73 友達の条件1
水曜日
『ピピピピピピピピピピピピ』
目覚まし時計の音がする。手探りで時計を止めようとするが捕まえられない。
何かに手が当たる。
『にゃ~』
「お前じゃない」
手に取った猫グローブを横に放り投げる。
落ちた猫グローブは『にゃ』と一鳴きした。
仕方なく起き上がり、鳴り喚く目覚まし時計を止めた。
カーテンを開けると、外の明るさがいつもと違う。
妙にどんよりとしていた。
外を見てみると、今にも雨が降りそうな天気。
黒っぽい雲が遠くに見える。
行くまでに雨降りそうだ。雨は勘弁して欲しい。
四月の前半に振ったきり、まともな雨は振っていなかった。
鞄の中には雨着を入れているので、降られても大丈夫だが、やはり雨だと移動がしづらい。
一階に降りて、洗面を済ませた後、朝食を取る。
後片付けをしたあと、テレビの電源を入れた。
デジタル放送の天気情報を見てみると、今日は雨模様の天気。
雨量予測はたいしたこと無いが、夜までは降り続けるようだった。
明日には雨雲も抜けて晴れるようだが、今日一日は嫌な思いをしそうだ。
バイトの帰りまでに止んでくれればいいが。
玄関を出て鍵を閉め、駐車場を見ても母親の車がなかった。
昨日は家に帰ってこなかったみたいだ。
留守電には、なにも入っていなかったから、事故とかではないだろう。
自転車の籠に雨除けのカバーをかける。
これが有ると無いじゃ鞄の濡れ方が変わる。
便利な物は使うほうがいい。
雨着を着けると、ごわごわして気持ち悪い。
雨着を着けていると妙に蒸れて気持ち悪いから嫌いだ。
自転車をゆっくりと漕ぎ出して、学校へと向かった。
学校へ行く途中、ぽつぽつと雨が降り出した。
時間がたつごとに落ちてくる粒は大きくなっていく。
雨着に弾いた雨音がそれを証明していた。
視界も少しずつ悪くなっていく。
「これは最悪パターンだな。急ぐと危ないしな……」
自転車で通学の時、困るのが歩行者だ。
歩行者は傘をさしていて道幅が狭くなる。
それを避けながら進むのは一苦労なのだ。
いつもよりも五分ほど余計に時間がかかったが、ようやく学校に着いた。
駐輪場に自転車を止めて、雨着を脱いだ。
「明人さん。おはようございます」
現れたのはパステルブルーの傘をさした愛だった。
手には俺のお弁当を持っている。
他の手荷物が無いところを見ると、一度荷物は置いてから駐輪場に来たようだ。
「愛ちゃん、おはよう。雨、最悪だわ」
「大変でしたね。愛、今日はバスで来ましたよ」
降る雨を見ながら少しうんざりとした表情で言う愛。
俺は鞄を籠から出して、鞄から折り畳みの傘を出した。
「明人さんの鞄、色々入ってるんですね。あ、これどうぞ。今日のお弁当です」
「ありがとう。駐輪場から下駄箱までちょっとあるからね。傘も無いと」
愛の作ったお弁当を鞄にしまい、俺達は下駄箱に向けて歩き出した。
傘に雨音があたり、パラパラと音をしていた。
「今日は夜までこんな感じなのかな」
「雨は長いと嫌ですよね。あ、昨日はお誘いありがとうございます。愛、嬉しかったです」
「え、あ、うん。メールでも書いたけど、行きたいとこ考えといて」
「愛は明人さんと一緒なら何処でもいいですよ」
不意に愛の足がピタッと止まる。
「どうしたの、愛ちゃん?」
「あ、すいません。考え事してました」
「何、考えてたの? 行きたい所でも考えてた?」
聞いた時、愛の目が薄暗い鈍い光を放っているのに気付いた。
「いや、どうやって邪魔者どもを排除しようかと」
こ、怖い。マジでやりそうで怖い。
「冗談ですよ。明人さんの迷惑になるようなことは、"極力"しませんから」
いま極力って言ったよね?
する気は残ってるんだ?
「仲良くやってください」
「大丈夫ですよ。この間で仲良くなれましたから。あ! ああああああああ!」
愛は笑顔で答え、俺の顔を見た途端、顔が青ざめ、大声を上げた。
嫌な予感がする。
「愛としたことが、なんで気付かなかったの。愛大しょっくー」
何を言っているのか分からないが、何かを悔やんでいるようだった。
「今からでも遅くないです」
愛はそう言うと、傘を畳んで俺の傘の下に入ってきた。
「えへへー。相合傘ですー。わーい、また一つ憧れの行為ができた」
愛はドキッとするような笑顔で嬉しそうに言った。
「あ、愛ちゃん。狭いから濡れるって。傘有るんだから使いなよ」
俺はそう言いながら、咄嗟に愛が濡れないよう傘を愛側に被せるようにした。
「ふふ。そう言って明人さん、愛が濡れないようにしてくれてるじゃないですか。やーっぱり優しい」
結局、下駄箱までの道のりは相合傘で来てしまった。
俺、押しに弱いんだな……。
たった数分間だけど、愛はとても嬉しそうだった。
下駄箱のある正面ホールについた。
「明人さんありがとうございました。うふふ。後でお弁当箱回収に行きますね。では」
愛は俺にぺこりと頭を下げ、自分の下駄箱に向かっていった。
俺も自分の下駄箱で靴を履き替えていると、刺すような視線を感じた。
さっきの相合傘を見られたせいか?
俺は視線を探るべく周りを見回す。
下駄箱の陰に視線の主はいた。
認めたくなかったが坂本先生だった。
「…………おはようございます。何やってるんですか?」
「おはよう木崎、今日こそ見たわよ。今日は相合傘とはやってくれるじゃない」
わざわざ見張ってたのか?
「何わけが分からないこと言ってるんですか?」
「毎朝ここでイベントが起きてるって聞いたから見張ってたのよ!」
おい、教師。その前にやる事いっぱいあるだろう?
「月曜がお弁当で、昨日がデートの誘い、しかも今日は相合傘だと?」
うわー、夢で見た坂本妖怪思い出すなー。
しかもちゃっかり、昨日の情報集めてやがる。
「木崎をこのまま進級させてはいけないような気が、は! それは駄目だわ」
当たり前だろう。形の上では単なる恋愛行為だ。
恥ずかしいけれど、やましい部分は無い。
そんなんで留年させられてたまるか。
「木崎を留年させたら、あの娘と同じ学年になってしまう。本末転倒だわ!」
おーい、誰かこの教師、保健室に連れて行ってくれないか?
「何とか……、何とかせねば」
ぶつぶつと独り言を言い出したので、このまま放置しよう。
坂本先生を置いて、そのまま教室へ逃げ去るように移動した。
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