91 ご機嫌と不機嫌6
ニコニコと上機嫌のアリカに対し、少し不機嫌顔の美咲。
レジカウンターに並ぶ三人の様子は三者三様という言葉がよく似合っていた。
突然不機嫌になった美咲をどう対処しようかと、考えているとアリカと視線が合った。
ここまで上機嫌なアリカを見るのは初めてだった。
なんだか妙にニヤついていて気味が悪いくらいだ。
そんなに卵焼きを褒めてもらったのが嬉しかったのか。
まあ、マジで美味かったんだけど。
美咲のことも気になるので、とりあえず話題を適当に振ってみることにしよう。
差し当たって美咲とアリカに買い物に行く場所についてでも聞いてみようか。
「アリカと美咲さん。土曜日はどこに買い物行くの?」
駅前の表通りには数多くのテナントが乱立していて、客つきはともかく種類は多い。
高級ブランド店には行かないにしても、一軒一軒見て回るのも苦労しそうだ。
他の場所といえば、総合会場だ。
響の親が経営しているテナントビルにも数多くの衣料店がテナントとして入っている。
「私は駅前周りがいいと思ってるんだけど」
なんだか美咲の声が冷たく感じるのは気のせいか。
「あたしも駅前以外だとよくわかんないですね」
「女の子の服って無茶苦茶種類多いから選ぶの苦労しない?」
俺が聞いてみると、二人とも首を傾げながらそうでもないといった顔をした。
「絶対買わないタイプってのもあるし。ね、アリカちゃん?」
「あー、わかります。あたしフリル物とか買わないもん」
「私もフリル物は買わないなー。私はシンプルなのが好きだから、ユニシロとかキワムラとかも多いかな」
「あ、あたしも普段着はキワムラが多いです。あそこ安いですし。バイトで着てる服はユニシロ物が多いですね」
「定番中の定番って感じだな。今度もそこに買い物行くの?」
俺がそう言うと、二人は視線を互いに合わせて確認しあってるように見えた。
「アリカちゃん、今回はちょっと色々回りたいよね?」
「あたしもそう思ってます」
「普段とちょっと違う姿も見せたいなって思うのもある」
「ある意味冒険ですよね」
「だよね、だよね」
「あたしの場合切実な問題もあるけど……」
突然アリカが暗い顔をして肩を落とす。
「問題?」
俺は聞き返えしたが、美咲はピンと来たようだった。
「気に入った服があっても……サイズが無いの多いから」
「は? サイズ? Sサイズくらいあるだろう?」
「それでも大きいのよ!」
ああ、なるほど。小柄な身体のアリカには女性のSサイズでも大きいのか。
ということはSSサイズか、もしくは子供向けの……。
「今、子供服買えばいいとか思わなかった?」
アリカがギロリと睨んできて言った。
「いや別に、ま、まあ可愛い服見つかればいいな。当日が楽しみだ」
「ふっふっふ。明人君見惚れても知らないぞ?」
と美咲は言い、アリカは何も言わず、俺を睨んでいるだけだった。
気になってアリカに視線を向けるとプイと横を向いた。何なんだ。
さっきまで機嫌良かったくせに、また元のアリカに戻っている。
女の子は本当にコロコロと機嫌が変わる生き物だと思う。
☆
その日の帰り道、今度は美咲の様子がおかしかった。
何かを考え込んでいるかと思えば、いやいやと首を横に振って自問自答しているようだ。
「さっきから何考えてるんです?」
「え、明人君何で分かるの。もしかして愛?」
「いや、関係ないから」
俺がそう言うと口を尖らせたが、すぐに気を取り直してぼそぼそと話し始めた。
「んー、なんかさ。今日の明人君のアリカちゃんを見る目が違ったなーって」
「いつもと一緒だけど?」
「えー、そんなことないよ」
美咲は俺をじっと見ながらそう言うが、身に覚えがないのにどうすればいい。
「何がどう違うか自分じゃ分からないよ。美咲にはどう見えたの?」
「んっとね。何か愛しそうに見てた感じ?」
「それはないわー」
俺がそう言うと、美咲は「うーん」と首を捻る。
俺の考えてる事とかよくわかるのに、美咲にはどう見えたんだろうか。
あの時はアリカが笑っているのを見て、可愛いとは思った。
そう思うだけで、特に意味はないのだけれど。
「今は誰にも恋愛感情は無いですよ」
『……それはそれで困るんだけど』
ごにょごにょと呟いているけど何が困るんだ?
「それよか美咲。アリカに一歩リードされたね」
「へ? な、何が?」
「あいつ料理教わり始めたって言ってたでしょ?」
「あ、ああ、そのことね。あー、びっくりした」
美咲は胸を押さえて、一息つくと笑って俺を見た。
一体何と勘違いしたんだろう?
「ふっふっふ。春ちゃんには、帰ったらすぐにお願いするの!」
「おー、一応話は進めるつもりなんだ?」
「当然じゃない」
美咲は、ふふんと鼻をならして胸を反らす。
「んじゃ、俺も教習所入校手続きしに行くことにするかな」
「おー、明人君も行動するんだね。いい事だよ」
美咲はニコニコしながらうんうんと頷いた。
「あれ? 明人君携帯鳴ってない?」
美咲が自転車の籠に入れてある鞄を見ながら言った。
「よく聞こえましたね?」
自転車を止めて、鞄から携帯を取り出す。
確かに着信を示すLEDがチカチカと点滅していた。
見てみると、太一からだった。
「太一からのメールだ」
メールを見てみると、特訓成果とのタイトル。
ファミレスで別れた後、千葉兄妹と響との特訓の結果報告だった。
どうやら、千葉家に招待したようで、綾乃の部屋で撮ったと思われる写真が添付されていた。
その写真には響を真ん中に太一と綾乃が一緒に写っていた。
響の表情を見る限り、少し照れくさそうにしているのが印象的だ。
「響との特訓成果の報告みたいだ」
「へー。どうだったの?」
「……全敗だって。なにやってんだ」
「あらー。すぐには無理なのかな?」
俺はメールの続きをざっと見ていく。
「あれ、涼子さんは平気だったんだ?」
「兄妹揃って効果があるってのも不思議な縁だね」
「ほんとだよ。遊びに行く時には気をつけてもらわんと」
俺はまた携帯を鞄にしまうと足を進み始める。
美咲も、とことこと歩き出した。
横目で美咲を見やりながら、美咲の察しがいい事について考えていた。
何で俺の考えることがよく分かるのだろうか。
俺の表情をよく見ているとはいえ、美咲の言葉は俺の考えにほぼ合致したような内容が多い。
とはいえ、アリカの事みたいに時折まったく見当違いな事を言い出すこともある。
その違いはなんなんだろうか。
俺だって機嫌がいい悪いくらいならわかる。
でも何を考えているかなんて分かるわけがない。
表情だけで考えは読めないからだ。
「あ、またなんか考えてるでしょ? 明人君は色々考えすぎだよ」
横から美咲がふふっと笑って言った。
考えすぎか。もう習慣づいているのだろう。
横で美咲の口元が緩んでいた。この顔は見たことがある。
アリカを可愛いと言って襲う前に見せた顔だ。
何かろくでもないことを考えていそうなのは気のせいじゃないだろう。
「アリカちゃんと服買いに行くの楽しみだな」
「街中で襲うのは止めてくださいよ」
「人前では辛抱します」
いや、そこは普通、辛抱じゃないだろう?
人前じゃなかったら実行する気か?
土曜日にアリカが美咲に襲われないことだけは祈っておいてやろう。
お読みいただきましてありがとうございます。
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