76 友達の条件4
午後の授業。
今日は水曜日なので、コマ数は五時限目までしかない。
六時限目はHRが長く設定されている。
とは言うものの、GW前の注意事項と課題を渡されただけである。
課題の量は真面目にやれば一日、二日で終わる分量だ。
五月後半に行われる中間試験に向けてのおさらい的な課題だった。
東条との噂は、クラス内にどう伝わっているかわからない。
太一が探ってみるとは言っていたが、どうだろうか。
「――それでは、今日のHRこれで終わります」
考え事をしている間にHRが終わってしまった。
菅原先生はHRが終わると、いつものようにさっさと教室を出て行く。
帰る準備をしていると、太一が俺のとこにやってきた。
太一がクラス内を探ったところ、どうやら修羅場を期待しているような気配らしい。
いつ俺が刺されるかとまで言ってる奴もいるようだ。
「大袈裟に広がってるな。予想通りといえば予想通りだけど」
「GW明けたら、少しはマシになってるんじゃないか?」
太一の意見は確かに期待したいところだ。
「変に動くと厄介だからな。静観するさ。後ろめたいことはないし」
「そうか。明人がそれならいいや。ところでよ。明日、何時に集合するんだ?」
明日はGW中に遊びに行く場所を決めるのに集まるんだった。
「昼からバイトもあるし。早いほうがいいけど、太一が一番遠いからな」
「別に距離はかまわねえよ。どうせ暇してるから」
アリカと愛は待ち合わせ場所から家が一番近いから問題はない。
美咲も徒歩だと時間はかかるが、どうせバスを使うだろうから問題ないだろう。
俺の予想だと一時間もあれば、話は終わると思っている。
「九時だと早いか?」
「明人。女の子は準備に時間がかかるもんだと思っていたほうがいいぞ」
気遣い屋の太一らしい意見だ。
待ち合わせが早いと、その分早く準備にかからないといけない。
それはそれで、せっかくの休みなのに申し訳ないか。
二人で頭を悩ませていると、クラスがざわついた。
何だ?
周りを見渡すと教室の入り口に東条がいた。
東条は俺を見つけると、つかつかと寄って来る。
「東条どうした?」
「坂本先生にあなたを呼んでこいって言われたから来たのよ」
東条の言葉につられて太一が顔を見つめようとした。
それに気付いた東条が太一に視線を移そうとする。
「あ、東条、太一を見るな。太一もだ」
「「え?」」
俺の声に二人は俺に視線を移す。
「俺なりに考えた。お前ら、視線合わすな」
「「なるほど(ね)」」
東条と太一は理解したようだ。
人との接し方としては間違っているだろうが、いちいち固まられるよりマシだ。
「んで、坂本先生が呼んでるって?」
東条はE組だから坂本先生が担任だ。何で東条に頼んだ?
既に東条と俺との情報を持ってるとしか思えないな。
嫌な予感しかしない。
「ええ。あと、千葉太一君だったわね。あなたもよ」
「え、俺?」
「あ、馬鹿」
言ったそばから視線合わせやがった。
視線を合わせた太一はその場に固まる。
うわー、これうぜー。
「あら? 習性って怖いわね」
東条、お前他人事だからって、悠長になに言ってんだ。
おい、ポケットからペンを出さんでいい。また書く気か。
昼の落書きの消すのに時間かかったんだぞ。
キュッキュとペンが動く。今度はちょび髭かよ。
ちょび髭をみて満足そうな笑みを浮かべる東条。
絶対こいつSだ。
「解除は東条の姿が見えなくなったら勝手になるから、先に行こうぜ」
経験則から物をいう。
「それじゃあ、太一君。解けたらE組まで来てね」
太一の目だけが上下した。
気合の返事だ。太一すげえ。
俺と東条は太一をおいて、一緒にE組に向かう。
思ったことだが、東条はやはり目立つ。
通路ですれ違う奴は、東条が通ると視線を奪われているようだった。
二年で一番美人という肩書きは伊達じゃないというわけか。
「どうしたの?」
「いや、お前ってやっぱり美人なんだなって思ってな」
「あら、ありがとう。面と向かって言われると思わなかった」
東条は表情を崩さずに言う。
嬉しくもなんともない表情に見えた。
階段口を通り過ぎD組を抜けてE組にたどり着く。
教室には数人の女子と坂本先生が雑談していた。
「坂本先生。明人君、……木崎君を連れて来ましたよ」
今、東条……俺を名前で呼んだ?
そういえばここにくる時も太一を名前で呼んでいた。
東条の表情を見てみると、全然変わっていない。
「東条ごくろうさま。それでは木崎、話をしよう」
また尋問か?
俺の事はいいから、自分のこと気にしなさいと言ってやりたい。
「何の話ですか? 時間があまりかかると困るんですけど」
「決まっているじゃない。君の噂の真相だよ」
周りにいる女子の目が好奇心に帯びた目になっている。
これはもしかして誤解を解くいい機会ではないか?
だが、坂本先生は今まで話していた女子達を帰してしまった。
やはりプライベートなことだから聞かせるわけにはいかないと思ったのだろう。
だが、東条には残るように言ったのをみると噂の確認か。
坂本先生は、まず俺に対する噂を並べ始める。
まず、俺が女たらしの如く、複数の女性と関係を持っていること。
その次に、女に貢がせていること。
そこまで言われてたのか!
新たなターゲットを狙っていること。
東条も毒牙にかかったこと。
ああ、やっぱり東条の事も噂になっていたか。
「木崎。私は残念よ。君がそこまであくどい奴だったなんて」
坂本先生……俺を全く信用していないだろ?
真相暴くどころか完全に疑っているじゃないか。
「複数の女性と付き合ってませんよ。そもそも彼女いませんし」
「それって遊びだからじゃないの?」
「違いますよ。好きな子はいないけど、付き合うときは一人にします」
「男はみんなそう言うのよ!」
いや、いきなり涙目になって、俺に迫らないで下さい。
トラウマ刺激した?
「ああ、ごめんね。少し気が昂ぶったわ」
俺は坂本先生に一つ一つ説明した。
「――つまり、あの愛里愛さんの事は彼女の片思いなのね」
「はい。弁当は俺も助かるんで、好意に甘えさせてもらってます」
横で東条も頷いていた。
それを見た坂本先生は納得したようだ。
「ふむ。まあ、弁当代も渡すことになってるんであれば問題ないか」
坂本先生が少し物足りなさそうなのは気のせいか?
「あの藤原さんとの抱擁の話は?」
「あれはペナルティです。バイト先でちょっとあって」
「あー、悪ふざけの一環か。君は真面目だから真に受けてやったんでしょう」
美咲本人からの罰とは言えないが、そう誤解してもらえると助かる。
「藤原さんが怒らなかったから良かったものの、気をつけないと訴えられるよ?」
「は、はい。気をつけます」
「――すいませーん。遅れましたー」
入り口から太一が入ってきた。
顔にはさっき東条に描かれたちょび髭がない。
どうやら落としてから来たようだ。
「ああ、千葉すまないね。君は木崎と仲がいいから、少し話を聞かせて欲しい」
坂本先生は掻い摘んで太一に話を聞かせる。
太一はその話を聞いて、真面目な顔で答えた。
「明人の噂って、デマばっかりですよ」
「私も本人からの話を聞いてそう思ったわ」
坂本先生は太一の言葉をそう返した。
ほんとかよ。
「それで東条とはどういうつながりなの? 東条は友達だというんだけど」
坂本先生は東条に視線を向けながら言う。
「そのままっすよ。友達になったんです」
太一があっけらかんと答える。
「私の見てる限りだと、今まで付き合いないわよね?」
「明人のいいところですよ。こいつ意外と話しやすいんです」
「ふむ。私としては東条に同じクラスの子とも仲良くして欲しいのよね」
「私自体の態度は普通だと思います。先生もそれはわかってるんじゃないですか?」
東条ははっきりと言った。
クラスでの東条は距離が置かれているのだろうか。
「んー、こういうこと言っちゃいけないんだけど……」
坂本先生は他の子が確かに東条と距離をとってる感じがすると言った。
でも、それだけじゃないと、東条自身にも気付いてほしい部分があると。
「先生が言いたいことってさ。東条が説明下手なところじゃないの?」
坂本先生と東条は驚いたように俺を見つめる。
「俺、今日、東条と話しててさ。こいつ、なんて説明下手なんだって思ったよ」
俺の言葉に東条は口を尖らせる。
「それはあなたの理解が足りないからよ」
「それそれ。そういうのが駄目なんだよ」
「あは。なーんだ。木崎お前わかってるね。これならいいわ」
俺らのやり取りを見て、坂本先生は嬉しそうに言った。
「明人は無愛想だけど正直に言うから」
太一の言葉に少しだけ胸が痛くなった。
嘘つきな俺は正直じゃないと思ったからだ。
「そっか。君達のことは放っておいても大丈夫ね。うん、安心した」
坂本先生は満足したように言う。
「よし、今日はもういいわ。東条もありがとう。仲良くやりなさい」
坂本先生はそう言うと教室を出て行った。
「なあ、東条」
太一が東条を見ずに声をかける。
「何?」
「今度のGWの三日か四日に俺ら遊びに行くんだけど、予定が空いてるなら、お前も行かないか? 他にも女の子いるし」
東条は驚いた表情を浮かべ、困惑している。
「明人も構わないだろ?」
「人数の一人や二人増えたって構わないけど。東条が可哀想じゃないか? 知らない奴ばっかりだし」
「俺と明人と愛ちゃんは知ってるんだぜ? 半分はクリアだ」
みんなで遊びに行くってのは、初めてのことだ。
普段から付き合いが深いというわけではない。
どちらかというと、これから深くなって行く感じだ。
東条と友達になったんだったら、誘わないってのもおかしな話だ。
「どうする東条?」
「私が行ってもいいの?」
東条は戸惑ったような、嬉しいような、複雑な表情を浮かべて言った。
「「あたりまえ」」
俺と太一の声がハモった。
こうして、東条響も明日の集合に参加することになった。
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