67 噂と嘘3
学校では、目立つことなく過ごしてきたって言うのに、この展開はなんなんだ。
午前中の授業は、はっきり言って身に入らなかった。
それというのも、女子からの冷たい視線が原因だ。
川上たちは有言実行したらしく、女子の間で俺の話は行き渡っているようだった。
悪い噂というのは人の耳に渡った途端、拡大解釈されていく。
本来の噂話以上に尾ひれがつきやすい。
女子の中には、明らかに侮蔑を込めた視線を送るものもいる。
俺の予想は当たっていることだろう。
昼休みになって、俺と太一はまた体育館脇の木陰へと行った。
太一も、今日は弁当にしてもらったようだった。
木陰に座り、それぞれ弁当箱を開ける。
愛のお手製弁当はご飯の上に卵と肉のそぼろが綺麗にのせられている。
おかずに鳥の照り焼き、ポテトとアスパラのベーコン巻き、ベーコンとほうれん草の炒め物、卵焼きにプチトマト。
量も多く、色合いもよく、とても美味しそうだった。
木漏れ日の中で美味しそうな昼食をとるなんて、気分がいいはずなのに、俺の気分は優れない。
太一は太一で責任を感じているのか、表情が暗い。
言い方は悪かったかもしれないが、太一に悪気がないのはわかっている。
二人揃って弁当を平らげ、ペットボトルのお茶で渇きを潤す。
お茶を飲んで一息つくと、太一がゆっくりと口を開いた。
「明人。これ、このままだとまずくないか?」
「とはいえ、何もできないだろ?」
俺が騒いだところで、自己弁護に過ぎない。
信用するかしないかは相手次第だ。
学校中の女子に説明するのも馬鹿げた話だ。
「男にも、色々流れてるみたいだぞ」
「下手に動いたら余計にややこしいことになりそうだろ?」
「いじめってわけじゃないけど、距離を取るやつ多くなりそうだぞ」
「いいよ。元々、親しいわけじゃないし。そいつはそこまでの奴だったってことだ」
「明人……」
実際、太一以外とあまり親しくないから、俺の周りはあまり変わらないだろう。
人の噂も七十五日というし、学校の女子との交流は元々ない身だ。
それより、太一への影響がないのか気にかかる。
太一は俺より交友関係が広い。
太一のことが気にかかり、聞いてみた。
「太一、お前はどうなんだ? 俺と一緒にいるとお前まで悪く言われるぞ」
「明人。それはさすがに俺でも怒るぞ?」
「……すまん。そうだよな」
そうだ。太一はこんな事で、左右されるような奴じゃない。
もしそういう奴なら、太一とは親友になれなかっただろう。
「お前がいるから、俺は大丈夫だ」
「ホモっぽい台詞はくなよ。きもいだろ」
太一は、うえっと気持ち悪そうにして言った。
「違いねえ」
俺は笑って答えた。
「――明人さん。また、ここにいたんですね」
俺達を見つけた愛がとことこと歩いてくる。
愛の来た方向に友達だろうか、初めて見る子が二人待っている。
その二人は、俺達と目が合うとぺこりと頭を下げた。
「あの、お昼から体育の授業なんで、早めにお弁当箱回収に来たんです。今日は部活もあるので」
愛に被害が行っていないだろうか。
「あ、ああ。わざわざ、ありがとう。あ、あのさ愛ちゃん――」
俺は立ち上がって、食べ終わった弁当箱を手渡しながら、噂のことを言おうとした。
「――噂なら聞いてます。明人さんの噂。一年の間にも流れてます。友達にも心配されました」
愛は俺から弁当箱を受け取ると、俺の言葉をわかっていたのか静かに言った。
「あ、やっぱりか。ごめんね、変な噂で嫌な思いするかもしれない」
「いえいえ、とんでもない。愛は、すーぱーらっきーです。これで、この学校での競争相手はいなくなりました!」
「えっ、そっちなの?」
「当然じゃないですか! 明人さんのこと知りもしないくせに、適当なこと言う女の子なんて、信用できません。少なくとも明人さんをぐぐってからきやがれです!」
いや、俺の名前ぐぐってもなにも出ないと思うよ?
「ははははははははははは! 愛ちゃん、最高だ!」
太一が大笑いした。
「太一さんに褒められても嬉しくありません」
愛は太一につーんとして言う。太一はまだ笑っていた。
「それよりも愛が心配なのは、逆に明人さんに興味を持つ輩がいないかですね」
そういう人は変な人だから、俺が嫌だよ。
「今頃、明人さんの魅力に気付いたって、遅いんです」
愛ちゃんとまともに会ってから、まだ三日目だよね?
「そういう輩は、早期に排除せねば。そのために愛はじゃっく、ざ、りっぱーになるのです」
犯罪になるからやめようね。思想が物騒すぎる。
「いや、もう俺に寄って来る子なんていないだろうから」
「――ひとつだけ、噂の中で愛も気になることがあるのですが?」
愛は顎に指をかけて、考え込みながら言う。
「え、どんな?」
「明人さんが、路上で綺麗な女の人を抱きしめていたという噂です」
「――え?」
血の気がさーっと引いていく。
「もしかして、美咲さんじゃないですよね?」
「や、やだな~。そんなことあるわけないじゃないか」
「あー、良かった。愛は、美咲さんを排除しに行くつもりになってました」
愛の目が一瞬どす黒い目になっていた。怖い、マジでやりそう。
「ええっ⁉」
「冗談です。あ、ところで噂話にきくおまじないやりませんか?」
愛はふふっと笑って言うと、思い出したように話を切り出した。
「なにそれ?」
「悪い噂話を軽減させるおまじないです」
「へー、どうやんの?」
「目をつぶって、両手を左右に大きく広げてください」
俺は愛の指示に従って左右一杯に手を広げた。
「今度は、体の前でわっかを作るように指先だけつなげてください」
ん、愛の声が近いような気がするけど、愛の指示通りやってみた。
「そのまま、組んだまま腕を降ろしてください」
降ろした手に柔らかいものが当たり、胸元にも柔らかいものが当たった。
「え?」
目を開けると、愛が俺にぎゅ~と抱きついていた。
傍から見ると降ろした手によって、俺が愛を抱き寄せている形になる。
「えへへ、明人さんに抱きしめられて愛、幸せ」
「ちょ! 愛ちゃん騙した?」
「騙してません。『愛にとって』悪い噂を軽減させるおまじないです」
向こうから愛の友達二人が「きゃー」と行った奇声を上げる。
俺はすぐさま手を解き、愛を身から離した。
「ふふ、もし噂が本当だとしても、これで愛も同等の立場です」
愛は笑顔でいっていたが、目の奥には炎が上がっていた。
この子、実は策士か?
横では、太一が口と腹を押さえて笑っている。
「愛ちゃーん、もう、あんまり時間ないよー」
愛の友達が声をかけてくる。
「あ、わかったー。すぐ行くー。では、明人さん。またです」
愛はにっこりとして、小さく手を振ると、友達のところへ駆けていった。
「明人、お前、単純すぎ。まさしく愛は偉大だな。あ~腹いてえ」
太一は愉快そうに俺の肩を叩いて、また笑った。
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