83 交渉の場はファミレス3
俺の念願だった《龍善》は帰りに行くことに決まった。
総合会場からは少しばかり離れた所にあるが帰りならば、問題ないだろう。
「それじゃあ、行き場所としては総合会場にするとして……」
「――明人、料理来たぞ」
太一が厨房の方を指差して言う。
店員がワゴンを押して俺達が注文した料理が運ばれてくる。
俺の知らないアルバイト生だ、大学生くらいだろうか。
「おまたせしました。モーニングクロワッサンサンドセットでございます」
綾乃は手を軽く上げ、アリカは大きく手を上げる。
綾乃の方が落ち着いて見えるのは気のせいじゃないだろう。
自分でも気付いたのか、アリカは綾乃を見て少し赤くなっていた。
「ベーコンとポテトの目玉焼きモーニングセットでございます」
太一と美咲が小さく手を上げる。
このアルバイト手際悪いな。まだ慣れていないようだ。
モーニングは冷めやすいから手早くしないと駄目なんだぞ。
不慣れな店員がワゴンを押して戻るのと入れ替えに、ワゴンがもう一台近付いてきた。
運んできたのは俺と何度も顔をあわせているパートのおばちゃん、仁科さんだ。
「おはよう木崎君。料理できたわよ」
「仁科さんおはようございます。お久しぶりです」
「まだ一週間もたっていないわよ」
仁科さんはそう言って笑いながら、俺と東条の前に俺達が頼んだピザを置く。
今度は愛の方に回り、愛が頼んだパンケーキセットを置いた。
手慣れているからか手際がいい。さすがベテラン。
ちゃんと誰が注文したか、確認してから来たのだろう。
「それじゃあ、ゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
去り際に一礼して去っていく仁科さん。
仁科さんには、俺もよく指導されたものだ。
「明人君。あなたここの人知ってるの?」
東条が俺と仁科さんとのやり取りを見て聞いてきた。
「俺、先週の土曜日まで、ここでバイトしてたんだ」
「「ええええ?」」
大声で叫んだのはアリカと愛だった。
「な、何でもっと早く教えてくれないんですか!」
「あんたここでバイトしてたの?」
いや、口々に言われても困るのだけど。
「愛ちゃんと初めて会った日あるだろ? あの日、ここに向かってたんだよ」
バイトを辞めることを言いにだけどね。
「こんな近くにいながら気が付かなかったなんて……愛しょーっく!」
「こっちのファミレス近すぎて逆に来ないのよね」
アリカの言いたいことも分かる。
近いからいつでもいけると思ってしまって、足を運ばなくなるものだ。
「何で辞めちゃったんですか~? 続けてくれてたらよかったのに~」
愛は恨めしそうに言う。
テーブルにあごを乗せるのはやめなさい。
「明人君もあの格好してたの?」
美咲はアルバイト生が着ているユニフォームの事を言っているようだ。
「ああ、着てたよ。ここのユニフォームだからね」
ここのユニフォームは白いYシャツに赤と黒のチェックのベスト、黒パンツだ。
結構見た目はおしゃれな感じなのだ。
「それ見たかったなー」
「愛も見たかったですー」
「誰が着たって一緒だよ。それよか食べようぜ」
早速並んだ料理に手を付けていく。
客として食べると気分が違うなー。
それぞれが食べ終わった後、アリカが東条を見て言った。
「東条と外で会うの初めてだよね」
「そうね、アリカとは学校の中だけだったものね」
お前らそれで友達だったというのも不思議だな。
「あんたに聞きたかったんだけど。何で清高に行ったの?」
「それは逆に聞きたいわ。何で澤工へ?」
「あたしは機械の勉強したくて澤工に決めたの」
「そう。私は親に決められたからよ。清高でも上位であれば、いい大学には入れるでしょうし」
清高でないと駄目な理由があったのだろうか。
「東条は頭いいからな。なんせ学年トップだし」
太一が他人のことなのに自慢げに言う。
「うわー、すごい」
綾乃が尊敬のまなざしで東条を見つめる。
「おい東条、綾乃ちゃんを見つめない!」
危なく東条が綾乃に視線を向けるところだった。これ面倒だな。
「あの、私清高受けるんですけど。難しいですか?」
「「太一(愛)が受かったから大丈夫!」」
俺とアリカの声が重なる。
「香ちゃんひどいー。でされ。確かに愛は勉強できないけど」
でされって何?
「明人君、でされってのはね。死になされの略語だよ。デスと死をかけてるの」
へー、ってか、美咲なんでそんな事知ってるの?
てか、なんで俺の考えたこと分かったの?
「なるほど。そういう意味だったのね」
東条がコクコクと頷く。いや、そこに食らいつくなよ。
「俺も成績はよくないけど。中くらいだぞ」
「……太一さん。多分、愛と太一さん以外みんな頭いいですよ?」
愛がいつになく真剣な目で太一を見つめて言った。
太一をちゃっかり仲間に引きずり込んでいる。
太一はぐるりと見渡し、綾乃まで視線がたどり着く。
「綾乃もこう見えて成績いいんだよなー」
「お兄ちゃん、こう見えてってどういう意味かな?」
綾乃はそう言いながら口端を歪ませる。
太一が涙目なのはテーブルの下で何かやられているからだろう。
がんばれ太一。お兄ちゃんは辛いな。
「んじゃー、話を戻すぞー。総合会場に行って、遊園地は決定だな?」
俺がそう言うとそれぞれ頷いた。
「その後の候補としては、他のイベント、それとボウリングとカラオケだな」
「ボウリングとカラオケは、別の日でもできるからいいかなー」
ボウリングを提案した美咲本人が言った。
「まあ、確かにそうですねー」
美咲の言葉に綾乃が同調する。
「別の機会だと、あたし達バイトあるから集まるの難しいよ?」
アリカの言うことももっともだ。
「愛はカラオケで歌いたいですー」
愛は愛で素直な要求をしてくる。
これじゃあ、きりが無い。
「多数決をとりましょう」
東条がはっきりきっぱりと言い切る。
さすが生徒会というか、こういうのは慣れているのか。
「ボウリングは挙手」
東条の声に太一、美咲、アリカが手を上げた。
「次、カラオケ挙手」
愛、綾乃が上げて、東条も手を上げた。
「明人君、あなた何やってるの? 多数決にならないじゃない」
東条が不機嫌そうに睨んでくる。
「悪い、悩んでた」
みんなの視線が俺に集まる。しまった。これは大失敗だ。
「わ、わんにゃんショーっての駄目?」
「「「却下!」」」
アリカ、東条、太一が同時に叫ぶ。お前ら仲いいじゃねえか。
「えーと、身体動かしたいってのもあるからボウリングかな」
俺がそう言うと愛と綾乃は少しがっくりとした。
「他はどうするの?」
美咲が複数のチラシを見ながら言う。
どれもこれも興味があるみたいで悩んでいる様子だった。
「藤原さん、私に一応の考えがあります」
「響ちゃん、私のことは美咲でいいよ」
相変わらずの美咲節だ。
東条は東条で無表情を崩していない。
「わかりました。では、美咲さんと呼ばせてもらいます」
「それで、東条の考えってなんだよ?」
話の続きを聞いてみる。
「太一君から聞いた話では、明人君たちの休みは二日間よね?」
「ああ、そうだけど……って、おまえ、まさか?」
「一日で終わらせるからいけないのよ。二日間遊び尽くしましょう」
東条は悪巧みをするような顔つきで微笑む。
いや、まさに盲点だけど。みんな大丈夫なのか?
「そうです! 別に一日だけじゃなくてもいいんですよね!」
愛が喜びのあまり立ち上がって言った。
「東条、あんたさすがに頭いいだけはあるわね」
アリカさん? そこは違うと思いますけど?
「一つ問題がある。金銭的な負担はどうする? 俺らはバイトしてるからいいけど」
太一や綾乃や愛、東条だって親から金を貰わないといけないだろう。
金額がかかりすぎると、計画倒れになる場合だってある。
「それなら解決できると思うわ。遊園地なら手があるから」
「あ、そっか」
アリカがふと気付いた顔をして呟く。
どういう意味だ? 意味がわからんぞ?
「アリカ。自分で言うのは嫌だから説明してあげて」
「東条のお父さん、総合会場にあるテナントビルのオーナーなのよ」
「「「えええ!」」」
俺と美咲、太一が驚きのあまり声をあげた。
そういや太一も東条のこと社長令嬢とか言ってた。
太一も驚いてるって事は詳細は知らなかったようだ。
東条はテーブル上に置いてある一枚のチラシを指差す。
遊園地のアトラクションを紹介しているチラシだ。
東条の指差す先には運営会社『東条コーポレーション』と書かれていた。
「使えるものは親でも使うのが東条の流儀よ」
綺麗な顔がニヤリと歪む。
その笑い方は止めとけ。
せっかくの綺麗な顔が台無しだ。
「少しだけ席を外させてもらうわね」
東条はそう言うと、鞄をもってレジの方に行った。
レジまで行くと鞄から携帯を取り出して電話を始める。
電話を終えた東条は携帯をしまうと戻ってきて微笑む。
「遊園地の話、問題なしよ。全員、招待するわ」
電話一本で片が付くってところがすげえ。
結局話し合いは続いた。
一日目は開園前に集合して遊園地で遊び、会場巡りの後にボウリング。
それから龍善に行って食事終了後、解散。
二日目は、昼から集まってカラオケコースとなった。
もしボウリングが初日に混んでて無理だった場合は、二日目に変更することで合意した。
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