88 ご機嫌と不機嫌3
店長が裏屋に戻ってからの美咲はずっと不機嫌そうに何かを考えていた。
こんな美咲を見るのは初めてのような気がする。
「んー、なんか納得できないー」
美咲は呟いた。
それは俺も同じだ。
土曜日のバイトが無くなると、また探さなくてはならなくなる。
こうなるのだったら、ファミレスのバイトを辞めるんじゃなかったとすら思う。
「やっぱり、店長のところ行ってくる」
消化し切れなかったのか、美咲は椅子から立ち上がり裏屋に行ってしまった。
ぽつんと店内に一人残されるも、客は全然来ない。
何で急にこうなったんだろう?
確かに人手が足りないと言えば聞こえはいいが、それほどネットからの需要があるのだろうか?
店長の言ってることも分かるけれど、表屋は客足が低いから一人がレジ番をすればいいだけじゃないのか?
わざわざ休日を作る必要があるのか?
店の事情とはいえ、休みの日にバイトが無くなるのは痛い。
早くどこか別の所を探すことをした方がいいのだろうか。
とはいえ、土曜日のシフトと店長は言っていた。
つまり、俺か美咲もしくはアリカの誰かが呼ばれることもあるってことだ。
そうなると別のバイトは探しづらくなる。
どうしようかと考え込んでいると、裏屋への扉が開いた。
「あんた、なに黄昏てんの?」
エプロン姿のアリカだった。
この姿をしてるということは表屋勤務か。
俺が裏屋にいくのかな?
「今、美咲さんと店長が話しこんでるから、こっち手伝って来いって言われたのよ」
「仕事は大丈夫なのか?」
「今日は裏屋も暇なのよ。前島さんが休みで高槻さんだけだし」
「そうか。突っ立ってないで、中で座れよ」
そう言うと、アリカは俺の横の椅子にちょこんと腰をかけた。
アリカの頭がちょこちょこ動いている。
ツインテールの髪を指でクルクルと巻いたり解いたりしている。
さっきから見てると、どうやら俺を気にしてるようだった。
何か言いたいことでもあるのだろうか。
「どした?」
「え、なんでもない……こともない」
「なんだそりゃ?」
アリカのイメージにはない、曖昧な態度に少し新鮮味を覚える。
「帰りに少し愛に聞いたんだけど、響があんたに興味があるって」
愛はアリカにどういう説明をしたんだろう?
「いや、興味と言うより、協力してくれって感じだよ」
「協力?」
「あいつが友達欲しがってるのは今日の態度で分かっただろ?」
「うん。昔はそんなの全然感じなかったけど」
それはアリカともう一人の友達がいたからだと俺は思った。
響の中でアリカは友達として、かけがえのない存在だったのだろう。
たとえ、それが学校の中だけのつきあいだったにしても。
高校生活の中で、あいつはアリカのような友達が出来ていないのだろう。
響なりにも一年の間、誰かと接点を作ろうとしたのかもしれない。
だが、あいつが望む結果には至っていないから俺に接触してきた。
「……あたし、響とこまめに連絡とっておけばよかったかな?」
俯きながら、自分を責めるような言い方をするアリカ。
「違う高校なんだから、それはしょうがないだろ」
慰めになるか分からないけど、俺にはこれくらいのことしか言えなかった。
少し俯いているアリカの頭に手をポンポンと乗せる。
「また再会したんだから付き合え直せばいいだろ。お前らまだ友達なんだから」
アリカは頭に置かれた手を払うわけでもなく、ただ俺の顔をじっと見て呟いた。
「また、そうやって……」
またって、なんだよ?
アリカの顔が赤くなっていく。
「あたしのこと、子ども扱いしてない?」
アリカがギロリと睨んでくる。
アリカさん、赤鬼みたいに怒った感じで言うの止めてください。
「なんでそうなるんだよ。まったく素直じゃないな」
アリカの頭から手を離して、カウンターに向かいなおす。
美咲はまだ帰ってこず、客も全然来ない。
アリカが何かを思い出したかのように言い出した。
「ねえ明人。そういえば、あんたにこれ見せたっけ?」
アリカはポケットから携帯を取り出し、操作しながら言った。
覗きこんでみると、それはバーベキューの時の写真だった。
「あ、それ。この間のか。そういえば撮ってたな」
「データコピーあげるから携帯もっておいでよ」
アリカに言われたとおり、携帯を持ってきて写真のデータを転送してもらった。
「意外と枚数撮ってたんだな。お、これなんか映りもいい」
携帯に転送してもらった写真のデータを順番に見ていくと、俺達が雑談している写真があった。
美咲は写っていなかったが、雑談しているみんなの表情が柔らかい。
「それは美咲さんが撮ったやつだね。美咲さん写真撮るの上手だわー」
道理で美咲がいないわけだ。
写真を見ていくと、色々の場面の写真があった。
店長に肩車されて喜ぶ千佳の写真、前島さんに技を掛けられて苦しそうな表情の太一。
箸つかみ勝負をしたときや、愛にくっつかれて困った顔をしている俺の写真もあった。
アリカが撮ったやつだろうか。
今度は俺と美咲が並んでいる写真もあった。
俺ってみんなの前でこんな表情してるんだ。
なんだよ、楽しそうにしてるじゃないか。
「なんかこういうのって、思い出がしっかり残ってるみたいでいいよね」
アリカが柔らかい笑顔で言った。
やっぱりこいつの笑顔って普通に可愛いと思う。
普段からそうしてればいいのに。
「そうだな。今度遊びにいく時、俺もみんなを撮っておきたいな」
しかし、自分の携帯でカメラを使ったことがない。
どうやるんだ?
画面にあるカメラを選択すると画面の端に色々な数字。
ふむ、よくわからん。
「アリカ、これどうやって使うんだ? 設定とかあるの?」
アリカに携帯を見せながら聞いてみると、
「あんたそれぐらい知っておきなさいよ。自分のでしょ。ちょっと見せて」
呆れたように言った。
使ったこと無いからしょうがないだろ。
アリカは俺の携帯を自分のと見比べながら、操作を確認している。
「大体は一緒みたいね。これなら分かるわ」
アリカから簡単な設定と使い方を教わった。
「んじゃ、さっそく試すか。アリカ、こっち向いて」
「へ?」
アリカが驚いた顔でこっち向いた瞬間に『カシャ』と写真を撮る。
撮った映像を見ると、アリカが画面の中で驚いた顔をしていた。
「ちょ、ちょっと、あんた今の消しなさいよ!」
「いやいや、ピンボケしたんならともかく。ほら、ちゃんと撮れたぞ?」
撮った写真を見せると、アリカの顔が真っ赤になった。
「何、この口半開き! うわ、目も最悪。ちょっと貸しなさい。それ消すから」
「おいおい、せっかく撮った第一号なのにそう言うなよ」
「だ、駄目! せっかくなんだから、ちゃんとした顔の撮りなさいよ!」
再三の撮り直しの要求に、屈服してしまった。
この後、アリカをモデルに写真の練習。
その勢いのまま、お互いをモデルに写真の撮り合いっこが始まった。
しかし、バイト中に何やってるんだろう、いいのか俺。
お互い撮りあった写真を見せ合う。
「これは駄目ね。……これは、まぁいいかな」
アリカにチェックされ、生き残った写真は十枚ほどだった。二十枚くらい消しやがったな。
「これ自分を取るとき、どうするんだ?」
「何? あんたナルシー?」
「違うわ! 相手と一緒に撮りたいとき、どうするのかと思ってさ。やっぱ、誰かに頼むのか?」
アリカは「なるほどね」呟いて、自分の携帯を操作しはじめた。
「明人、ここ座って」
アリカに言われたとおり、指定された椅子に座ると横にアリカが並んだ。
「はい。携帯見て」
アリカが手を伸ばして携帯の画面を正面に持ってくる。
そこには俺とアリカが並んで写っているがフレームに納まりきっていなかった。
「もうちょっと、よらないと駄目かな?」
アリカは画面を見ながら俺の近くに身を寄せる。
二人がフレーム内に納まる。近い、近い。
アリカの髪からふわっと甘い匂いがした。
「あ、これくらいか。撮るよー。画面の上あたり見てー」
『カシャ』と音が鳴り、俺とアリカが並んで撮った写真が映し出される。
ニッコリと微笑んだアリカに、少し照れたような顔をしている俺。
「んー、いい感じに撮れたわ。さすがあたし」
撮った写真を見て満足そうに呟くアリカ。
その表情は写真を上手く撮れただけにしてはやけに嬉しげだった。
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