77 雨上がりのドタバタ1
東条と連絡が取れるようにメアド交換を済ませる。
太一、東条と教室で別れ、学校を出ててんやわん屋に移動。
雨は勢いを止むことなく降り続けていた。
その中での移動は大変だ。
視界が遮られる上に、雨着を着ていても、時間が経つと浸み込む。
浸み込んできた不快感と戦いながら、ようやくてんやわん屋にたどり着いた。
鞄を取り出して、横から入ろうと思ったが、びしょぬれのままだと床を濡らしそうだ。
正面に回りこみ、入り口からレジにいた美咲に声をかけた。
「こんちわー。今着きました」
入り口で雨着を脱いでばっさばっさと振り払い露を払う。
「明人君、雨の中大変だったね。裏で乾燥機借りておいでよ」
「そうします。ちょっと行ってきます」
鞄を美咲に預けて裏屋に向かう。
裏屋に行くと、事務所の中にいた店長が俺に気付いたようで出てきた。
「おや、明人君。今、着いたのかい。雨の中大変だったね~」
「いえ、大丈夫です。美咲さんに乾燥機借りておいでって言われたんですけど」
「あー、それならトイレ横の部屋がそうだよ。好きに使っていいから~」
トイレ横の部屋?
そういや、そんな扉があったな。
トイレ横の部屋に向かい、中に入ると二メートル四方の部屋。
洗濯機が一台とその上に乾燥機が一台。
その横には、洗濯物が干せるように物干し竿が二本吊るされている。
部屋の隅には室内干しの味方、除湿機も置いてあった。
裏屋では汚れ作業もあるから、ここで洗濯できるようにしてあるようだ。
雨着に乾燥機は使えないから除湿機で風を当てておこう。
濡れた雨着を干して、除湿機のスイッチを入れ、風を雨着に当たるように置いた。
これでバイトが終わるまでに、ある程度乾くだろう。
干し終り部屋を出ようとすると、目の前にアリカがいた。
「うわ! びっくりした。なんだ、明人か」
アリカはつなぎ姿で、裏屋にいるときはいつもこの格好のようだ。
俺が貰った青いつなぎと同じやつっぽい。
アリカが着れるサイズもあったのか。
ちまちましてて可愛い感じだ。
手には雨着を持っていて、アリカも干しに来たようだ。
「悪い。お前も干しに来たのか?」
「うん。雨降ったら最悪だよね」
メットで隠しきれなかった部分が随分と濡れたようだ。
アリカの長い髪の先が濡れている。
いつもと違って髪のボリュームがなくペッタンコだ。
別のところがペッタンコなのは、いつもと同じだが。
途端にアリカがギロっと睨んでくる。
「――今、余計なこと考えなかった?」
「なんも考えてねえよ」
勘の鋭い奴め。危ない、危ない。
「ならいいけど。あんたも来たばっかり?」
「ああ、ついさっき着いたばっかりだ」
「今日は遅いのね」
いつも俺の方がアリカより先にきている口ぶりだ。
澤工が清高よりも遠いからか。
てっきり同じくらいに来ていると思っていたけど違うようだ。
「学校で先生に捕まってな。それで遅れた」
「ろくでもないことしてるんじゃないの?」
アリカは、にひひと笑って言う。
「してねえよ。ちょっとしたことだ。雨着干すんだろ?」
「そうだった。こんな事してる場合じゃなかった」
アリカは中に入ると、洗濯機の横に置いてあったハンガーに雨着をかける。
物干し竿に吊るそうとするが、背が低くて届いていない。
手と足を一生懸命伸ばしてプルプルとしている。
竿まで一〇センチはあるだろう。
いや、それ、どうがんばっても無理でしょ?
俺は後ろから手を伸ばしアリカの手からハンガーを取ると、物干し竿に吊るした。
アリカのにも除湿機の風が当たるように、俺の雨着の横に位置を調整する。
「あ、ありがと」
物干し竿に届かなかったことが、恥ずかしかったのかアリカは照れたように呟く。
「礼なんていらねえよ。取る時は踏み台持ってこいよ」
アリカの頭にポンポンと手を置いて言うと、耳たぶまで赤くしてこくりと俯いた。
おや? てっきり噛み付いてくると思ったけれど、予想とは違う反応だ。
普段もこれくらい大人しかったら可愛いのに。
そうだ。アリカにも東条を誘ったことを伝えといたほうがいいだろう。
「アリカ。明日集まる時にさ」
「え? え。あ、何?」
何だよ。聞いてなかったのかよ。
「遊びに行く時に学校の友達も連れて行きたいんだけど」
「そうなの? あたしは別にいいけど」
名前を言ったところでわからないだろうから、明日、直接紹介しよう。
「明日、集まる時に顔合わせも兼ねて紹介するわ」
「うん。わかった。明日、何時に集まればいいの?」
アリカに九時か十時のどっちがいいか聞いてみると、どっちでもいいと答えた。
待ち合わせのファミレスまで、アリカの家から歩いても五分程だそうだ。
「愛はとろいからね。早めの方がいいかも」
ふむ、学校で愛に聞けなかったのは痛いところだ。
東条のことで聞く機会を失ってしまったからな。
「後で、時間言いに行くわ。美咲――さんにも聞いてから」
危ない。また、そのまま美咲って言いそうになった。
「今、何か、おかしくなかった?」
「いや、そういや美咲さんに聞きそびれてたなって」
「ふーん……」
アリカが目を細めて疑わしそうに見てくる。
やばいな。これ以上つつかれるのは得策じゃない。
さっさと話を切り上げて表屋に戻ろう。
「んじゃあ、後でな」
「あ――」
アリカの表情が何かを言いたげだったのが少し気になった。
美咲のことだとしたら、ちと説明に困る。
足を止めることなく、表屋へ向かう。
表屋に戻り、レジカウンターで座っている美咲の前に行く。
「おかえり。雨だとホントに嫌だよね。バスも今日は混んでたよ」
美咲は外の雨にうんざりした表情で言う。
「学校も、今日は自転車の数少なかったですよ」
愛も今日はバスで学校に来たといっていた。
他のやつもそうした奴がいただろう。
「明人君」
「はい?」
「制服」
「え? あ!」
忘れてた。雨着干しに行ってたから制服のままだ。
美咲から預けた鞄を受け取る。更衣室に入って着替え、準備完了。
レジカウンターに戻り、美咲の横に座る。
雨のせいか、客足も無さそうだ。
雨じゃなくてもこないけど……。
「明人君。明日集まる時間なんだけど」
美咲が俺の方に向いて聞いてくる。
美咲にも九時か十時で考えていることを言うと、九時がいいと言った。
美咲的にはみんなの意見を聞いていると、一時間では足りないと思っているようだ。
俺は一時間くらいで終わると予想してるが、それとは逆の考えらしい。
昼から俺と美咲、アリカはバイトがあるから、十一時には話を終わらせたい。
ファミレスだからついでに昼飯を食っておけば、時間の節約はできる。
意見としては九時で問題なさげだ。
良し決めた。九時に集合だ。
後はそれぞれに連絡入れよう。
「それじゃあ、九時で集合にします」
「うん。いいんじゃない。さて、それじゃあ」
美咲はそう言うと椅子に座ったまま両手を広げる。
「…………ハグならしませんよ?」
「ええっ⁉」
美咲はショックを受けたような顔をした。
なんで理由もなくハグしなくちゃいけないんだよ。
「私にあんなことしておいて、遊びだったんだ~。よよよ~」
カウンターに突っ伏して泣真似をする美咲。
隙間からちらちら見てるのばれてるぞ。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。