70 噂と嘘6
「――それで、いつデートに行くの?」
少し不機嫌そうな顔で聞く美咲。
「いや、あの、具体的にまだ何も決まってなくて」
実際、朝の約束から愛とは具体的な話は進めていない。
答えようがないのだ。
「……今日、店長がね。五月三日と四日はお店閉めることになったって」
並んで座って、俺とは目を合わせずに言う美咲。
「え、マジですか?」
美咲の話によると、せっかくのGWだし皆休みの方がいいだろう、ということになったようだ。
美咲も今日聞かされた話らしい。
「えー、それ俺にとっては困るなー。どうしよう?」
「――愛ちゃんとデート行けばいいじゃない」
少しムスッとした感じの言い方をしたような気がする。
だが、確かに都合がいいといえばいい。
わざわざバイトを休んだり、午前中だけのデートといったことをしなくても済む。
「あの、俺、デートとかしたことないんですけど」
「私だって、男の人とデートなんてないよ」
美咲はそっぽ向いて言う。やけに冷たい。
改まってデートって、どんなことすりゃいいんだ?
定番のデート……公園? 映画? 遊園地? カラオケ?
「どこだって、二人で一緒に出かければデートでしょ」
俺があれこれ悩んでいると、それを察知したのか美咲が言う。
「…………やっぱ、駄目だ。適当に理由つけて断ったほうがいいかな?」
「明人君。それは男として最低だよ? 承諾しといて、それはないよ」
美咲はジト目で俺を見つめた。
俺は今の気持ちを正直に言うなら、愛と付き合うわけじゃない。
愛にもそのことは伝えた。
愛は好かれるために頑張れると言った。
愛も今はそれでいいのだろう。
不意に太一の顔が浮かぶ。
太一は愛が好きだと言った。
俺に遠慮させるつもりはないとも言った。
ハンデを覆すのが面白いとも、あいつは言った。
太一はこれから愛にどうアピールするつもりだろう。
でも、あいつの事だから実際に何かしらの行動はするだろう。
太一にもチャンスをつくってもやりたいと思っている俺がいる。
結果的に愛と付き合うことを、俺は避けるんじゃないだろうか。
でも、これだと太一が嫌う身を引いた事につながる。
俺が愛を好きになる。
それはどんな気持ちなった時なのか、今はわからない。
俺は恋愛に向いていない。
結局、結論が先に出る。
太一が愛を好きだという気持ち。
愛が俺を好きだという気持ち。
俺には、好きという言葉だけしか分かっていない。
一人でいるときに相手のことをどう思っているのか、想像すらわかない。
愛にも太一にもチャンスを作ってやりたいと思うのは、俺のわがままか。
それとも、俺は偽善者になりたいのか。
どう転ぶかわからないけれど、今の俺はそうしたかった。
「――美咲」
「ふえ? な、なに?」
俺が急に呼び捨てで呼んだからか、美咲は驚いた顔になる。
座った姿勢を俺に向けて座りなおす。
「遊びに行かないか?」
「へ?」
美咲の顔が急に真っ赤になって、口をぱくぱくとさせる。
どうやら言葉が出ないらしい。
俺の言い方が悪かったようだ。
言葉足らずだったみたいで、美咲に分かるように話を続けた。
「ごめん。はしょりすぎた。みんなで遊びに行くってのはどうかなと」
「はい?」
美咲は目をパチパチとさせて『何、言ってるんだ。こいつ?』みたいな顔をしている。
「いや、今、考えたんだけど。愛ちゃんからすれば二人でデートがいいだろうけど。正直、俺はそれを避けたい」
「そんなこと言ったら、愛ちゃんが可哀想だよ」
美咲は俺に考え直せと言わんばかりの視線を投げかける。
「いや、そういう意味じゃなくて。少し時間が欲しいんだ。二人でデートってのは、まだ俺には荷が重い。店もせっかく休みだし、この間の学生メンバーで都合のいい奴みんなで遊びに行くってのはどうかと思って」
その話を聞いた美咲は、顎に手をやり、うーんと考え込んでいる。
「――その話、乗るわ。でも、私だけ歳が離れてるの、きついかなー」
美咲はふふっと笑うと、肩をすくめて言った。
美咲は美咲で考えがまとまったようだった。
「いや、美咲は精神年齢低いから大丈夫」
「明人君。それは凄く失礼な言い方だよ? せめて、まだ高校生に見えると言ってよ」
ぶーっと頬を膨らませて、ふくれる美咲。
「それ、無理があるでしょ」
俺がそう言うと、美咲は両手で髪をたくし上げ、後ろに髪をまとめだす。
「あら? こうしたら高校生ぽく見えない?」
胸元まであった髪を後ろに纏めると、美咲の顎から耳にかけての輪郭がはっきり見える。
顎のライン、うなじのライン、調律されたかのような美しいラインに俺は見惚れてしまった。
「……美咲って、髪まとめた方がいいかも」
「明人君。私、高校のときまで、ずっとこんな感じだったんだよ」
片手で髪を押さえながら、俺に後ろ側を見せる。
その背中はとても綺麗だった。
「うん。そっちのほうがいい。なんていうのかな。うなじがセクシー?」
「いやー、明人君。それはセクハラ以外の何者でもないよ?」
美咲はそう言いながら笑った。
具体的なプランを練ろうにも、まず参加人数だ。
愛とのデートは、先の話にさせてもらうとして、それぞれに参加を確認したい。
俺は携帯を持ってきて、太一と愛に、この企画のメールを送った。
太一には、綾乃も参加できるかどうか聞いてくれるように頼んだ。
愛のメールには、朝のデートの話とは別の話と注意書きした。
数分後、それぞれから返信があり喜んで参加するとのことだった。
その上で、みんなから意見を聞いて行先を決めたいところだ。
美咲と俺は基本的にどこでもいいが、人によっては苦手なのがあるかもしれない。
二人とも団体行動をあまりしたことがないから、いい案が出ないのだ。
「明人君。これ、一度みんなに集まってもらったほうがよくない?」
美咲が至極まともなことを言う。
俺もそう思っていたところだ。
アリカにも話を聞きたいところだし、ちょっと裏屋に行って話をしてこようか。
俺が裏屋に行こうとして扉に向かうと、ちょうどその扉から店長とアリカが現れた。
「おや、明人君お疲れ様~。どうしたんだい?」
店長は薄ら笑いをうかべて言った。
その後ろでアリカが片手をあげて挨拶してくる。
俺はアリカに片手を上げて返すと、店長に休みの話を聞いた事を言った。
「美咲ちゃん話してくれたんだね~。最初は高槻さんにお願いするつもりだったんだけどね」
美咲の方に向かって、片手をあげる店長。美咲もレジカウンターから俺達の所に来る。
「話が変わったんですか?」
俺が言うと、店長は薄ら笑いのまま、理由を教えてくれた。
「うん。立花君と高槻さんが家族同士で会うらしいんだよ」
結婚の話を進めるという事か。結婚するにしても、色々と準備が必要なのだろう。
「それで明人君。裏屋に行こうとしてたみたいだけど?」
「あ、アリカにちょっと用事があって」
「ふえ、あたしに?」
急に話を振られたアリカが変な声を上げる。
俺と美咲はうんうんと頷いた。
「――で、この休みを利用して、みんなで遊ぼうかと」
俺の説明に店長はうんうんと頷き、アリカは、なにやら考えている様子だ。
「いいね~、明人君。そういう企画はどんどんやったほうがいいよ~」
店長はいつもの薄ら笑いよりも、笑いを深めて言う。
「話はわかったわ。後はあたしだけなのね?」
アリカは何か引っかかるものでもあるのだろうか。返事に躊躇しているようだった。
「アリカちゃん、その日、何かあるの?」
アリカはモジモジとし始める。
「あの、……遊びに行くのに、その、……可愛い服がないなーって」
顔が少しずつ、赤くなっていき俯いて呟く。
「それだけかよ!」
「明人君! それは女の子にとって、非常に重要な事なのよ!」
美咲がアリカの前に庇うようにして立ち、俺を指差した。
「あっはっは。アリカちゃんもやっぱり女の子だね~」
「アリカちゃん。みんなで遊びに行く前に、一緒にお買い物に行こう!」
美咲がアリカの手をとって言う。
アリカは少し驚いた様子だった。
「え、いいんですか?」
「休みの日の午前中なら二人でお買い物いけるじゃない。いざとなったら……」
俺と店長を見つめる美咲。
「あ~、連絡してくれたら俺が表屋見てるから、遅れてきてもいいよ~。な、明人君?」
美咲の視線の意味を店長はいち早く理解したようで、俺に同意を求めた。
「あ、そういうことですか。女の買い物は長いといいますからね。そこは了解です」
「あー、なんか色々楽しくなってきちゃったよー」
美咲がアリカの手を取ったまま、喜んでいる。
アリカもなんだか嬉しそうな顔をしていた。
GWが始まる木曜日の祝日。
午前中にファミレスで集まり、目的地を決める事になった。
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