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帰路  作者: まるだまる
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79 雨上がりのドタバタ3

 気がつけば雨音がしなくなっていた。

 入り口から出て外を見てみると少しばかり風を感じる。

 上空の雲足は速く、月が煌々と周りを照らしていた。

 どうやら、雨雲はもう通り過ぎたようだ。

 美咲も俺の後について、入り口に来る。


「明人君。雨止んでる?」

「全然降ってないですよ。峠越したみたいですね」


 美咲は空を見上げて、まだ少し雲のかかった月を見ている。

 安堵した表情で月を眺める美咲はとても綺麗で思わず見惚れてしまった。

 もし世界に精霊がいたとしたら、美咲みたいな感じなのかもしれない。

 美咲が俺の視線に気付いて俺に顔を向ける。


「ん? 明人君どうしたの?」


 うお! 久しぶりに心臓が嫌な動きした。


「い、いや。なんでもないです」


 見惚れてたなんて言えるか。

 何か話題をと頭で考える。


「あ、そうだ。東条のことなんだけど」

「む! そういえばお仕置きがまだ途中……」

「それ、もういいから!」


 俺が言うと、むすっと頬を膨らませる美咲だった。


「目を直視すると固まるかもしれないから気をつけて」

「は? なんで固まるの?」


 膨らんでいた頬が解け、不思議そうな顔をする美咲。


「それがわからないんだ。東条本人も言ってたんだけど、男は固まるって、女でもたまにいるらしい」

「なんか漫画とかアニメで出てきそうだねー」


 逆に美咲の好奇心を刺激したようで、ワクワクしてるのは気のせいじゃないだろう。


「試す気満々でしょ?」

「あ、ばれた?」


 美咲はペロッと舌を出しておどけた。


「ホントに固まっても知りませんよ?」

「明人君は固まらなかったの?」

「俺はなんともないんですよ。なんでだか分からないです」


 まさか美咲で美人に慣れているからとは思えない。

 東条には、もう一つ何かがありそうな気がするのだが……。

 

「ん~、明日もだけど、遊びに行くの楽しみだな~」

 美咲は大きく背伸びして雨の上がった空を見つめてた。


「そうですね。俺も楽しみだ」


 横で並び俺も空を見上げる。

 さっきまで雲のかかっていた月は、少しだけ欠けたその姿を現し、月光を放っていた。

 


 店の中に戻り、二人でレジカウンターの中で話を続けた。

 美咲は東条のことを少し気にしているようだ。

 俺自身も東条のことを説明しようは無いのだけれど。

 俺の気にしすぎか、美咲から直接聞いてくることはなかった。


 客が訪れたのは、それから一時間ばかりしてからだった。

 来た客は中年の男性でアウトドアグッズのところで購入しようか悩んでいる。

 家族でどこかに行く時に使おうかと思っているのだろうか。

 結局、その男性は購入を決意して、椅子つきの折りたたみテーブルを購入していった。


「私が来てから第一号のお客さんだったわ」

「この店よく潰れませんよね」

「でもねー、ここの商品は結構入れ替わってるんだよね」

「え、そうなんですか?」

「私バイト入りする時、確認してるもん」


 これは驚いた。

 美咲のことだから一日椅子に座ってるとばかり思っていた。

 俺がここに来てから見てる美咲はそうだったからだ。


「あそこの棚には、まだ釣竿のマクベ君が残ってるわ」


 耳がおかしくなったようだ。

 今、マクベ君と言ったか?


「まだ二ヶ月くらい残ってるのは、霧タンスのキリリンかな」


 今度は、キリリンと間違いなく言った。

 ネーミングセンスはともかくとして、どうやら間違いないようだ。


「……あの、美咲って、もしかして商品に名前付けてるの?」

「え、どの子がいなくなるか、わからなくなるじゃない」

 全部につけてるのか?

 てか、美咲って店の全商品を把握してる? 

 美咲の話だと、昨日まであった商品がなくなっていることくらいは気付くそうだ。


「もしかして美咲、ここにある商品、全部覚えてる?」

「え、うん。あるかないかはわかるよ」


 試しに聞いてみると細かい物でも覚えていた。

 美咲、どんだけ頭いいんだ。

 この店の商品の数、相当あるぞ?


 いや、でも、一白水星を彗星と間違うくらいだ。

 美咲の通う大学は全国的にみてもレベルが低い大学じゃない。

 六大学には負けるものの、学力が相当ないと入れないところだ。


「うわー、ごめんなさい。美咲のこと軽く見てました」

「ふっふっふ。脳ある鷹は爪を研ぐって言うじゃない?」


 絶対わざとだと思いたい。

 ドヤ顔してるところをみると本人は気付いていないようだ。


「……爪を隠すじゃ?」

「あ、あれ? そ、そうそう爪を隠して、爪を研ぐのよ」


 素で間違ったな。

 目が泳いでいるぞ。


「商品そんなに入れ替わってますか?」

「うん、変わってるね。理由は前にも言ったでしょ。ネットでも扱ってるって」


 あー、そういや、そんな話美咲から聞いた。


「私達がいない午前中に運んでるみたいよ」

「あー、なるほど。俺は商品変わってるのわからなかったー」


 平日は商品がなくなる事がよく起きてて、土日になるとあまりないらしい。

 運送の関係か、事業の関係かよく分らないが、そういうことなんだろう。

 商品の入れ替えに気付く美咲は正直凄いと思う。



 まもなく閉店の時間、今日はアリカとの入れ替えは無かった。

 表屋は暇だったから裏屋で仕事をさせてもらいたかったけれど。

 美咲と分担して片付けを開始する。

 入り口周りを片付けて、施錠したところで店長が裏屋から現れた。


「お疲れ様~。もうちょっとで終わりそうだね? レジ清算するよ~」


 店長はそう言ってレジに入り操作しはじめた。


「明人君! ちょっと手伝って!」


 奥にいる美咲からの助けを求める声。

 心なしか緊張した声に聞こえたぞ?

 行ってみると美咲が箒を持って身構えている。 


「ブラインドの紐に……」


 美咲は緊張した面持ちで視線を紐に向けたまま言う。

 視線の先を見てみると、緑色の大きなカメムシがいた。


「うげ、強敵だ」


 カメムシ……奴ほど厄介なものはいないだろう。

 こちらが何もしなければ害のないただの虫だ。

 しかし、奴に警戒された後、刺激してしまうと、自分の身を守るために臭い匂いを吐き出す。

 匂いが肌や服についたら、なかなかすぐには取れない。

 その匂いたるや凄まじく、まともな人間なら一生嗅ぎたくない匂いだと思う。

 店内で匂いが出た日には、消臭作業が大変だ。


「うわー、触りたくねー」

「私もだよ! どうしよー?」


 しかし、こいつをどかさないとブラインドが下ろせない。

 強行するか。

 美咲の手から箒を受け取り、刺激しないように近づける。

 巨大な箒に驚いたのか、紐の上へとカメムシは移動して行く。


 チャンス到来。


 行く手にさっと箒を置いて、箒に上らせるように誘導する。

 よじよじと紐を上るカメムシは、気にもせず箒に移ってきた。


「よし乗った! 美咲そこのドア開けて!」 

「はいはい!」


 俺の指示にすかさずドアを開けて待機する美咲。

 せっかく箒に乗ったカメムシを落とさぬように慎重に運ぶ。

 美咲が開けたドアから出ると、カメムシの乗った箒を振り払った。

 箒を見ると先ほどまで乗っていたカメムシはいない。

 一応周りを見てみると、カメムシは水溜り落ちていた。


「これで一安心だ。――ぐっ、くせえ!」


 カメムシの野郎。水溜りに落ちた時に臭いの吐き出しやがった。


「明人君、早く中へ!」


 美咲の呼ぶ声に導かれて店内へと戻る。


「うわー。臭いのが鼻腔に残ってる。最悪だー」

「明人君。今日こっちから出るの嫌だね」


 ああ、そうか。この扉って従業員用の扉じゃないか。

 帰るときに通るじゃないか。

 それまでに匂い無くなってないかな。


 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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