66 噂と嘘2
何が起きたかわからず、重い足取りのまま学校に着いた。
太一のメールを見てからというもの気になってしょうがない。
太一の奴は川上に何を言ったんだ?
駐輪場まで行くと、そこには愛がいた。
「あ、明人さん。おはようございます」
「愛ちゃん。おはよう。昨日ごめんね。メール見ずに寝ちゃって。朝見たんだ」
そういいながら、空いているスペースに自転車を止めて、鞄を籠から取り出す。
「あ、そうなんですか。大丈夫ですよ。お疲れだったんですね。なんでしたら、愛が添い寝しにいってもいいですよ?」
「いや、それはいいから」
愛は残念そうな顔をしたが、「あ、そうそう」といって、鞄の中から巾着袋を取り出した。
「はい、これ明人さんのお弁当です。ここなら、そんなに目立たないですよね?」
「ああ、ありがとう。これ俺用に用意してくれたの?」
巾着袋を受け取ってみると、重量感があり、中身がずっしり入っているようだった。
「はい。明人さん用です。今日も腕によりをかけて作りました。愛だと思って食べてください」
いや俺、人食いじゃないから。食べ物は食べ物としていただきます。
貰った弁当を鞄にしまうと、俺達は下駄箱に向かって歩き出した。
「ふふふ」
「どしたの? 笑ってるけど」
「愛の憧れの一つなんですが、好きな人と学校で待ち合わせ、できてるなーって思って。こんぐらちゅれーしょんってやつですね」
「愛ちゃんは正直すごいね」
愛はキョトンとして、首を傾げた。
「なにがです?」
「ストレートに好きって、言うからさ」
「愛はちゃんと口に出して伝えたいんです」
「そっか。なら、俺もちゃんと言っておかないとね。俺は相手を好きにならないと、付き合うことはしない。意味はわかるよね?」
その言葉を聞いた愛は俯いて、小さく震えだした。
え、泣くのか?
俺もストレートに返しすぎたか?
「……さっすが私の明人さん! そうです! そうなのです! 女の子に好きって言われたくらいで、付き合ったら駄目なんです。両思いになって初めて結ばれるのがいいんです! 世の中には下半身でしか、ものを考えない人もいるのに……明人さん最高です!」
うわー、悪循環。
そういうつもりで言ったんじゃないんだけど……。
「だから、愛は明人さんに好かれるために頑張れるのです。愛は『愛にばーにんぐ』するのです」
愛は拳を握り締めて、本当に燃えていた。
「というわけで、明人さんデートしましょう!」
「は? なんで?」
「愛の魅力をお伝えするには、やはり二人でどこかへ出かけることが必要だと、愛は思うのです」
いかん。
よく見ると、愛の目がてんやわん屋にいたときと同じような目をしている。
へんなところに火をつけてしまったか?
「愛ちゃん、とりあえず、落ち着こうか。もう下駄箱だし」
「デートしてくれるんですか?」
登校してきた生徒達は遠巻きに俺達をチラチラと見ていく。
まずい。このままだと昨日と同じ状況になる。
「な、何とか時間作るから。とりあえず下駄箱に行こうか」
「やったああああああああ! 愛、デートげっとおおおおおおおお!」
頼むから大声出すのやめてくれ。
あー、頭が痛い。
大胆にも愛は上機嫌で俺の腕に手を絡めてくる。
「明人さん。愛、楽しみにしてますから!」
「あはは、そ、そう? とりあえず離れてくれる?」
愛は素直に手を離してくれたが、周りからの視線は途絶えていない事を感じていた。
早くこの場から逃げ去りたい。
ようやく、下駄箱までたどり着いた。
愛とは、ここで分かれる。
俺は急ぎ上履きに履き替えて、教室へと足早に移動する。
教室に入り自分の机に行き、椅子に座ると自然とため息がこぼれた。
「おはよう、木崎君。ちょっといいかな?」
声をかけてきたのは川上と柳瀬だった。
しまった。こいつらのこと忘れてた。
「あ、ああ。おはよう。どうした?」
「昨日、千葉君から話聞いたんだけど。どういうこと?」
「ごめん。事情がわからないんだけど?」
「木崎君他にも好きな女がいるって、どういうことって聞いてるの」
「はあ?」
「あの愛里愛って子が木崎君のこと、好きなのはわかったわ。でも、木崎君に好きな人いるんだったら、諦めさせるのが普通じゃない?」
川上は興奮気味にまくし立てる。
「ちょいまった。俺、好きな子なんかいないんだけど」
「じゃあ、あの綺麗な人と仲良く夜に歩いてたのは何?」
柳瀬が強い口調で言ってくる。
「同じバイト先の人で、帰り道が一緒だから送ってるんだよ」
「じゃあ、なんで昨日抱きしめてたの?」
「――え?」
もしかして、見られてた?
そんな、あんな一瞬の出来事を、ばっちり見られるなんて偶然にも程があるだろ。
「私がコンビニに買い物行って、その帰り道に木崎君たちを見かけたの。なんか口論してるなと思ったら、木崎君、あの女の人抱きしめたじゃない」
「あ、あれは、その、罰で……」
「はあ? なんで抱きしめるのが罰なのよ。意味わかんない」
「木崎君てさ、実は、たらし?」
「明人おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお?」
通路から慌しく入ってくる太一。
援軍来た!
「お前、愛ちゃんとデートするって、マジなのかああああ?」
――相手の援軍だった。
どこで聞いてきたが知らんが、タイミング悪すぎだろ。
「お前はどっちの味方だ!」
思わず怒鳴りつける。
「え、何? それよかマジなのか?」
「あら、千葉君おはよう。あなたにも証言してもらいましょうか? 昨日、私が聞いた同じこと、もう一回言ってくれる?」
川上は検事にでもなったつもりなのか、という事は俺は被告人か?
「え。いや、俺が言ったのは、明人は今モテ期にはいってるみたいだから、よりどりみどりじゃないかって言っただけだし」
おい、それ内容もタイミングも悪すぎだろう。
「つまり!」
川上が俺を指差す。
「木崎君はモテ期に入ったことを利用して、複数の女の子と付き合おうとしているわけね?」
「違うって! 俺、誰とも付き合ってないよ」
「全員、遊びなの?」
柳瀬の突込みが入る。
ああ、駄目だ。何を言っても通じる気がしない。
「俺は付き合うなら、たった一人に絞る。ちゃらちゃらした奴と一緒にするな」
「あなたの行動と言動は矛盾しているわ!」
川上は検事ばりに矛盾を追求してくる。
「決定ね! これ以上、木崎君からの被害を増やさないように、女子ネットワーク使わせてもらうわ」
言うだけ言って、川上と柳瀬は自分達のグループに戻っていった。
――終わった。
俺の高校生活、これで終止符だ。
もう俺には、この学校で彼女作れないわ。
下手すれば、愛以外全滅かもしれん。
「明人……すまん。俺、余計なこと言った」
太一がうなだれて言う。
「いや、お前だけのせいじゃないよ。俺の日頃の行いが悪いんだ。きっと、そうだ。ははは」
乾いた笑いしか出ない。
多分、俺の背中はすすけてるだろう。
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