94 昼食は賑やかに3
昼食が終わった後、しばらく雑談していた。
愛が時折、俺にくっついてきて焦ることが何度かあったが、太一も響も慣れたのか、気にするようなことはなかった。
愛に弁当代の清算は忘れると困るので先に済ませておいた。
「そういえば響さん生徒会ですよね」
渡した弁当代を財布に入れながら、愛が響に聞いた。
「ええ、一応書記をしているわ。それが何か?」
「生徒会って何してるんですか?」
それは俺も聞いてみたい。
この学校の生徒会は存在が薄すぎて活動しているのかすら不明だ。
「別に大したことやってないわ。年間と月間スケジュールに対して、各種行事の運営委員会が発足するまでの下準備と教員からの依頼事の処理、遠足や郊外学習の候補選別、修学旅行先での研修先の選別、各クラブからの陳情苦情処理、それと予算の分配。他校との交流。中学への案内。地域からの苦情や依頼処理、ボランティア活動なんかもここに入るわね」
「え、そんなに色々やってんの?」
「どこの生徒会も似たようなことやってるわよ。別に大したことじゃないわ」
「うわー、俺マジで勘違いしてた。生徒会ってほとんど活動して無いと思い込んでたわ」
太一が目を丸くして言った。
愛もどうやら太一と同じようで驚いていた。
「私の場合、企業を興すのが目標だから生徒会活動を選んだわ。少しでも参考になるかと思ってね。実際、企業みたいに企画運営的なところもあるから。元々部活には入っていないし」
「でも四人でそれをやってるんだろ。回りきるのか?」
「今の生徒会は優秀よ。特に会長なんて、私たちの倍は働いてるわ」
「会長と言うと北野さんですね。温和そうな方でした」
「あれ、愛ちゃん会ったことあるの」
「少し前に声をかけられたことがあったんです。優しそうな方でしたよ」
「ふふ。あの人が優しいだなんて……知らないっていいことよね」
珍しく響の表情が引きつっていた。
気のせいか影まで帯びているような気がする。
おい響、お前生徒会で何されてんだよ。
その言い方とその表情だと北野さんすげえ怖い感じに聞こえるんだけど。
「三年で生徒会って厳しくないか? 受験とかあるだろうし」
俺も生徒会で気になっていたことを聞いてみた。
「ええ、その通りよ。だから運営委員会の制度を作ってあるの。私たちの活動は夏までには大体準備が終わるから。拘束されるのは少なくなるわ。後は卒業式の前くらいね」
なるほど。俺達が生徒会の活動を分からないのか理由が分かった。
去年の俺達、つまり一年生だった頃、一学期と言えば高校生活に慣れる時期だ。
俺達は高校生活に慣れる事に目が向きすぎて、生徒会が活動してる事を知らなかっただけなのだ。
実際は活動していたにも関わらず。
きっと愛も響と接していなければ生徒会の活動など知る由も無かっただろう。
「生徒会って大変なんだな。いや、マジで知らなかったわ」
太一が響を見て感心して言った。
「西本さんは後悔してるわよ。生徒会に立候補するんじゃなかったって」
「あー、C組の西本か。あの子部活と両立だろ。余計に大変だよな」
太一は何でそんな情報を持ってるんだろう。
「いえ、そうではなくて。北野さんに愛されてるから」
「そっちですか?」
愛が突っ込む。愛は意外と突っ込み気質だな。
「多分来年は西本さんが会長になるわね。この学校の伝統らしいのよ。その年の会長に気に入られた人が翌年の会長になるっていう。少なくとも七年は続いてるそうよ」
「つまり北野さんは去年の会長さんに気に入られたんですね?」
「ええ、だって北野さんの彼氏。その去年の会長ですもの」
「なんか聞いてはいけないこと聞いた気がします」
「そういや、今の生徒会で彼氏がいないの響だけだってな」
太一がぼそっと呟いた。
「太一君、それがなにか?」
太一をギロリと睨む。
あ、馬鹿それすると――。
「ふふ。あら、どうしたの? 太一君。仕方ないわね」
固まった太一を見て悦に入った表情で言う響。
今の絶対わざとだろ。
「つまらないことを聞く人には猫髭を描いてあげましょう」
ポケットからペンを取り出すとキュッキュと太一の顔に髭を描いた。
響は満足げに太一の顔を見ると、コクコクと頷いてペンを愛に差し出した。
愛はコクコクと頷いて、ペンを受け取り太一の額に『ほね』と描き足す。
描いた後、愛は響にペンを渡しコクコクと頷く。
ペンを受け取りながら響もコクコクと頷き返していた。
お前ら実は仲いいだろ。
「愛さん、トイレに行かない?」
「はい、お付き合いします」
一応解除はしてやろうとしてるんだな。
二人がトイレに行くと程なくして太一の硬直が解ける。
「くそー。響のやろう」
動けるようになった太一は猫髭のまま文句を言っていた。
その顔で言われても迫力ないぞ?
「太一が悪い。本人気にしてるかもしれないだろ」
「悪気があって言ったわけじゃねえよ」
「しかし、生徒会ってのは意外と大変なんだな」
「あー、俺らが知らないってだけだな。明人、来年立候補しろよ」
「馬鹿、無理に決まってるだろ。うん? なあ太一、誰も立候補しなかったらどうなるんだ?」
「え、それは無いんじゃないか? 今年の候補者だって十人くらいいたぞ」
選挙自体適当に投票したから誰に入れたか覚えていない。
制度その物も興味が無かったから分からないことだらけだ。
「ただいま」
「ただいまですー」
「おお、響、愛ちゃん。おかえり」
「なあ、響。生徒会に誰も立候補しない場合どうなるって明人が言ってんだけど」
「それの場合は、今の二年生。つまり私たちが自動的に生徒会入りよ」
「足りない場合や全員が三年だったら?」
「そのケースが八年前にあったケースね。なんでも教師が二年生の適任者を説得に当たったらしいわ」
「へー」
「自分の学校の制度くらい知っておきなさいよ」
「いや面目ない」
俺がそう答えると響はふふっと笑った。
「響」
「何?」
「お前、全然普通じゃないか。何が違うのか俺には分からん」
「あ、え、あ、ありがとう」
あまり表情を崩さない響が珍しく照れていた。
どうやらこういうのにも慣れていないようだ。
そんなやり取りをしていると太一と愛がジト目で俺を見つめていた。
「また、明人の病気が出てる」
「何で愛にはそういうのないんですかー」
二人して何を言ってるのかわからん。
病気ってなんだよ、病気って。
「明人君はたまにどう対応していいか分からない事言うわね」
「いや普通のこと言ってるだろ」
チラリと腕時計を見ると後五分で予鈴が鳴る。
そろそろ引き上げた方が良さそうだ。
「んじゃまー、第一回の昼食会はお開きかな」
「気分的に良かったわ。また誘ってちょうだい」
「はあ? 響、お前何言ってんの? これからずっとだぞ?」
太一が素っ頓狂な声で響に言った。
「え、今日だけじゃ?」
「誰がそんなこと言ったよ。昼飯一緒に食おうって言っただろ」
「え……いいの?」
「ばーか。響。いいも悪いも無いだろ。俺らからしたら当たり前なんだよ」
俺がそう言うと響は「うん」と嬉しそうに頷いた。
「明人、天気悪い時どうする? クラスだと目立つし体育館も結構いるし」
「――生徒会室」
響が呟く。
「え?」
「生徒会室なら私も鍵を持ってるから昼休みに食事で使っても大丈夫よ。たまにあるし」
「お、マジで? 天気悪い時だけ借りようぜ」
俺達が盛り上がってると、
「――ずるい」
今度は愛が呟いた。
その声は俺達に十分聞こえる大きさだった。
「「「え?」」」
三人して愛を見つめると、ふくれっ面だった。
「ずるいずるいずるいずるーい! 愛も一緒にお昼食べたいですー」
愛が地団駄を踏んで叫ぶ。
「いや、ほら愛ちゃんは友達とも食べるでしょ?」
「愛だけ仲間はずれなんですか?」
「いや、そうは言ってないけどさ」
「愛さんもお友達を連れてくれば? 私も普通なのをアピールできるから一石二鳥だわ」
愛はそう言われると、唖然とした表情を浮かべてポンと手を叩いた。
「その手がありました! さっそくお友達に相談してみます。ではまた!」
そう言うとスタタっと駆け出して行く愛だった。
いやー、俺が友達なら普通嫌がるぞ。
「明人君も誤解を解くいい機会だと思うけど?」
「逆に悪くなる気がするのは気のせいか?」
昼食時に女の子がたくさんになると、傍から見たらハーレム状態にしか見えない。
そういうのを見られると誤解を解くどころか新たな誤解を招くから嫌だ。
「ああ、つまり。明人君は、昼食時に女の子がたくさんになると、傍から見たらハーレム状態にしか見えない。そういうのを見られると誤解を解くどころか新たな誤解を招くから嫌だと言いたいのね」
「お前完全に分かってて言っただろ?」
一言一句同じじゃねーか!
「当たり前じゃない。それくらい想像つくわよ。それに、今更でしょ?」
うおふ。頭が痛い。いや確かに言うとおりだけどさ。
頼むから、俺に平穏な日々を与えてくれないかな。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。