93 昼食は賑やかに2
教室で自分の椅子に座ってぼーっとしていると太一が教室に入ってきた。
自分の鞄を置いた後、俺のところに来ると挨拶をしてくる。
「明人おはよう。あのさ、今日の昼なんだけど」
「おはよう。響から聞いたぞ。一緒に飯食うんだろ?」
俺がそう返すと、太一はニヤッと笑って『そっか、あいつから聞いたか』と言った。
「今日は愛ちゃんも一緒だぞ」
「え、なんで?」
太一は目を丸くする。
「あれ、言ってなかったか? 週末は弁当の清算とあわせて一緒に食べる約束なんだよ」
「聞いてねーよ。うーん。愛ちゃんに悪いことしたかな」
「朝の様子じゃ、お前に怒ってたな」
「うえ、マジか? 何でこう上手くいかないんだろ。まあ、いいや」
いいのかよ⁉
こいつのお気楽さには脱帽する。
それが太一のいいところでもあるのだが。
「ところで、昨日の特訓全敗だったって?」
「ああ、綾乃の部屋で色々試したんだけどな。やっぱ、目と目をしっかり合わせると駄目だな。意識をぼやかしてみたりもしたんだけど、響が視線を強めたらそれも駄目だった」
「本当に特殊能力みたいになってるな」
「響が言うには、成人、つまり大人には効果が無いらしいぞ」
「何?」
だとしたら美咲や涼子さんがならなかったのはそのせいか?
「明人、響はもしかしたら覇気の使い手かもしれん」
「海賊の漫画じゃあるまいし、それなら大人だろうが関係ないだろう」
響と視線を合わせたら固まってしまう。
範囲は未成年か……そしてほぼ男か。
まだ、解明するにしてもよくわからないな。
☆
その日の昼休み。
多少雲はあるが雨が振るような気配はまったく無い。
俺と太一は予定通り体育館脇の木陰へと移動した。
しばらくすると愛と響が現れる。途中で一緒になったのだろう。
何だか愛が少し不機嫌そうなのは気のせいか。
愛の太一を見る目が恨みがましいように見える。
太一が家からわざわざ持ってきたシートを広げて、そこに四人で座った。
「ちょいと狭いけど、勘弁してくれよ」
スカートが汚れないようにとの配慮だが、相変わらずの気遣いで感心する。
太一の正面に響が来るとまずいので、俺と太一が正面に向き合い、俺の横に愛、太一の横に響が座った。
これだと響の目で固まることは油断さえしなければ無いだろう。
愛的にはこのポジションに満足しているようで嬉しそうだった。
「二人揃って同じお弁当だとまるで夫婦ね」
響が俺と愛の弁当を見て言った。
作っているのが愛だから、中身が一緒なのは当然なのだ。
その言葉を聞いて愛が興奮した。
「いやーん。夫婦だなんて。明人さん式は和式がいいですか、洋式ですか?」
「愛ちゃん、飛びすぎ飛びすぎ。とりあえず落ち着こう」
俺の言葉で、愛の興奮を抑えることにはとりあえず成功した。
「響の弁当は随分と豪勢だな」
太一が響のお弁当を見て言った。
見ると、いわゆるお重というもので、量も多いし、種類も豊富だった。
「うちのお抱えシェフが作ってくれてるから、いつも食べきれないから困るのだけれど」
「マジでブルジョアだな。お前」
「私がブルジョアじゃないわ。父がお金を持ってるだけよ」
響は淡々と無表情で言った。
「それじゃあとりあえず、いただきますか」
太一の言葉を皮切りにそれぞれ『いただきます』と合唱。
日本人だなと思う瞬間だ。
今日の愛の作った弁当は、焼き魚でサバの味噌焼き。
ご飯との相性が抜群だった。
今日も太一とおかずのトレードをした。
愛は露骨に嫌そうな顔で太一の表情を見ていた。
「うーん。美味い。愛ちゃん本当に料理上手だよね」
太一が愛の料理を褒める。
「太一さん。いつもそうやって交換してたんですか?」
愛は褒められた事よりもそっちの方が気になった様子だ。
「え、うん」
太一の返事に愛は何か小さく呟いていた。
耳を澄ますと、
『今度から別の容器にいれて、毒でも盛っておこうかな』
いや、それ犯罪だから。危ない思考だから。
「響のも何か交換してくれよ」
「交換じゃなくていいわよ。好きなの取っていいわ。どうせ食べきれないし」
響はお重を持たずに小皿に移して一つずつ味わう。
なんだか上品な食べ方に見えた。
「俺も少し貰うぞ」
俺と太一がそれぞれ箸を伸ばす。
俺は筍を箸に取り、太一は肉団子みたいなものを箸に取った。
口に入れてみると、出汁がしっかりして柔らかく美味しい。
太一が食べた肉団子もどうやら美味かったようだ。
「インスタントのものと違うなー」
満足げに太一が言った。
「響さん。愛も少しいただいてよろしいですか?」
「遠慮しないでいいわよ。どうぞ」
愛も箸を伸ばして俺と同じ筍を選んだ。
愛は口に入れた後、しっかりと味わっている。
「ふむふむ。昆布とかつお。お酒も少し使った感じ。醤油が独特ですね。市販品じゃない感じ」
さすが料理が上手いだけあるのか。
愛は味付けを分析していた。
「愛、今度挑戦してみます。醤油が難しいかもしれないですね。味は少しきつくなる気がしますけど」
愛の料理に関して姿勢は貪欲なくらい勉強家なんだなと思った。
「愛さんは将来何になりたいの? 料理関係に道を進めたいのかしら?」
「出来ればそうしたいと思ってます。でも本当は……」
そう言いながらチラリと俺を見る。嫌な予感がするのは気のせいじゃないだろう。
「あら、明人君のお嫁さんがいいって感じね」
響も愛の視線に気付いたのか、淡々と言った。
愛がキャーキャーと頬に手を当てて照れている。
とりあえず放っておこう。
「明人君と太一君は?」
「俺は進学も視野に入れてるけど。就職でもいいと思ってる」
「俺、勉強嫌いだけど、親は大学に行けって言ってる」
「私は二人に何になりたいかを聞いたのだけれど?」
響は淡々と無表情に言い、俺と太一は無言になった。
「……正直、何になりたいか決まってない。何がしたいのかも分からない」
俺が響の問いかけに答えた。
「……だったら愛の旦那様に」
横で愛がぼそぼそと呟いているが無視しておこう。
「俺もだな。明人と一緒。何がしたいか全然分からん。自分のことなのにな」
「前にアリカにも似たようなこと言われたよ。その時も全然答えられなかった」
響の表情がピクっと反応した。
「あの子は変わらないのね。少し安心したわ」
「響は何がしたいんだ?」
「私は自分の力で企業を起こしてみたい。大学には行くつもりだけどね」
「どんな企業?」
「ロボットに関わる企業。特に医療や介護方面ね」
「……それって香ちゃんと同じじゃ」
愛がロボットと聞いて反応した。
「違うわ。あの子の夢はロボット作ること。私はロボットを使って世界にアピールして普及させられる会社を興す。目的は違うわ」
響とアリカ。中学時代、友達だったときにこういう話をしたのだろう。
お互い夢や目標を語り合って、実現させるために努力してきたのだろう。
なんだ、こいつら。
付き合いがなくなったとはいえ、根っこで繋がってるんじゃないか。
「明人君や太一君は何が出来るかって考えてるのね。何かをしようとしているのかじゃなくて。考え方を変えれば出てくるかもね」
響からの重い言葉だった。
いや、言うなら俺らを思っての言葉だろう。
気の持ちようで物の見方は変わる。
太一にも何かが伝わったのか、真剣な表情をしていた。
「ご飯時に話す内容じゃ無かったわね。失礼したわ。ご飯を楽しみましょう」
「あ、ああ、そうだな」
俺達は、そのまま昼食と雑談を続けた。
さっきの話題には触れもせずに。
俺は最後に響が言った事に何かが見えそうな気がしていた。
でもそれがなんなのか、今の俺にはわからなかった。
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