?」
「ひ、姫様にこれ渡して欲しいの!」
そう言って差し出されたのは、手紙と可愛くラッピングされた小さな袋。
その前に姫様って、誰?
「すまんが、誰に渡してくれって?」
「姫様――東条響様よ」
はあ? 何で東条が姫様なんだよ?
てか、なんで様付け?
「あなたは知らないだろうけど、姫様のファンクラブだってあるのよ」
知るか、そんなの。初めて聞いたわ。
「抜け駆け禁止令が出されて半年。私たちはじっと我慢してるのに」
いやいやいやいや、そんな前からあるのかよ。
半年ってことは一年の頃からか。それはそれで凄いわ。
「――川上。あなた掟を破る気?」
いつの間に近付いてたのか柳瀬がいた。
鋭い視線で川上を睨んでいる。
「あわわわわ、柳瀬違うの。これには訳が――」
「――問答無用。今から、査問委員会を召集します。ついてきなさい」
慌てる川上に冷たく言い放つ柳瀬。
お前らどこの組織の人間だよ。
てか、査問委員会まであるのかよ。
「あー、ちょっと待ってくれ。そのファンクラブだか教えてくれ」
「姫様はあの通り綺麗な方。それだけに留まらず、成績トップ、運動神経抜群、誰にも媚びない気高い気質。憧れの存在くらいなるわよ」
柳瀬は俺を見つめはっきり言った。
「だったら、普通に声かければいいじゃないか」
「そんな抜け駆けしようものなら、――学校にいられなくなる」
川上はそう言ってうな垂れた。
どんだけ力持ってるんだよ、そのファンクラブ。
響に友達が出来ない理由の一つだな。
これは潰したほうがいいような気がしてきた。
「あいつはそういうの望んでないぜ?」
「私たち下っ端が言っても変えられないわ」
うな垂れたまま川上は呟く。
お前らで下っ端って、上は誰だよ。
よっぽど影響力ある人間だろ。
「代表者誰よ? 俺が話つけるわ」
「言えないわ。会長は忙しい身だから」
「会長って生徒会長か?」
「いいえ、その会長ではないわ。姫愛会の会長よ」
「気合会?」
「姫様を愛でる会。語呂がいいから姫愛会」
「川上、しゃべりすぎよ」
柳瀬が川上を止めた。
もう少し話を聞きたいんだが……。
ちょっとした考えが浮かぶ。ふむ、一丁やってみるか。
「柳瀬、川上と一緒に俺についてきてくれ」
俺はそう言うと、鞄を持って通路に向かった。
怪訝そうな顔をしているが、川上と柳瀬は俺についてくる。
俺達の様子を見ていたのか、太一が目で『何事?』と訴えかけてきた。
ちょうどいい。太一も巻き込もう。
俺は通路を指差し、顔で合図を送り太一についてくるよう促した。
通路に出た俺達は一路E組を目指す。
柳瀬と川上は途中で気がついたようだが、「逃げるなよ」と言うと俯いて従った。
通路からE組の教室を覗くと、数人の生徒と響が帰り支度をしていた。
「おーい響」
俺は通路から響に声をかけると、こっちに顔を向けた。
無表情のまま響は荷物を持ってそのまま俺達に近付く。
「どうしたの。その二人は?」
きょとんとした顔で聞いてくる響。
響を目の前に緊張した様子の川上と柳瀬。
「川上、さっきの寄越せ」
川上はそっとラッピングした袋と手紙を出すと、俺はそれを受け取った。
「えーとこれは、俺が川上から無理矢理奪って、勝手に響に渡した。それだけだ。ほれ、響受け取れ」
俺は川上から受け取った物を響に差し出した。
「え、あ、ありがとう」
ポカンとした表情で受け取る響。
状況がつかめていないようだ。
「明人、俺は柳瀬も似たようなことしてると思うぜ」
太一が柳瀬を見て笑って言い、柳瀬の肘を肘で突く。
柳瀬はこそこそと鞄から小さな箱と手紙を取り出した。
太一がそれをそっと柳瀬の手から受け取る。
「あー、これは俺が柳瀬から無理矢理奪い取って、勝手に響に渡した。だよな?」
太一もそう言って響に渡す。
「え? あ?」
響が混乱してるような顔をした。
「響、顔と名前覚えてやってくれ。もういいぞ川上、柳瀬」
俺が二人にそう言うと、緊張した様子の二人は響にぺこりと頭を下げて駆け出していった。
何がなにやら分からない様子の響も二人の背中にぺこりと頭を下げた。
「太一、お前、柳瀬が同じこと考えてるって、よくわかったな?」
「あいつら、行動がほぼ一緒だからな。同じ穴の狢だと思っただけだ」
教室の時計が目に入り、バイトのことを思い出す。
「悪い。俺バイトだ。太一、後は頼むわ。響もそれじゃあな」
「あいよー。気を付けてな」
「え、あ、ちょっと明人君」
そのまま俺はさっさと下駄箱まで駆け出した。
下駄箱で靴を履き替えていると、川上と柳瀬が現れて、
「木崎君、ありがとう」
そう言って、二人揃って駆け出していった。
お節介だったけど、たまにはいいだろう。
駐輪場まで早足で向かうと、そこに愛がいた。
「あ、明人さん。またご一緒させて下さい」
今日は金曜日だから部活がないのか。
部活がない日は毎回一緒に帰るつもりかな?
まあ、特に俺の方としては断る理由が無い。
一人でいると余計なことを考えてしまうから、かえってその方がいいかもしれない。
二人並んで自転車を走らせ学校の門を出た。
この間分かれた交差点までのお付き合いだ。
「今日は遅かったですね。自転車があったから待ってましたけど」
「ああ、ちょっとクラスの奴を響に面通ししてた」
「そうなんですか。響さんといえば、友達が気をつけてとか言ってました」
「何を?」
「響さんに近付くと意地悪する人たちがいるそうです」
あー、これは例のファンクラブの仕業だな。
「お昼のこと友達に聞いたんですけど。やっぱり嫌がられちゃって」
そりゃそうだろう。俺だってそんなお願い遠慮したい。
「明人さんと太一さんだけならついて来てくれるて言ってくれたんですけど、響さんはまずいらしくて」
「随分とびびってるね」
「友達、テニス部なんですけど。そこの先輩からも響さんに近付くと危ないよって言われてるらしいです」
こりゃマジでそのファンクラブ――姫愛会か、潰した方がよさげだな。
響を愛でる分にはいいが、あいつの望まない形で存在してるだろ。
こういうのって、まず頭を抑えておきたいんだよな。下が勝手にやってる場合もあるから。
連休明けにでも太一の力借りて調査してみるか。手掛りがあればいいんだけど。
そうなると、女子のネットワークも活用したいところだな。
女子……。
「愛ちゃん、ちょっと頼みがあるんだけど?」
「何でも言ってください。脱げと言うなら脱ぎます」
「絶対言わないから!」
まだお日様も沈んでないし、通行人がビックリしてたでしょ?
気を取り直して、
「あのさ……」
とりあえず、策を講じてみるか。
お読みいただきましてありがとうございます。
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