8 てんやわん屋5
月曜日。
どこかで音が鳴っている。
音の正体は分かっているが、良い夢を見ていたような気がして、まだ眠りから覚めたくなかった。手で音の鳴る辺りをまさぐり、止めようとするも手に感触が伝わらない。仕方なく身体を起こし、鳴り止まないアラーム時計を見つめる。
「学校行かなきゃ……」
まだ頭がぼんやりするが、口からこぼれ出た言葉が、俺を現実の世界へと導く。鳴り続けていたアラーム時計を止め、洗面所に向かい顔を洗う。
タオルで顔を拭き終えた鏡に映る自分の顔に陰鬱さを感じてしまう。家に居るとき、陰鬱な顔になるのは自覚している事だ。それでも、目の当たりにすると余計に陰鬱になる。
今日の朝飯は、途中のコンビニでおにぎりでも買うことにしよう。何だか今日は早く家から離れたい。学校に行ったら、家の事は忘れられる。逃げていると言われても仕方がないが、何にどうやって立ち向かったらいいか、俺には分からない。
――だったら、せめて忘れていたい。
制服に着替えた俺は、バイト用の着替えをいれたリュックを背負い、通学用の鞄を持って家を出た。自転車の籠に通学用の鞄を放り込んで学校へ向かう。
学校での生活は俺にとって、嫌なものはない。千葉もいるし、友人こそ少ないものの楽しめているからだ。
勉強だって嫌いじゃない。昔に比べると勉強の量は少なくなったが、成績は上位をキープできている。バイトが無い時は、できるだけ勉強するようにしているからだ。仮に大学に進学するなら、この近くにある大学に行かず、少しでも離れた場所の大学に行けば、親の面子を守りつつ、堂々と家を出る事も可能だからだ。
家から飛び立つためには、自分の選択肢は多いに越したことはない。
昼休み、千葉を始めとするクラスの奴らと雑談する。今日は主にゲームの話が中心で、俺にはよくわからなかったけれど千葉が気を使って補足説明をしてくれたおかげで、話題に置いていかれることはなかった。
この間千葉に言われたからじゃないけど、もっと千葉達と遊べるように努力しよう。からかってくる奴だけれど、こんな奴探したって見つかるほうが少ないだろう。
千葉と仲良くなってから、観察していてわかったことがある。
こいつは雑談中も一緒にいる奴等を、よく見ているのだ。表情を見てるというか、空気をよく見ているといったほうが正解か。
話を振られたら話せるけど、自分からは話を振れないって奴は多い。千葉は、そういう奴に自然に話を振り、まともな返事なら同調して話を盛り上げる。的を得ていない返事でも、相手を馬鹿にしないやり方で盛り上げていく。俺にはできない芸当だ。
いつものように時間は過ぎていき、HRも終了した。
俺が帰り支度をしていると、千葉が近づいてきた。
「美咲さんとこ、いくんだよなー?」
ニヤニヤしてやがる。いい加減そのネタ止めろ。
「ばーか。美咲さんとこじゃなくて、バイトに行くんだよ」
「また話聞かせろよ」
「わかった、わかった。んじゃ初出勤してくるわ」
教室の入り口へ向かいながら、千葉に手を振り答えた。
「おう、がんばれ勤労少年」
手を振りながら、千葉は幼さの残る笑顔で見送ってくれた。
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