7 てんやわん屋4
ドタバタしたけれど毎日来てもいいバイトってのは俺の条件にばっちりだ。美咲さんも綺麗で優しそうだし、これは運がいいとしか思えない。
千葉に面接終わったら遊ぶ約束をしていたことを思い出し、メールして待ち合わせを決める事にした。あいつにはお礼も言わなければならない。
俺は携帯を取り出し、千葉にメールを送るとすぐに返事が返ってきた。俺が今いる場所から近いファミレスで待ち合わせすることになった。
千葉との待ち合わせにしたファミレスは、俺がバイトしている店のライバル店でもある。悔しいかな、客付きはこちらの方が多い。低価格サイドメニューが豊富で人気らしい。
まだ夕食の混雑が始まっていないのか、店に入るとパラパラと空席がある。応対してくれた店員に後から人が来る事を告げ、俺は席に着きドリンクバーだけを注文した。ドリンクバーでジンジャーエールを入れて席に戻る。
来週てんやわん屋で働いてみて、他のバイトへの影響を考えておきたい。
今のところの俺のスケジュール。
日曜日、卸会社の仕分け※
月曜日、てんやわん屋(NEW)
火曜日、ファミレス※
水曜日、卸会社の仕分け※
木曜日、本屋※
金曜日、皿洗い※
土曜日、ファミレス
※は連絡が無い場合、バイトが無くなる。
これまで、何度となく連絡がこない事があったので、はっきり言って当てに出来ない。今のところ、固定しているのは土曜日のファミレスくらいだ。去年の秋頃と比べると逆になっているのが悲しい現実だ。
明日の日曜日のバイトは、田崎さんからメールが着ていたので確定。急にキャンセルになっても、てんやわん屋に入れば問題ないか。それよりも他を削る方が良いのかもしれない。呼ばれもしないなら辞めてもいいだろう。
「おーす、待たせたか?」
声のする方を見ると、千葉が右手を上げながら、近寄ってきた。俺が思っていたよりも早く千葉は待ち合わせ場所に来た。
「いや、そうでもないぞ」
愛想の無い返事をしたが、千葉は気にした様子も無く俺の向かいに座る。千葉は店員を呼び、俺と同じくドリンクバーを注文した。俺に目配せすると、席から離れドリンクコーナーに向かう。千葉はコーラを選んだらしく、持ったコップを置きながらまた元の席に座り直す。
「んで? どうだった?」
席に着くなりニヤニヤとしながら、千葉は聞いてきた。
「お前はめたろ? マジでびびったぞ?」
千葉を睨み付けて言ったが、してやったみたいな顔してやがる。
「まあ、そういうな。もう採用されてるって知ったらつまんないだろ?」
「お前の叔父さん顔怖すぎんだよ!」
「へへ。俺も昔びびってた」
鼻を擦りながら千葉は恥ずかしそうに言った。
「そら、あんな怖い顔してたらな。最初やくざかと思った」
しかし、千葉のおかげで新しいバイトが決まったから礼は言わないとだ。
「まじでサンキューな。待望の固定のバイト。しかも俺にとっては最高の待遇だ」
そう言うと、千葉は何かばつが悪そうにしている。
「どうした?」
「いや……実は俺が叔父さんに頼んだわけじゃねえんだ」
「へ?」
「この話したの親なんだわ。母さんが話したんだ」
「何でお前の親が?」
「わ、わりい。お前んとこの事情ちょこっと口滑らせちまってさ」
ああ、なるほど。ばつが悪そうな顔はそのせいか。
つまり、少なくともオーナーは俺の事情を少しは知ってるってことになる。とはいえ、千葉にも親との折り合いが悪い位しか伝えていない。まあ、その程度なら、どこにでもあるような話だから問題ないだろう。
「んで、叔父さんから電話かかってきて、お前の事教えろって言われてさ」
「それで、採用された訳か」
「そそ。そんで水曜にお前に言ったんだよ」
「わからん事がある。何でお前、知り合いって言った?」
「親戚って言って世話したみたいに思われたら嫌だったんだよ!」
千葉は本当にいい奴だ。親御さんは良い育て方をしてると思う。
「すまん。気を使わせたな」
「それそれ! そういうのが嫌なんだよ!」
「ははは、わりい。お前の叔父さん、顔と声怖いけど、人情深いのか?」
「俺、あんまり知らねえんだ。まともに話したのも、今回が初だぜ? 前に釣り道具買った時も、叔父さんの店って知らなかったし」
何でオーナーが、俺を雇う気になったのか、よくわからない。親との折り合いが悪いくらいで即採用というのも気になるが、機会があれば聞いてみるか。
「ところでさ。お前の叔父さんさ、話し方に癖あるよな?」
俺はオーナーの溜めた話し方を思い出し、千葉に聞いてみた。
「は? 何言ってんの? 普通だろ?」
また俺をからかいたいのか? 表情を見てみるが、千葉は本気でそう言ってるように見える。
「……演技?」
うは、今すっげぇオーナーぽい言い方になった。
「演技? 何で叔父さんがわざわざ演技すんだよ?」
言われてみれば、確かにそうだ。たかだかバイトの面接で、高校生相手に演技する意味など無いだろう。
……そうだな。真似して千葉に確認してみよう。
「言い方真似するから、何か話振ってみてくれよ」
千葉は何か言いたそうだったが、天井を見ながら考え始めた。
何か思いついたようで、周りに聞こえない小さな声で話始めた。
「……店に綺麗なねえちゃんいたろ? スリーサイズ聞いた?」
「そんなもん聞くか!」
つい大声で叫んでしまった。隣の席にいる二人連れが何事って顔で見てくる。
ついでに俺は、美咲さんの綺麗な顔と体つきを想像してしまい、顔が少し熱くなっていた。
「言い方、普通じゃねえか?」
「お前な……質問がおかしいだろ?」
「真似はしてないのか?」
「あんな質問で真似できるか!」
「ところで、あのねえちゃんまだいるんだ?」
「美咲さんか?」
……しまった!
今、取り返しのつかないこと言ってしまった!
こいつの前で美咲さんって名前を呼んでしまった。
やばい! 絶対突っ込んでくる。
案の定、名前を聞いた瞬間、驚いた千葉は、目を細めると口元をニヤニヤしながら言った。
「ふ~ん? 美咲さんねぇ? 随分と親しくなったようじゃねえか?」
「そんなんじゃねえよ! 向こうがそう呼べって言うから」
ダメだ。なんて説得力の無いセリフを言ってんだ、俺は。
「今度から楽しみだな。バイトの話よく聞かせろよ?」
「い、や、だ!」
新しいネタを手に入れた千葉は嬉しそうだった。
☆
その後ファミレスを後にし、千葉がバッティングセンターに行こうというので、付き合うことにした。その道中も散々美咲さんネタでいじられたが……。
バッティングセンターに来るのも久しぶりだ。前に来たのは、去年のゴールデンウィークが過ぎた頃で、人数も六人くらいだった。その時に千葉も一緒に来ていて、今思えば、その時がきっかけで仲良くなったんだった。
「懐かしくね?」
千葉は高速タイプのピッチングマシンを選んでいた。バッターボックスに立ち、投げ出される球を狙いつつ、ネットの向こうからそう言った。
「ばーか。まだ去年のことじゃねーか」
「そう……かっ?」
話してる最中に球をマシンから投げられる。千葉は慌てて当てにいったが、打球はボテボテのゴロになった。
「あー、ちくしょう! 当て切れなかった」
千葉は悔しそうに顔をしかめた。
「ざまぁ!」
俺がそう言うと、千葉は「うるせえよ」と笑い、ピッチングマシンを睨みつけていた。千葉が何度か快音を響かせてるとマシンは止まった。
俺も交代してやってみたが、久しぶりからか、最初の三球はかすりもしなかった。結局、手応えのあったのは一発だけで、後は散々だった。千葉には何度もやじられた。
二人で何度か交代しながらやって、たまに休憩しながら、学校の話をした。
『主にクラスメートの誰が誰と付き合ってるみたいだけどマジ?』
と噂話で盛り上がったが、情報源が千葉だけに信憑性は低いだろう。千葉からの情報量は多いが、確認する手段がないからだが。
「腹減ったぞー」
千葉が腹を押さえながらうめく。ファミレスではドリンクしか入れてない。そのままバッティングセンターに来て、体動かしたんだから腹も減るわな。
気づいた途端、俺も腹が減ってきた。
「飯どっかで食ってくか? 千葉は家でメシ用意されてんじゃないの?」
「ラーメン行こうぜ。ラーメン。家には食って帰るって言っちまった」
そうして俺たちはラーメン屋に向かった。久しぶりに親友と遊べたことは正直嬉しかったし、楽しかった。ただ、楽しいと感じられた分だけ、こいつと別れた後、家に帰る足取りは重くなる。
そんな杞憂は消えてくれなかった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。