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帰路  作者: まるだまる
81/406

80 雨上がりのドタバタ4

 鼻腔の残るカメムシの匂いに嫌な思いをしつつも、店長の所へ二人して戻る。


「お疲れ様。なかなかいいコンビネーションだったね~」


 店長は事の始終を見ていたようで、いつもの薄ら笑いを浮かべて言った。


「いやー、外で匂い出されました」

「二人ともホントに仲がいいんだね~。いつもと呼び方違ったけど、いつから?」

「「ふえ?」」


 二人して間の抜けたような声が出る。


 美咲を見ると、『あ!』と大きく口を開けてすぐに手で押さえた。

 美咲に『俺、もしかして『美咲』って呼んでた?』と目で訴えてみると、美咲はコクコクと頷いた。

 相変わらずの察しのよさだ。

 店長にばれたかな? まずは誤魔化すに限る。


「えと、呼び方なんか違ってました?」

「うん? ……ああ、気のせいならいいんだ。それよりもう終わりでしょ。準備しておいで」


 店長は少し何かを考えたように見えたが、口には出さなかったようだ。

 大人の対応って奴か? 今回はその対応に甘んじよう。

 これ、気をつけないと他のやつの前でも出るな。


「では、お言葉に甘えまして。美咲さん。俺干してる雨着取ってきます」

「はいはい、先に更衣室行ってるねー」


 雨着を干しているところに行くと、アリカの雨着は既になく、アリカの方が先に上がったようだ。

 干してある自分の雨着を確認すると十分に乾いていた。

 これなら十分、鞄に入れられる。

 雨着を手にして表屋に戻ると、店長がレジの清算を終わっていた。


「明人君。俺このまま裏屋に戻るから、扉の鍵だけよろしくね~。お疲れ様」

「はい、わかりました。お疲れ様でした」


 店長は集金袋を片手に裏屋へと去っていく。

 更衣室に行くと、美咲は既に準備を終えていた。

 俺の準備を待ってくれるようだ。


「店長はもう裏屋に戻ったから、鍵だけよろしくって」

 ロッカーから鞄を出して、帰り支度をしながら言うと、

「はーい。ふふふ」


 やけに返事が近い。


「え?」


 振り向くとすぐ後ろに美咲がいた。


「なにしてんの? てか何笑ってんの?」

「待ってるだけだよ。明人君、自分が言ったくせに人前でも美咲って呼ぶんだもん」


 どちらかというと嬉しそうなのは気のせいか。

 確かに自分の落ち度だけれど。

 美咲と呼びなれてきたせいか、意外と難しい事に気付かされた。


「返す言葉もありません」

「ふふ。いっそのことずっと美咲でもいいよ?」


 いやー、それはちょっと説明が難しいような気がする。

 人に聞かれたときどう答える?

 今の美咲って、バイト先の仲のいい先輩なだけなんだよな。 


 帰る準備が整い、二人して横の従業員用扉から出る。

 扉を開けた途端、カメムシの嫌な匂いが二人を襲う。 


「明人君、すごい臭いよ!」

「まだ残ってやがる!」


 二人して鼻をつまむ。

 なんか最初より匂いが酷いような気がする。 

 さっさと鍵を閉めて、この場所から離れることにした。


 いつもなら美咲は俺が自転車を取って来るまで扉脇で待っている。

 今日は俺と一緒に自転車を置いている所までついてきた。

 カメムシの匂いの中で待つのは、流石に嫌だったのだろう。

 匂いの発生場所を迂回しながら帰路へと足を進めた。

 


 まだ鼻腔に匂いが残ってるような気がする。

 俺の傍らでは美咲が機嫌良さげにクスクス笑っていた。


「何笑ってんの?」

「ん? 店長の前で明人君慌ててたなって」


 思い出すと面白かったのか、美咲はクスクス笑いながら言った。 

 それを言われると確かに慌ててた様な気はする。

 明日の集合では気を付けておかないといけない。


 しかも、明日は東条という行動が予測不能な奴もいる。

 知らぬが故とはいえ、誘ったのは俺達だ。

 相手の気分を壊さないようにはしてやりたい。 


 傍らを歩く美咲をふと見やる。


 東条は学校一の美人だって太一の話だったけど、美咲もそうだっただろう。

 高校のときとか美咲はどうしてたのかな。

 美咲は小学生の時のトラウマで、いつもびくびくしていたと言っていた。

 東条みたいにクラスで浮いた存在とかではなかったのかな。


「あのさ、美咲が高校のときの話聞いていい?」

「ど、どしたの? 急に」

「高校のとき成績どうだった?」


 当たり障りの無いラインから攻めてみる。


「上の中くらいかな。学年二百人中三十番前後だったよ」


 やっぱ頭いいんだ。


「いやー、晃ちゃんがね。おそろしく頭いい子でね。教えてもらってたの」

「晃ちゃん?」


 誰だそいつ? 初めて聞く名前だぞ。


「小学校五年のときからの幼馴染で、今、T大行ってるの」


 T大って、赤門じゃないか。マジで頭良すぎだろ。

 晃って野郎は本当に幼馴染のつもりなんだろうな。

 今でも連絡取り合ったりしてるのか?


「中学も高校も一緒で部活も一緒だったの。私のことずっと守ってくれてたんだよ」


 晃って奴、絶対、美咲に惚れてるだろ。

 美咲も好印象持ち続けてるじゃないか。


「もうすっごく格好よくてさ。他の子からもてまくりだったもん」


 とどめにイケメンかよ。

 駄目だ。勝てる気がしねえ……。

 ……あれ?

 何で勝負事にしてるんだ、俺?


「ほら、この間言ったでしょ。唯一の友達で幼馴染の子の話」

「え? あれ女の人の話だったでしょ?」

「え? 晃ちゃん女の子だよ?」


 ……その落ちかい!


 そうだ、そうだよ。思い出したよ。

 この間の話も幼馴染って言ってたじゃないか。

 名前に引っかかってたー。

 なに勝手に男だと思い込んでんだ、俺。

 なんか自分が恥ずかしい。


「晃ちゃんどうしてるかなー。お正月から全然連絡してないや」

「何で連絡しないの?」

「だって心配させるの嫌だし、勉強の邪魔したら悪いじゃない。それに……」

「それに?」

「春ちゃんが私のことを教えてると思う」


 ん? なんで春那さんが晃って人に連絡するんだ?

 春那さんと美咲が旧知の仲だと言っていたけど、晃って人もそうなのか?


「春那さんは晃さんともお付き合いあるんですか?」

「え? 晃ちゃんと春ちゃんは姉妹だもん」

「へ? あー、つながった。そっかそっか、そういう事ね」


 美咲と晃って人が幼馴染で、その過程で春那さんとも付き合いが出来たってことか。

 美咲が大学行く時に春那さんに相談したのも頷ける。

 

「春那さんが連絡していたとしても、美咲自身が連絡したほうがいいと思うよ」

「そ、そうなんだけど」

「相手だって、そのほうが嬉しいと思う」

 美咲は『うーん』と考えていた。


「いやー、春ちゃんにも連絡取らないようにって言われてるんだよね」

「春那さんが?」


 美咲は困ったような顔をして言ったけれど、春那さんに何か意図でもあるのだろうか?

 ただ単純に妹の勉強の邪魔をしないようにだろうか?


「晃ちゃんね。私から連絡すると、春ちゃんが止めるまでずっとしてくるのよね」

「はい?」

「心配性というか、病的というか、何っていうんだろ?」


 それ、もしかしてマジ百合じゃね?

 晃って人マジで美咲のこと好き過ぎだろ。


「変な事言っちゃうと、こっちに来ちゃうから。去年些細なことで四回くらい来たよ」

「些細なことって例えば?」

「大学に入学したての頃に晃ちゃんにサークルとか入る? って聞いたら、次の日来たり。てんやわん屋でバイト決まったって朝に連絡したら、夕方に現れたりとか」


 あー、これマジだわ。危ない人だ。


「心配しすぎなんだよねー。私が頼りないせいなんだけど」


 いや、それ違うと思うよ。口実ができたから来てるだけだと思うよ?

 春那さんが連絡するなっていう意味がわかってきたぞ。

 俺が身内でも面倒だから連絡するなといいたくなるだろう。


「GW帰らないこと、春ちゃん言ってくれたかな? メールしてみようかな」

「止めた方がいい!」

「ええ? 春ちゃんみたいなこというね?」


 今の話聞いてただけで、そう思ったよ。


「えと何の話だったっけ? 晃ちゃんの話ばっかしてたけど」

「いや、聞きたいこと聞けたから大丈夫です」


 晃って人が美咲を外敵からずっと守っていたのは事実だろう。

 美咲に近付く奴はすべて敵として。

 美咲の場合、屈強な騎士に守られたお姫様って感じが近いか。

 東条とは違った生き方だ。

  

 明日の集合で神の気まぐれな悪戯が出ないことを祈っておこう。

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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