84 交渉の場はファミレス4
話し合いは無事に決まり、しばし雑談タイム。
「東条がカラオケで手を上げると思わなかったな」
「行ったことが無いから行きたかったのよ。みんなは結構行くの?」
無表情に近い顔で聞き返してくる。
高校2年生にもなって、カラオケに行ったことが無いってのも珍しいな。
俺はバイトばかりしていて、カラオケに行くのは久しぶりだ。
去年に太一とクラスのやつと野郎だらけのクリスマスで行ったきりだ。
「あたしんちは家族でたまに行くから。ね」
アリカは言いながら横にいる愛に振る。
「ですです。愛はボカロとか歌います。香ちゃんもボカロ好きだし」
ボカロか、そういや髪が緑色の子、アリカの髪型に似てるよな。
もしかして、アリカがツインテールにしてるのはその影響か?
「明人君、それは違うと思うよ?」
美咲が横から突っ込んでくる。
だから、何で俺の考えてることが分かるのかな?
「「「「「?」」」」」
ほらみろ。何で美咲がそういったか、みんな不思議がってるじゃないか。
「太一君は?」
東条は話を続けてしまおうと思ったのか、太一に話を振った。
それ以上横を向くなよ。視線がかち合うぞ。
「俺は、他のやつとたまに行くし、綾乃を連れて行くときもあるかな」
「綾乃さんは?」
「あ、綾乃さん? 初めて言われました」
綾乃は前髪をくしくしと撫でて、照れ隠ししている。
「私もお兄ちゃんと同じです。お兄ちゃんと行くか、学校の友達と行きますね」
千葉兄妹は交友関係が広そうだからよく行ってるのだろう。
「美咲さんは?」
「私? 高校のときは部活の人とよく行ってたけど、大学来てからは無いかな」
随分と久しぶりになるようだ。そういえば、たまに変な歌を口ずさんでいたな。
歌うこと自体は好きなんだろう。
「上手い下手は別として、歌ったらすっきりするよな」
前に行った時、太一の選曲はノリがいい曲が多かったような気がする。
「太一さんがすっきりって言うと、いやらしく聞こえます」
愛が危険地帯に足を突っ込もうとする。誰か止めろ。
「余計なこと言わない」
『ぺし』と愛をはたくアリカ。
さすが姉だ。反応が早い。
少し顔が赤いけど、それはイメージしたって思っていいのか?
「いたーい。香ちゃん頭ぶたないでよ。馬鹿がひどくなったらどうするの?」
「自覚はあるのね?」
東条が追い討ちをかける。普通身内以外言わないぞ。
「響ちゃんって、物事ハキハキ言うのね」
美咲の言葉に東条の顔が一瞬、不安を帯びた。
他の誰かに同じ言い方をされたことがあるのだろう。
その時は東条にとってよくない結果だったのかもしれない。
「嫌味で言ってないよ。ハキハキ言えるのって、私は羨ましいもん」
美咲も東条の表情を見逃さなかったようだ。
東条にニッコリと微笑んだ。
ニッコリと笑う美咲を見つめ、ぽかんとした表情を浮かべる東条。
今までこういう対応をされたことがないような感じだ。
「わ、私は、自分の言いたいこと言ってるだけです」
「うふふ。響ちゃん可愛いね」
美咲が笑顔のまま言うと、東条は今までの態度と違って、妙にオドオドし始めた。
「東条って、自分に好意的なこと言われるのに慣れてないのな」
太一が横目に東条を見て笑って言う。
「そ、そんなことないわよ。勝手なこと言わないで」
東条は顔を赤らめて俯いた。
「……東条のそういう姿、初めて見た」
アリカが東条の俯く姿を見て笑った。
「こういうのを照れ萌えと言うんですよ。アリカさん」
綾乃が眼鏡をくいっとかけなおし、ニヤニヤ笑って言った。
「愛はいつも明人さんにデレてますよ? 萌えますか?」
愛は俺を見つめて熱い視線を送ってくる。
いや、萌えないし、今俺のこと関係ないよね?
「どうなの明人君?」右から美咲。
「明人、どうなのよ?」左からアリカ。
二人して覗き込むようにしてみてくる。
美咲にアリカよ。お前らは、なぜ流してくれない?
その笑顔、妙に怖いんですけど?
「……萌える萌えないは別として、東条も可愛いところがあるってのは間違いないだろ?」
質問をかわしつつそう言うと、美咲とアリカの眉毛がピクリと動いた。
答え方を間違っていたのだろうか?
なんだか気温が下がったような気がする。
何故か愛や綾乃までもが俺を睨んでいる。理不尽だ。
お前らだって可愛いとか萌えるって言ったじゃないか。
「明人……お前、また、そういうこと言うから」
太一が俺を残念な奴を見るような目をして言った。
「うふふ。アリカちゃん今日のバイト楽しみだね」
「あはは。そうですね。店に石畳ってありましたっけ? 後、置き石」
ちょっと待て、その石畳と置石は何に使うの?
もしかして、拷問受けるの俺?
「楽しそうね。私もそれは見てみたいわ」
いや、ちょっと待て東条。そこは目を輝かせるな。
てかお前、既に俺が拷問を受けるイメージできてるだろ。
なに、この嫌な空気。涼しいはずなのに汗が出る。
誰か空気を変えてくれ。
「ところでさ、みんなボウリングってスコアどれくらい?」
太一がヤレヤレといった表情で話を振り出した。
おお、さすが心の友よ。俺の心情を察してくれたか。
「俺は調子いいとき一五〇出るけど、アベでいうと一二〇辺り」
太一は綾乃を『次、お前言え』と促すように見た。
「私はアベで九〇辺りですねー」
綾乃は視線を正面の愛に送る。
「えと、愛ですか? あ、あの……アベってなんですか?」
愛は引きつった笑いを浮かべながら聞いてきた。
横からアリカが「平均よ」とボソッと言う。
「ああ、えと。香ちゃん、愛は五〇くらい?」
「あー、それくらいかな。あんたへたっぴだから」
そういえば愛は運動神経がないとか言ってたな。
あのでかい乳が邪魔してるんだろうか?
「明人君、今つまらないこと考えてたでしょ?」
だからなんで分かるんだよ?
「いやいや、愛ちゃんのことだから球が届かないのかなーって」
俺が誤魔化すと、美咲の目はまだ疑ってるように見えた。
「明人の言うとおりよ。愛は届かないで落ちてガターが多いのよ」
アリカは、ぽふぽふと愛の頭を撫でながら言った。
いや、愛ちゃん褒められてないからね?
嬉しそうな顔しないでいいよ。
「アリカはどうなの?」
東条が話の続きを促すようにアリカに振る。
「あたしは一〇〇くらいかなー。極端なのよ。駄目な時はぜんぜん駄目」
「香ちゃん投げたら、ドッカーンって音するんだよー」
どんな破壊兵器使ってんだよ。
ボウリングでそんな音出たら怖いよ。
多分『パッカーン』の間違いだろ。
流れ的に次、俺か。
「俺もよくて一五〇辺りかな。太一と変わらん」
そう言って美咲に顔を向ける。
「私は高校のときだけど八〇くらいだったかな。長いことやってないや」
そう言って美咲も俺に倣うかのように東条に視線を向けた。
「私ボウリングも初めてよ」
いるんだ、こういう人。
「東条って、遊び関係ぜんぜんしてないな。普段なにしてんの?」
太一が横から東条に向かっていった。
「習い事もあるから。それに一人で行くのっておかしいでしょ?」
太一を睨みつけるように顔を向けて答える東条。
まあ、確かに趣味とかプロ目指してるとか以外で、ソロでボウリングは考えないよな。
「なんか初めて尽くしだな。太一、チーム分け、お前考えといてくれよ」
「……」
返事がない。おい、まさか?
「太一君、固まってるよ?」とアリカが言った。
お前ら、いい加減に学習しろよ。
東条は無言で紙ナプキンを小さな三角に折って太一の頭に乗せる。
三角ナプキンを乗せた太一の姿を見てコクコクと頷く東条。
こいつ、たまにおかしくなるな。
まあ、面白いから眺めとこう。
良かった、俺固まらなくて。
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