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帰路  作者: まるだまる
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71 噂と嘘7

 店長が引き上げた後、俺と美咲、アリカはいつものように椅子に座っている。

 美咲はアリカに持っていた通販雑誌を見せて、どんな服装が好みかと聞いていた。

 アリカはその雑誌を一心に見つめて、これもいい、あれもいいと真剣に答えてた。


 気に入ったものがあればページの角を折って印をつける。

 なんて言ったっけ。そうだ、ドッグイヤーだ。

 いっそのこと、その通販雑誌で注文したほうが早いんじゃないか?

 客の来ないてんやわん屋の店内に、女の子のきゃっきゃうふふな会話だけが響く。

 

 俺はそんな二人を横目に、店内をぼーっと眺めていた。

 視界に映る手前の棚に置いてある食器類、白いプレート皿の縁には、青い草の絵が描いてある。

 これも普通に買ったら高い商品のようだ。どうやら有名なブランド物らしい。

 お皿全体にどこかの洋風の城が描いてある皿もある。

 飾る分にはいいけど、実際には使いづらそうだ。

 野菜炒め食べてたら、下から洋風の城が出てきても違和感が強いだろ。

 そもそも、そんな使い方をすること自体が間違っているか。


 その下の棚にはフォークやスプーンが入ったセット。

 デザインはシンプルな物が多い。店で見るたびに何故か欲しくなる。

 どうして、セット物って欲しくなるんだろうか。

 一つだけデザインが妙に凝ったセットがある。外国製のスプーンセットみたいだ。

 柄の部分に蔓が巻かれていて、皿の部分にはルーン文字みたいな記号が書いてある。

 実際、使う分には邪魔そうだ。でも、テーブルに並べたら格好いいかもしれない。


 アリカと美咲は、お互いに「これどうです?」、「それは?」なんて会話してる。

 何、この、ぼっち感。今日は、この雰囲気ちょっと嫌なんですけど。

 でも、楽しそうにしてる二人を見ていると仕方ないかという気分になった。

 たまには、店内巡回でもしてみることにしよう。


 俺は通販雑誌で盛り上がってる二人をおいて、店内をぐるっと回った。

 数日の間に新しく入った物もあるようで、見覚えの無いものが数点増えていた。

 異様な雰囲気を放つ小さなトーテムポール。

 何故、これを買い取ったのか立花さんに聞きに行きたい。

 

 一応、この店の中にはフィギュアも置いてある。

 趣味の人が手放したものらしい。


 そのコーナーに小さな仏像が二つ並んでいた。阿吽とかいうやつだろうか。

 その間に小さなフィギュアが一体立っていた。

 よく見ると、そのフィギュアの胸に七つの傷があるけれど、髪が金髪だから人違いだろう。

 服装はそっくりなんだけど、目の色も青い。

 もしかして、スーパー何とか人とのコラボ?

 それ怖すぎるだろ。秘孔を突く必要ないじゃないか。

 ……立花さん。もしかして、マニアックなのか?


 この店に閑古鳥が泣く理由のひとつは、立花さんの買取基準のせいじゃないだろうか。

 そんな気がしてきた。


 楽器コーナーには、数種類のギターやベース、管楽器も置いてある。

 ピカピカに磨かれたトランペットや三味線、それにオカリナ。

 大きな笛もある。少しやってみたい衝動に駆られる。

 美咲が言っていたが、四月の始め頃は楽器を見に来る人も多いそうだ。

 新しい生活に趣味で楽器でも始めようとする人が多いのだろう。


 商品を見て回りながら、ここに来てからの今までを振り返ってみた。

 俺がここで働き出してから、まだ十日程しか経っていなかったか。

 なんだか、もっといるような気がしてた。

 それだけ、濃い生活を送っているからかもしれない。


 俺の周りが変わってきたのはここに来てからだ。

 前と同じような生活を送っているはずなのに。

 でも、他人との時間は段違いに増えた。

 それはいい事なのか悪い事なのか、分からない。


 学校でも二年になってから、前のクラスで一緒だったのは太一だけだ。

 でも太一は俺以外にも数人と交流があった。

 他の奴らは、俺だけの時には滅多に話しかけてこなかった。

 太一を介して初めて交流が取れている。

 太一は俺が無愛想すぎるからだと言っていたけれど。


 俺は他人に興味を持たなさ過ぎなのだろうか。


 前のバイト先でバイトの同僚となると、距離を置かれていたような気がする。

 そう思うと、俺って嫌な奴だったんだな。


 てんやわん屋に来てから、それを感じなくなっていた。

 美咲にからかわれたりするけど、そっちの方が居心地がいいとまで思った。

 アリカと最初は喧嘩したけど、その時に比べたら話せるようになった。

 

 帰り道、一人の時間。あの嫌いな時間がくるまでは忘れられる。

 実際に忘れられた。俺は、楽しんでいられてるのかな。

 この状況を求めていたのかな。そんな疑問も浮かぶ。


 つまらない考えが、また浮かんでくる。

 今は考えるのは止めよう。どうせ答えなんかでない。

 

 おもちゃコーナーをみると、猫の顔が書かれたボクシンググローブがあった。

 これも見たことが無い。

 手に着けてみる。

 意外としっかりしたつくりだ。


 両拳を合わせてみる。

『にゃ~~~~』と猫の鳴き声がした。


「……」


 もう一度やってみる。

『にゃ~~~~~』


「…………」



 軽く叩き合わせてみる。

『にゃ』


「………………」


『にゃ、にゃ、にゃ』


『にゃ、にゃ、にゃ』


『にゃ、にゃ、にゃ、にゃ、にゃ、にゃ、にゃ~~~~』


「あほかああああああああああ!」

『スパーン!』


 と、頭に軽い衝撃と、気持ちいいほどの快音が店内に響き渡る。


「あんた、なにやってんの⁉」

 振り返ると、スポンジ竹刀を片手に仁王立ちしているアリカがいた。

 さっきの衝撃と快音はそれか。

 道理でそんなに痛くないはずだ。


「い、いや、つい面白くて」

「さっきからうろちょろしてるなと思ったら、なに遊んでんのよ?」


 アリカに耳を引っ張られながら、レジに連れて行かれた。

 すげえ耳が痛いし、中腰だから腰も痛い。

 俺の手にはまだ猫グローブが着いたままだ。


「明人君、そういうの好きなのね」


 美咲が俺の手を見てニッコリ言った。

 子供っぽいと思われたかな。

 値段を見てみると五百円。

 安すぎだろ。しっかりした作りだぞ。


「美咲さん。これ、俺が買ってもいいかな?」

 美咲とアリカは俺が言うと顔を合わせて吹き出した。


 いいじゃないか。猫好きなんだよ。

 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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