81 交渉の場はファミレス1
木曜日
待ち合わせの時間は九時。今の時間は午前八時三〇分。
ゆっくり出たつもりが、思ったより早くついてしまった。
東条の来る方法は聞いていないが、何で来るのだろうか。
美咲と太一らはバスで来ると言っていた。
アリカらは近所だから問題はない。
広いテーブルだけでもキープしておくか。
ファミレスの店内に入ると中村さんがいた。
「いらっしゃ――あれ、木崎君?」
「おはようございます。今日、ちょっとここ使わせてもらいます」
「あら、今日はお客様なのね。どうぞ、ゆっくりしていって」
後から来る人数を告げ、大きなテーブルを希望すると中村さんが首を傾げた。
「あれ? さっき来たお客さんもそんなこと言ってたような。あそこの女の子よ」
中村さんは奥側にある広めのテーブル席を指差す。
その席に座っていたの東条だった。
私服だと制服と違って印象がまた違う。肩でカットされたブラウス。胸元に小さなリボンがついているのがみえる。
外見がいいからか嫌でも目立っていた。
「あれ、東条だ。随分と早いな」
「やっぱりお連れさん? 店に入って来たのは五分前くらいよ」
「そうですか。ありがとうございます。後、五人来ますんで、お願いします」
中村さんに言って、俺は東条の座ってるテーブルに移動した。
東条も俺が来たことに気付いたようで、こっちを見つめている。
安堵の表情を浮かべているように見えるのは気のせいか。
「東条おはよう。随分と早いな」
「明人君、おはよう。あなたも早いわね」
やはり東条は俺のことを名前で呼んでいる。
後から来る人のことを考えて奥側に座る。
結果、東条の向かい側に座ることなった。
「思ったより早くついただけだ。俺も下の名前で呼んだ方がいいか?」
念のため、東条自身にも聞いておこう。
「好きにしていいわ。私は自分であなた達を名前で呼ぼうと決めたもの」
東条は気にもしていないように澄ました顔で言う。
同級生で言うとアリカもだけど、あいつのはあだ名だからな。
「あだ名とかないの?」
「言われたことないわね。高校に入ってから友達いないし」
「中学のときは?」
「中学のときは友達二人いたけど、苗字で呼び合ってたから」
二人ってのも、また微妙だな。
「東条」
「何?」
「響」
「だから何?」
表情がまったく変わらない。本当にどっちでもいいようだった。
「人を呼んでおいて用件言わないのは失礼よ?」
「すまん。どっちが反応いいか見ただけだ」
「馬鹿らしい。どっちも私の名前じゃない」
クールな奴だ。
こいつ自分がどうでもいいと思うことは、本当にどうでもいいんだな。
てことは、昨日俺達が誘ったときの嬉しそうな顔は本物か。
「あら、太一君達来たみたいよ」
東条の視線が入り口付近に移る。
入り口側を見ると、太一、綾乃、美咲が一緒にいた。
どうやらバスで一緒だったみたいだな。
「太一と目を合わせないように注意しとけよ」
「分かってるわ。それに今日はペンを忘れたもの」
立ち上がって、店内を見ている三人に手を振る。
俺に気付いた三人は俺達のもとにやってきた。
「おっはよー。明人。随分と早いな」
と柄物Tシャツにカーゴパンツ姿の太一。
「明人さん、おはようございます」
綾乃はダボダボのキャラTシャツ、肩からキャミかタンクトップが見える。
「明人君。おはよう」
バイトのときとあまり変わらないシンプルなロングTシャツに薄い上着の美咲。
「おはよう。思ったより早く来たな」
俺も挨拶を返したが、三人の視線は俺より東条に向かっていた。
「おはようございます。東条響です。よろしくお願いします」
東条は立ち上がり、美咲と綾乃に向かって頭を下げる。
「お、おはようございます。藤原美咲です。こちらこそ、よろしくお願いします」
「おはようございます。千葉綾乃です。よろしくお願いします」
挨拶が終わるとぐいっと美咲に袖を引っ張られる。
「あ、明人君。すっごい美人さんじゃない」
美咲も負けてないだろ。まあ、確かに美人だけど。
綾乃は放心状態で東条と美咲を見つめている。
「お兄ちゃん。眼福過ぎて、私おかしくなりそう」
まあ両方奇麗な顔してるからなー。
綾乃に見つめられた東条は綾乃をじっと見つめ返した。
綾乃の身体がピクッと動く。
「後はアリカたちだな。座って待っとこう」
「綾乃?」
綾乃に声をかける太一だが、綾乃がピクリともしない。
まさか、固まった?
「うわ、明人。綾乃のやつ固まってるぞ」
マジか、千葉家どうなってんだ?
「明人君が言ってたのって、これなんだ?」
美咲が興味深げに綾乃を見ている。
固まった綾乃は目だけは自由に動くようで、きょろきょろと目が泳ぎまくっていた。
「これ、どうしよう?」
太一が固まった綾乃を見て頭を抱える。
「困ったわね。今日ペンを持ってきてないわ」
東条がボソッと呟く。誰もそんなこと聞いてねえ。
「東条悪い、ちょっとトイレにでも行って席外してくれないか?」
「そうね。そうするわ」
東条は美咲に一礼するとトイレに向かっていった。
「美咲さんは平気みたいだな。何で綾乃は駄目なんだ?」
「東条自身も言ってたからな。たまに女の子もなるって」
綾乃の身体がピクピクと動き出した。
「ぷはっ。何これ! 金縛りってこんなの?」
綾乃は自由に身体を動かせるようになって不思議がっていた。
やはり東条の姿が消えると効果が消えるようだ。
太一と綾乃にもう一度注意しておこう。
「明人君。私ちょっとトイレ」
美咲はそう言うとトイレに向かって行った。
東条のことが気になったのだろうか。
美咲の姿がトイレに消える。
ちょうどその時、入り口に白いパーカー姿のアリカと薄い黄色のワンピース姿の愛がみえた。
中村さんが声をかけていて、俺達の方を指差している。
中村さんが二人を案内して俺達の所へ連れてきた。
「木崎君、お連れさん来たわよ。これで人数揃ったわね」
「ありがとうございます。注文決まったらベル押しますね」
「ごゆっくりどうぞ」
中村さんは、俺達に一礼すると、またレジの方へ戻っていった。
愛は深々と頭を下げ、アリカは軽く片手を上げる。
「明人さん。おはようございます」
「みんな、おはよう。あれ、美咲さんまだ?」
「おはよう。美咲さん今トイレ行ってる。言ってた友達もトイレだ」
「あ、そうなんだ」
とりあえず席についてもらおう。
奥から詰めてもらって、座っていってもらう。
一番奥に綾乃それから太一。
愛は俺の隣に座りたがったが、アリカに叱られ綾乃の正面になった。
東条の隣と前は俺か美咲の方がいいだろう。
美咲と東条が一緒に戻って来た。
「おまたせー。あ、アリカちゃん、愛ちゃんおはよう。もう来てたんだね」
「「おはようございます」」
愛から少しは聞いているかもしれないが、アリカには東条を紹介しておいた方がいいだろう。
紹介しようとした途端、アリカは美咲の後ろにいる東条をみて驚いて立ち上がった。
「と、東条! なんであんたがここにいるの?」
「あら、愛里。久しぶりね。元気してた?」
ポカンとする俺達。
「どゆこと?」
愛が首を傾げている。
実の妹でも理解できない状況に俺達がわかるはずがない。
東条とアリカに話を聞いてみると、二人は中学時代の友達だったそうだ。
一年から三年まで同じクラスだったらしい。
学校だけの付き合いではあったが、仲良くというより腐れ縁みたいな関係だったようだ。
「明人の友達って言うから男だと思ってたのに、何であんたなの?」
「ひどい言い方ね。愛里の言い方だと、男じゃないと嫌だと聞こえるのだけれど?」
「だ、誰もそんなこと言ってない! あんた全然変わってないわね!」
おまえら、ホントに友達だったのか?
「愛ちゃんから聞いてなかったのか?」
「なんも聞いてないわよ」
愛をじろりと睨むアリカ。
当の愛は俺を見て目をキラキラさせているだけだった。
「東条も東条だな。お前愛ちゃんの事知ってたんじゃないか?」
「ええ、知ってたわよ。でも私と直接面識ないから言う必要ないと思ったのよ」
東条さん、それは駄目でしょう。
「これはアリカに紹介する手間省けたな。というより、東条のことアリカが一番詳しいわ」
「愛里なんであなた、アリカって呼ばれてるの?」
「バイト先でのあだ名なのよ」
「あら、そう。では、私もそう呼ばせてもらうわね」
「好きにして。あ、東条の言葉いちいち気にしない方がいいわよ。これで普通だから」
アリカは俺達に向かって手をパタパタさせて言った。
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