75 友達の条件3
午前の授業が終わった。
最近、授業に集中できていないような気がする。
今週に入ってからというもの、学校でも落ち着かない。
とりあえず、美味いもの食って少しでも気分をよくしよう。
愛が後で弁当を取りに来るとも言っていたし。
昼食の時間。
今も雨が降り続け、外で食べることが出来ない。
太一が弁当を持って俺のところに来る。
「この天気じゃ外は無理だわ。明人、今日は教室で食おうぜ」
「ああ、しょうがないな」
鞄の中から弁当箱を取り出して開ける。
どんなメニューが出てくるか開けるのが、実は楽しみだったりもする。
今日は魚の味噌焼きがメインのおかず。
今日もまた美味そうだ。
サブもカラシ蓮根や煮つけ物と和風尽くしだった。
「愛ちゃんの弁当って、マジで手がこんでるよな」
太一が愛お手製の弁当を見てしみじみ言った。
俺もそう思う。
作ってもらってるほうとしては、本当にありがたい。
一口一口味わって食べる。美味い。
どうやったら、こんな美味くできるんだ?
太一にも少し分けてやると、「マジうめえ!」と喜んでいた。
美味しい昼食も食べ終わり、太一と東条のことについて話し合う。
「明人。東条のことさ。ちょっと探ってみたんだけどよ」
いつのまに動いてたんだ、こいつ。
「明人も知ってると思うけど。今、生徒会って女子だけだろ?」
「え、そうなのか?」
「知らなかったのかよ……」
知らないも何も、そもそも生徒会の存在感が薄すぎのような気がする。
清高の生徒会選抜は三学期に行われ、進級が決まった生徒が立候補する。
三年か二年しか、生徒会活動ができない仕組みだ。
新入生が生徒会に入ることはない。
一年生の間は学校生活に慣れてもらうためとの配慮から、そうなったらしい。
今年の三月頭頃に選挙があり、HRを利用して投票が行われた。
HRで配られた選挙用紙に、適当に丸をつけたので、俺は誰に投票したか覚えていなかった。
生徒会の活動内容はよくは知らない。
行事に関係してるかと思いきや、清高の各種行事は、どんな場合でも実行委員会が発足され運営にあたる。
実行委員は各クラスから二名が選出される。
生徒会は実行委員会のサポートらしいが、あくまで実行委員会が主役だ。
そんな影の薄い生徒会の面子をバイトばっかりしている俺が、知ってるほうがおかしいと思う。
「現会長の北野さん、副会長の南さんが三年だろ」
流石に会長とかは、三年がやっているようだ。
「会計がC組の西本に、書記のE組の東条だ」
何で東西南北揃ってんだよ。
選挙とか、それで選んだ奴いるだろ。
「それでな、生徒会で男がいないの、東条だけらしい」
「はあ?」
意味がわからない。
それが俺に興味を持つことと何の関係がある。
「まあ東条も周りに当てられたって事かもしれないだろ?」
「それだったら、俺じゃなくてもいいだろ」
太一が言ってることも分かるが、それでもおかしい。
あれだけの美人だ。
ある意味よりどりみどりだろう。
「だよな。実際、東条に告白した奴もいる」
「あ、やっぱり告白されたりしてるんだ?」
太一は小さく頷き、指を立てて自分を指差す。
「振られたらしいが、失敗した奴は、みんな俺と同じように固まったらしい」
固まるって、あいつマジでゴーゴンかよ。
「結果、告白がまともに出来なくて振られたみたいだぜ」
「なんで固まるんだ?」
「俺の方が聞きたいぜ。なんで明人はあいつの目を見ても平気なんだ?」
それはこっちの台詞だ。目を見たくらいでなんで固まる。
異能の持ち主か?
漫画やラノベじゃあるまいし。
「んー、なんか、全然わからんぞ」
「やっぱ明人はさ。今モテ期なんだよ」
いや、それ絶対違うから。
理由にならないから。
不意に太一が教室の後ろ側の出入り口を指差した。
「――明人。愛ちゃん来たぞ」
愛が出入り口付近でオロオロしていた。
朝は平気で教室内に突っ込んできたのに。
もしかしたら普段の愛は、気が弱いのかもしれない。
「雨の日の渡し場所決めないと、愛ちゃんに悪いな」
俺は弁当箱を巾着袋に入れて、太一に合図を送る。
意図を察した太一は席を立って俺についてきた。
愛のところに行くと、愛はほっとしたような顔をした。
「愛ちゃんごめんね。二年のところだから来づらいよな」
俺がそう言うと、愛は顔をブンブンと振る。
「踊り場の所行こうか」
俺がそう言うと、愛は頷き、太一と三人で踊り場まで移動した。
昼休みもあって、人の通りは有るものの、それでも話すには十分な場所だった。
「俺が弁当箱そっちに持って行くよ。作ってもらってるし」
「いえいえ、そんなお気遣い。大丈夫で……」
愛の言葉が途中で止まる。
愛の視線は俺達ではなく、別の方に向いていた。
愛の視線を追うと、そこには東条響が立っていた。
「はーい、木崎君。また後でねって言ったでしょ?」
東条は微笑みながら近付いてくる。
「あら? それが噂の愛妻弁当とやらかしら?」
愛に手渡した巾着袋を見ながら言う。
鼻で笑ったような気がしたのは気のせいか。
「何の用だ?」
「あら、つれないわね。あなたに興味を持ったからお話しにきたのに」
その言葉を聞くや否や、愛の目の奥に薄暗い炎が灯ったような気がした。
「……愛の計画を実行する時が来ました」
愛がぼそぼそと呟く。
ちょい待て。いきなり殺気全開だぞ。
「愛ちゃん。ちょっと相手の出方を見よう」
太一が愛にヒソヒソと耳打ちする。
太一も愛の様子には気付いていたようだ。
「それで、話ってのは? 俺からなら特にはないぞ」
「単刀直入に言うわね。あなたに私が普通の人間だって証明して欲しいのよ」
「証明?」
「明人さん。愛はこの人の言ってることが分かりません」
後ろからヒソヒソと囁く愛。
大丈夫だ、俺にも分からない。
「東条、すまんが言ってる意味がわからない」
「ちょっと、いいかしら」
東条は太一の前に一歩進み出ると太一の目をじっと見つめた。
眼光は鋭く、まるで射抜くような目だ。
見つめられた太一は、本日三回目の硬直状態に陥った。
「これよ。私と目が合うと男はこうなるの。いえ、女子もたまになる子がいるわ」
太一は固まった状態で口も開けないようだ。
愛が太一を指でツンツンと突く。本当に固まっているようだ。
「私のことを、まるで妖怪か何かのように言う人までいるわ」
俺もゴーゴンって思ってました。
「それで?」
東条の話というのは、どうも回りくどい。
「俺だけって事ないんじゃないか?」
東条は首を静かに振って、俺を見つめる。
「そうなら私だって、こんな風にしようだなんて思わないわよ」
東条は理解してもらえないからか、悲しそうな顔をした。
「私ってこんな顔してるし、何でもできるから周りからの嫉妬も激しいの」
「明人さん。この人自慢しにきたんですか?」
愛が俺に囁く。
愛の言いたいことも分かるが、東条の言いたいことも分かる。
持つ者は嫉妬という感情によって忌み嫌われる。
劣等感を持つものにとっては、比較されるのが嫌だから近寄らない。
ただ眺めるだけでいい。
心の弱い者は恐れて、排除しようとするだろう。
排除するまでいかなくても、近寄る必要は無いのだ。
結果、持つ者は孤独になる。自分が望まなくてもだ。
この東条には、その状況が生まれているのだろう。
「なあ、東条。言い方悪いけど、お前友達いないだろ?」
俺の言葉は東条に直撃したようだ。
一瞬頬が引きつった。
「……ええ、そうね。友達と呼べる人はいないわね」
東条の口から漏れた言葉は弱々しく感じられた。
だが、口に出した潔さには正直好感を覚える。
「あなたにも噂があるように、私にも噂はあるのよ。真実でないことまでね」
どうも東条の話は先に行きすぎてよくわからない。
「東条の状況はわかったけど。俺からしたらお前、十分普通なんだけど?」
「だからこそ、あなたに白羽の矢を立てたのよ」
東条はやけに嬉しそうに言った。
「私と普通に接することができる人。今の現状では、それはあなただけなの」
東条はまた嬉しそうに言った。
わかった。
そうか、東条は普通に接して欲しいだけなのか。
「つまりだ。東条、俺と友達になりたいって事でいいのか?」
俺がそう言うと、東条は少し頬を染めて頷いた。
「納得できません!」
愛が横から大声で叫ぶ。
「じゃあ、なんで愛に明人さんの事『狙っていいわね』って言ったんですか?」
「え、だって。あなた木崎君の事好きなんでしょ? 誤解されたら困るもの」
おい東条。その行為と発言自体が誤解を与えてるぞ、お前。
「んじゃ、明人さんに『付き合って』って言ったのは?」
「そのままよ? 私の話に付き合ってもらいたいだけなんだけど?」
何を言ってるのみたいな顔で愛を見つめる。
愛は開いた口がふさがらなかった。
あー、色々と食い違っているところが見えてきた。
東条って、典型的なコミュニケーション不足から生じる説明下手だ。
自分がわかってるから相手には端的にしか物を言わないタイプだ。
頭いい奴に多いパターンだな。
これ周りに誤解を与えまくるぞ。
「まともな会話が出来ることで、私が普通の人間だって証明したいのよ」
いや、まともな会話出来てないから。
説明が足りなさ過ぎだ。
「あ……の……さ……」
くぐもった声がする。声の主は太一だった。
固まったまま放置していたの忘れてた。
その声に反応して東条がまた太一を見つめてしまった。
太一の身体が一瞬ピクッと動くとまた硬直してしまう。
「これ、どうやったら解除できるの?」
太一を指差しながら、東条に聞いてみた。
「分からないのよね。どうしましょ?」
踊り場で固まる太一をじっと見つめる三人。
「……」
東条はポケットからペンを取り出すと、固まる太一の顔にキュッキュと猫髭を描く。
そして、そのペンを愛に渡し、無言でコクコクと頷く。
愛は意図を理解したようで太一の額に『にく』とひらがなで書いた。
ペンを返して、愛も無言でコクコクと頷いた。
お前ら会話が無いほうが理解が早いってどうなんだ。
動けないことをいい事に遊ばれる太一であった。
「あら、もうこんな時間。そろそろ教室に戻るわ」
東条は腕時計を見ながら言った。
「愛もそろそろ戻ります。では~」
愛は手に巾着袋をぶら下げながら階段を下りていった。
「東条、友達になるのいいけどよ。クラス違うのにどうするんだよ?」
E組に向かって歩き出した東条に聞いてみる。
「勝手にそっちに行くわ。よろしくね。木崎……明人君」
照れたように微笑んで言うと、そのままE組の方へ向かっていった。
「やっと動けた!」
太一が身体を動かしながらぐったりして言った。
硬直してた時間が長かったせいか、節々が痛そうだ。
太一の顔を直視できない。『にく』と猫髭のせいだ。
後で洗面所に連れて行くことにしよう。
東条の現れたとき太一は硬直していなかった。
東条の視線を目で受けなければ、硬直しないで済むようだ。
今度は太一と東条にそれぞれ注意させよう。
結局、これでまた噂が飛び交いそうだ。
真実とは遠う噂が流れるだろう。
友達が増えた結果を見ればいい話のはずなんだが。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。