90 ご機嫌と不機嫌5
それからしばらくして、春那さんは店長に呼ばれて裏屋に戻っていった。
表屋で店番している俺達は、それぞれ思い思いの考えにふけ込んでいた。
「よし決めた。今日家帰ったら相談しよ!」
美咲は考えがまとまったようで、俺らに聞こえるように宣言した。
アリカはどうなんだろうと、ちらりと見るとなんだか浮かない顔をしている。
「アリカ、何か暗いぞ?」
「えー、自分の時間って言われても、なんかさー」
さっき春那さんが言った時に何か思い浮かんだような顔をしていたけれど、気のせいだったのだろうか。
「俺はバイクの免許の事が思い浮かんだよ。休みは、それに当てようかなって」
「あー、いいんじゃない? 座学と実技あるから上手い具合に行かないと時間かかるよ」
「お前、何かしたいことないのか?」
「……」
返事がない。何故か知らんがアリカの顔が赤くなっている。
「……だって、もう教わり始めたし」
なにを? と聞こうとする前に、突然アリカが椅子から立ち上がった。
その表情は何かを思い出したような顔だった。
「ああ! いけない、忘れてた! ちょっと待ってて」
アリカは俺にそう言うとピューっと走って、裏屋に行ってしまった。
「アリカちゃん、どうしたの?」
「さあ?」
それからすぐにアリカはトートバックを持って戻ってきた。
「これのことすっかり忘れてた。はい、これ」
トートバックから手渡されたのは、俺が学校で愛から渡されている弁当箱だった。
「今日、朝ごはんはファミレスだったでしょ? 愛がみんなの分作ってくれたのよ」
そう言って、またトートバックの中から、俺のよりも小さな弁当箱を取り出す。
「美咲さんのもありますよ。はいこれ」
アリカは取り出した弁当箱を美咲に手渡す。
「え、それ、私の分?」
美咲は驚いた顔をした。
アリカから弁当を受け取るとまじまじと眺めていた。
「さすがに、あの時間に朝ごはん食べたらお昼ずれちゃうでしょ?」
確かにそれは言える。
実際すでに俺は腹が減り気味だ。
昼抜きでここにいるからなのだが。
「愛ちゃんは気が利くねー」
「あの子、家庭向きなんですよ。今は、ママに色々家事も教わってます」
「すげえありがたいわ。愛ちゃんには明日お礼言わないとだな」
目の前に弁当があると、余計に腹が減ってくる。
三人で相談した結果、じゃんけんで負けた人が先に食事、勝った二人は後でゆっくり食事ということになった。
いざ、じゃんけんしてみると、一発で俺が負けてしまい、先に休憩食事をすることになった。
「んじゃ、お先に」
「明人、お茶もあるから。はいこれ」
アリカから小さめのペットボトルのお茶を受け取る。
後がつかえているので、なるべく早く食べたほうがいいだろう。
敗者なので、ええ、敗者なので。
弁当を持って更衣室に行き、置いてあるテーブルに弁当とお茶を置いた。
椅子に座って弁当を開けると、
「おー、今日のも美味そう……お?」
いつもの愛の弁当と違和感があり、珍しく卵焼きが焦げていた。
「珍しいな。まあ、ご愛嬌、ご愛嬌。では、いただきます」
両手を合わせて、愛に感謝しつつ弁当を食べ始める。
今日はピーマンの肉詰めがメインのおかずで、小さな揚げだし豆腐も入っていた。
揚げだし豆腐には、たれを寒天で固めたものが添えられている。
一緒に食べると口の中で溶けて絶妙な味わいを繰り広げた。
これなら弁当の中で他のおかずがたれの侵害を受けずに済む。
よく考えているなと感心した。
先ほど違和感を感じた焦げた卵焼きを口に放り込む。
「ん? いつもと違う味だけど。これはこれで美味いな」
いつもと味が違うのは焦げたせいかもしれない。
愛だってたまにはミスすることくらいあるだろう。
弁当を平らげ、茶を飲んで一息。
「いやー、こんな弁当食わせてもらって最高だな」
しっかり腹におさまった感じがしていた。
十分満足した俺は、交代しようとレジまで向かう。
美咲とアリカが笑いながら、ウルトラマンのように構えあっていた。
おそらく美咲がアリカを狙って、アリカがそれに気付き防衛しているのだろう。
何やってんだか……。
「終わったよ。二人とも行っといでよ」
二人の怪しい行動は無視して言うと、
「早いね。さすが男の子だ」
美咲が感心したように言った。
「どうだった?」
アリカが聞いてきたが、おそらく弁当のことだろう。
「ああ、美味かったよ。卵焼きがいつもと違ったけど、それも美味かったよ」
正直な感想を言ってみると、アリカは嬉しそうに微笑んだ。
「ふふん。それは当然よ。だって、その卵焼きはあたしが焼いたんだもん」
「え、マジで? お前料理できないとか言ってただろ?」
「愛に少し教わったのよ。この間あんたに言われたから見返してやろうと思って」
アリカは『どんなもんよ』と言うようなドヤ顔をしているが、正直美味しかったので負けは認めないといけない。
「あー、馬鹿にして悪かった。卵焼きマジで美味かったぞ」
負けを認めて褒めると、アリカはさらに嬉しそうな顔をして美咲の手をとった。
「美咲さん、あたしたちもお弁当食べに行きましょう」
「う、うん」
更衣室に向かうアリカは褒められたからか、上機嫌だ。
それともお腹がすいて食べれることへの嬉しさか?
確かに愛の作る弁当は美味いから早く食べたくなるのもわかるが。
二人が弁当を食べている間、二組の客が訪れた。
一組はまだ若い夫婦が小さな子供と一緒に来ていて、庭に置くようなベンチチェアを購入した。
マイホームでも購入したのだろうか。
なんだかほのぼのとした気分になる。
もう一組は明らかに運動不足そうな太った眼鏡の男。
俺が猫グローブを買った時に見ていた、変なコラボのフィギュアを購入していった。
立花さんに報告したくなる。
立花さんの見る目に間違いなかったよ。
あの変な七つの傷のフィギュア売れちゃったよ。
俺はフィギュアが売れたことに変な感動を覚えた。
しばらくして、美咲とアリカが戻って来た。
美咲もアリカも上機嫌の様子。腹が膨れるとそうなるよな。
「明人君、おまたせ。お弁当美味しかったー」
その横でアリカも照れながら、
「えへへ。美咲さんにも卵焼き美味しいって言ってもらえた」
本当に嬉しそうに笑った。
普段からそんな顔すれば可愛いのに、もったいない奴だ。
「ねえねえ、明人君……む?」
美咲が何か言おうとして俺の顔を見た途端ジト目になっていたが、なんでだかわからなかった。
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