92 昼食は賑やかに1
金曜日
GWに入ったとはいえ、祝日でも休日でもない単なる平日の金曜日。
よって普通に学校には行かなくてはならない。
学校へ登校中、ふと考えがよぎる。
GWは毎年バラバラだから、いっそのこと、国が法律かなんかで期間を設けて休みにしてしまえばいいのにとさえ思う。
いや、中には休みは嫌だという奴もいるか。
俺は家にいるくらいなら、学校があった方がどちらかと言えばましなほうだ。
学校が無いならバイトに行くだけだし。求め方次第ではあるか。
朝っぱらからこんなつまらないことを考える自分が少し情けない。
学校に到着。
校門を抜けて駐輪場に行くと、愛がそこで俺を待っていた。
俺より早くに来て、待ってくれるのは本当に献身的だと思う。
「愛ちゃん、おはよう」
「明人さん。おはようございます」
自転車を止めた後、愛はトコトコと寄ってきて、鞄の中から弁当の入った巾着袋を取り出す。
俺が受け取ろうとすると、愛はぴたっと手を止めた。
「明人さん。今日は週末です。お約束覚えてますか?」
「あ、ああ、お昼一緒にってやつだよね?」
俺が答えると、愛は嬉しそうにニッコリ笑って、俺の手に巾着袋を渡した。
「今日は天気もいいですから、この間の体育館脇に行けばよろしいですか?」
「そうだね。天気がいい時はあそこがいいかな。木陰もあるし」
受け取った巾着袋を鞄の中にしまい、下駄箱のある入り口に向けて歩き出す。
愛をよく見るとサイドポニーを留めているシュシュの色が今日は違っていた。
今日は茶色か、白よりも目立たないから余計に気付かなかった。
「えへへ。今日はまた一つ愛の夢が叶います」
愛は嬉しそうに言って、俺の横に並んで歩き出した。
こういう愛の姿を見ると、申し訳ない気持ちになる。
何だか愛を都合よく利用しているような気さえしてしまう。
だけど、愛の事を好きだと思うまでは付き合うってのは、かえって愛に失礼な気もする。
それに太一の事もある。
こんなにはっきりとしない俺のどこが愛は好きなんだろう。
人を好きになるって言うのは、恋するってのは、俺にはまだよくわからない。
「明人さん。昨日、香ちゃん嬉しそうに帰ってきましたよ」
横に並び歩く愛が昨日のアリカの様子を言った。
「あ、そうだ。言い忘れてたよ愛ちゃん、昨日弁当ありがとう。助かったよ」
「あ、いえいえ。パパとママのお弁当のついでですし。明人さんたち、いつも遅くまでバイトしてるから愛からのご褒美だと思ってください」
普通の愛は本当にいい子だと思う。
「ありがとう。それにアリカにも料理教えたんだって?」
「はい。香ちゃん、卵焼き褒めてもらえたって嬉しそうでした」
「あいつ、大雑把そうだから大変だったんじゃない?」
「……卵焼き一つで時間切れになりました」
愛の表情に陰りが見えたが、どうやらマジで苦労したっぽいな。
「……そうか。まあ、最初はしょうがないよな」
「香ちゃん。いつにないくらい真剣で楽しそうでしたよ」
愛はその光景を思い出したのか、くすっと笑った。
何だか今日は愛がまったく普通なのが救いだ。
「あ、あの明人さん」
「何?」
「そんなに愛の事じっと見つめられると。えと、こういうのは……」
嫌な予感が二〇〇%するのだが。
「ああ、そうだ視姦――むぐ!」
咄嗟に俺は手で愛の口を塞ぐ。やっぱりそっち方面か。
「あ、愛ちゃんそれは間違ってるからね――って愛ちゃん?」
口を塞いだ愛の表情がおかしい。
何だ、この潤んだ瞳は。
頬を赤らめて、やけに扇情的な表情だ。
俺の鼓動が少し早くなっているのを感じた。
そっと手を離すと、
「ああん。明人さんたら強引なんだから。愛ドキドキしたじゃないですか」
愛は嬉しそうに言うと強引に俺の腕に腕を絡ませてきた。
いや、だから、柔らかいものが当たってるんですけど。
「あの、愛ちゃん。ちょっと離れてくれるかな」
「駄目です。愛は今、ばーにんぐ中です。収まるまでこのままです」
「いや、ほら、みんなの目があるから」
俺は周りが気になって、視線が泳ぐ。
案の定、俺達を見ている生徒がちらほらといる。
中には露骨に顔をゆがませるやつもいた。
「愛は構いません。……愛のこと嫌いですか?」
愛は俺の顔を覗き込むように、潤んだ瞳で訴えてくる。
「き、嫌いじゃないけど、さすがに恥ずかしい」
「うふふ。照れた明人さんも可愛いです」
「――あなたたち朝っぱらから大胆ね」
響が無表情で俺達の背後から言った。
「うお、響。いつの間に?」
こいつ忍者かよ。いつの間に背後にいたんだ。
「おはよう明人君。朝から精が出るわね」
いや、これは俺のせいじゃないから。どう見ても愛が俺にくっついてるだろ。
「おはよう愛さん。朝から激しい求愛ね」
いや、論点そこじゃないから。お前やっぱりSだろ?
響が愛に声をかけたおかげで愛の手が緩んだ。
その隙に手を解くと俺は愛から一歩距離を取る。
結果的には助かった。
愛は口惜しそうな表情を浮かべるが、響の方へ顔を向けて挨拶を返した。
「響さん、おはようございます。明人さんが火をつけたからですよ」
「あら、それだと明人君が悪いわね。さながら恋の放火魔なのかしら?」
少し口の端が上がったのを見逃さなかったぞ。
絶対上手く言ったと思ってるだろ。
「おいこら、上手いこと言ってないから。ドヤ顔するな」
「あら、明人君。あなた挨拶が無いわよ? 礼儀も知らないの?」
くそ、こいつ。正論で返しやがった。
悔しいがここは素直に従っておこう。
「響、おはよう。昨日はお疲れだったな」
「おはよう。たいした事じゃないわ。あの後は太一君達の家に行ったけど、太一君のお母さんとお話してる方が多かったわ。色々質問もされたし」
あー、その光景が目に浮かぶわ。
涼子さんの事だろうから、色々聞いてきたんだろうな。
「温かいご家庭ね。正直羨ましいと思ったわ」
わずかに目を細めて言う響に、もしかして響も俺と同じように家庭に何かあるのだろうかとさえ思ってしまった。
聞いていいものか躊躇してしまう。
「ここで止まっていても仕方が無いわ。下駄箱に向かいましょう」
そう言って響は足を進め始める。
俺も習うようにして後について行った。
「むー、愛は不完全燃焼ですー」
口を尖らせた愛は嘆息をつくと、諦めてくれたようで俺の横に並んだ。
「響お前普段どうやって来てんの。バスか?」
「私? 私はお抱えの運転手に送迎してもらってるわ」
「うわー、ブルジョアだ」
「父がそうしなさいと言ってるから従ってるだけよ」
無表情に淡々と答える響。
金持ちと言うのはそういうものなのか。
俺達には分からないが、かえって友達を作りにくいのではないだろうか。
「生徒会で遅くなることもあるから助かる場合も有るわ。あら、そうだわ」
下駄箱の入り口についた時、響が思い出したように言った。
「昨日、太一君からお昼ご飯一緒に食べようって言われたのだけれど」
「ええ?」
声を上げたのは俺じゃなく愛だった。
「私はいつも一人だから構わないと言ったのだけれど、明人君も構わないのかしら?」
断る理由が無い。
それに今日は愛とも一緒に食べるから人が増えた所でなんら問題は無い。
「ああ、お前がよければ俺は構わないよ。体育館脇の木陰で食べるから、そこ集合でよろしく」
俺が答えると、響は頷いて自分の下駄箱に向かった。
「太一さんなんて。……でされえ!」
わなわなと震える愛は横で、今はいない太一に怨嗟の声を上げた。
太一もかわいそうに。
太一のやったことは決して間違いではないけど、ある意味求める道とは逆を進んだようだぞ。
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