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帰路  作者: まるだまる
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85 交渉の場はファミレス5

 また東条に席を外してもらって、太一の硬直が解けるのを待つ。

 アリカも東条の特異体質――目が合ったら硬直する事は知らなかったようで驚いていた。

 中学時代にはそんなこと一度もなかったらしい。

 高校に入ってから?

 思ったよりも早く硬直が解けたので、美咲に東条を呼んできてもらった。


「この硬直するの。他になんか対策ないか?」


 俺が聞いてみると、みな、うーんと考え込む。

 やはり、目を合わせないようにするしかないのか。


「あの、慣れるってのはどうでしょうか?」

 綾乃が小さく手を上げて言った。

「慣れ?」

 綾乃は小さく頷いた。

「響さんさえよければ、この後、お付き合いしてもらおうかなと」


 つまりそれは、自ら身体を捧げ、硬直を繰り返すことを意味していた。

 東条の眼力に耐えられるように身体に耐性をつけようとしているのか。


「綾乃、お前頭いいな」

 太一が感心して言った。

「私は時間があるけれど、あなたたちはいいの?」

 東条は少し気まずそうな表情で言う。

 視線を送れないだけに余計にそう感じるのだろう。


「お兄ちゃん。響さんがあんなこと言ってるよ?」

「うむ妹よ。どうやら響は俺達を見くびっているようだ。このあと強制連行だな」

 千葉兄妹はニヤリと笑って東条に向けて親指を立てる。


 東条はそれを見て、嬉しかったのか、少し涙目になってこくっと俯いた。

 この兄妹本当にいい育てられ方してるって思う。

 太一の奴ちゃっかり下の名前で呼んでるし、俺はどうしよう。


「明人君、大丈夫だよ。みんなでそうしちゃえばいいんだよ」

 横から美咲がそう呟いた。


 何で美咲はいつも俺の考えていることが分かるんだろう?

 でも、今のその言葉に背中を押してもらえた気がした。


「それじゃあ、響の対策は千葉兄妹に任せるわ」

 俺は言いながら、視線を左側に座るアリカに飛ばした。


「あー、了解。太一君がんばってね。響のことよろしく」

 アリカも俺の視線の意味を察してくれていた。理解が早くて助かる。

 アリカは横でキョトンとしている愛にゴニョゴニョと耳打ちした。

 愛はアリカの顔を見てコクコクと頷いた。

 どうやら愛はアリカに言われるまでは気づいてなかったようだ。


「おー、なんか青春してますねー。こういうのなんて言うんだろ? 乱交?」


「「「「「「⁉」」」」」」


 愛がぼそっと言った言葉に場の空気が一瞬で凍りつく。 

 いい空気だったのに、何がどうしてそうなった? 


『ゴン!』

 と、愛の頭を拳骨で殴るアリカ。


「いだっ! 香ちゃん今マジで殴ったでしょ?」

「あんたがあほなこというから悪いんでしょ!」

 アリカは顔を真っ赤にして怒っていた。


 アリカ的に身内の恥と内容のことのダブルで恥しかったのだろう。

 アリカ以外はみんな目を伏せて沈黙していた。


「明人さーん。香ちゃんが殴ったですー。痛いの痛いの飛んでけーってして下さい」

 愛は席から逃げ出すと、俺のところに来て頭を撫でてくれと訴えてくる。

 よしよしとアリカに殴られた頭を撫でてやると、愛は「えへへ」と嬉しそうな表情をした。


「……もう一発いっとこうか? 明人もいる?」

 アリカが顔を引きつらせ、拳を掲げながら笑って言った。

 怖いよ、お前。何で俺まで対象になってんだよ?

 

「まあまあ、アリカちゃん。愛ちゃんも悪気があったわけじゃないんだから」

 太一が仲裁に入ると、太一に向かってギロリとアリカは睨んだ。


「太一君も欲しい?」

「え、遠慮しときます」

 弱いぞ、太一。


「明人君、アリカちゃん。そろそろ私たち出ないと時間だね」

 場の空気を正常に戻そうとしてくれたのか、美咲が腕時計を見ながら言った。


 時計を見ると十一時を少し回ったところだ。

 バイトの時間を考えると、確かにそろそろ出た方がいい。

 俺達はそれぞれ会計を済ませて店を出て行く。


「今日はありがとう。木崎君、また来てね」

 俺が出ようとしたところで、中村さんから声をかけられた。


「はい、長居してすいませんでした。またお願いします」


 ファミレスから出ると日差しがきつく感じられた。

 店内では冷房が効いていたからだろうか、余計に暑くも感じる。


 俺達はバスが来るのを待って、バスが着いたらそれぞれ別れることにした。

 アリカと愛はそのまま歩いて帰り、アリカはバイクで出勤すると言っていた。

 美咲は路線バスで移動。バスの到着まで、あと五分ほどで済みそうだ。

 千葉兄妹と響は美咲と同じバスに乗って、特訓する場所を求めて移動するらしい。

 千葉兄妹はコソコソと、どこがいいか検討会議をしていた。この兄妹、本当に仲がいい。

 響は無表情でその二人のやり取りを眺めている。



「明人さんバイト頑張ってくださいね。明日もお弁当に愛情一杯注ぎます」

「あ、ありがとう。楽しみにしてるよ」

 愛が別れを惜しんで擦り寄ってくるが、その背後にいる美咲とアリカの視線が怖い。


「うふふ、アリカちゃん。もうすぐ時間だねー」

「あはは、そうですね。剣山って店にありましたっけ?」

 お前らその会話やめろ。

 日差しのせいじゃない汗が背中を流れてるんですけど?


 バスが到着するまでの間に、愛と綾乃そして響がそれぞれアドレス交換をしている。

 太一も愛とアドレス交換をしていなかったようで、慌てて交換していた。

 それを見て太一の気持ちは、やはり愛にあるのだろうと思う。

 登録したアドレスを見る太一の顔が本当に嬉しそうだったからだ。

 

「明人君。考えすぎたら駄目だよ。なるようにしかならないから」

 俺の横でぼそっと美咲が呟いた。


「そうですよね。今は考えないことにしときます」

「うん、それがいいと思うよ。焦らないでいいんだから」

 美咲はそう言って笑った。


 よく考えてみると、美咲は俺の表情をよく見ている。

 わずかな違いを感じているようだ。

 毎日毎日顔を合わせるたびに、俺がどんな人間か観察しているのだろう。


 だとしたら、俺の嘘は美咲に通じていないのじゃないだろうか。

 嘘だとわかっていても、美咲は俺と接しているのではないか。

 俺が弱い人間だってことがばれているんじゃないだろうか。

 そんなことが頭の中を横切った。


「また明人君の悪い癖でてるよ。考えすぎたら駄目だよ?」

 また美咲はさっきと同じことを言った。


 やっぱり、美咲には色々とばれているのかもしれない。


「とりあえず、お店で色々話しようねー」

 あれ? このチラチラ見える美咲の背後の黒い炎は何? 

 なんか『ゴゴゴゴゴゴゴ』って効果音が聞こえてきそうな雰囲気は何?

 もしかして、まだ引きずってる? 何の件?


「うふふふふふ。さーて早くバイト始まらないかなー」

 お願いだから、始まる前から不安を与えないで下さい。


 少し手前の交差点にホワイトカラーにオレンジラインの入った路線バスが見えた。

 美咲たちが乗る予定のバスだ。

 これで移動すればてんやわん屋の近くの郵便局前で降りられる。

 おそらく美咲の方が店には先に着くだろう。

 バスが目の前の停留所に止まる。美咲、太一、綾乃そして響がバスに乗り込む。

 四人が乗ってすぐにバスは走り出した。

 バスの中から手を振る太一たちに、俺とアリカ、愛は手を振って四人を見送った。


「この後、美咲さんとまた一緒なのになんか変だね」

 アリカがバスを見送りながら笑って言った。


「愛はぎりぎりまで明人さんといられて幸せですー」

 そう言って愛は俺の腕に絡み付いてくる。


 あの、プニプニしたものがあたってるんですけど?


「……とーっても、楽しみだわ。ねえ、明人?」

 俺と愛を見て笑うアリカ。


 その笑顔が怖いんだけど。


「ほら愛、いつまでもくっついてないで。あたしが遅れちゃうでしょ?」

 愛を引っぺがすと、愛の手を掴んで歩き出した。


「それじゃあ、明人。また後で」

「明人さん、またですー」

 振り返ってそう言うと、二人は家に向かって進んでいく。

 アリカが愛に小言を言ってるようにも見えたが、気のせいじゃないだろう


「さて、それじゃあ、俺も行くか」

 愛用の自転車にまたがって、てんやわん屋を目指す。

 少し強い日差しを浴びながら、みんなが遊びに行く時もこんな天気であって欲しいと願った。

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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