61 変化は突然5
午後の授業も終わり、HR。
担任からの長ったらしい連絡事項も終わった。
いつものように帰り支度をさっさと済ませる。
太一に声をかけてからバイトに行こうとした。
――が、先に太一に話しかけている女子二人がいた。
確か、川上と柳瀬だ。
前に太一に俺と美咲の事を聞いてきた子達。
あの時の話を信じているなら、俺と美咲が交際関係にあると思っているかもしれない。
「あ、木崎君。ちょうど良かった。もう直接聞くけど、あの一年の愛里愛って子と付き合ってるの?」
なんで、もうフルネームで知っているんだよ?
「いや、付き合ってないけど……」
「え、そうなの? じゃあなんで木崎君にお弁当を作ってくるの?」
食らいついてくる川上の迫力にたじろぐ俺だった。
「あの子の姉ちゃんが、明人と同じ所でバイトしてんだよ」
横から太一が助け舟をだそうと進言してくる。
「なんでそれが関係あるの?」
太一の台詞に川上と柳瀬は意味がわからないといった顔をした。
うん、俺もそう思う。
余計な説明を増やさなければならなくなる。
「あー、話すと長いんだけど。悪いけど、俺バイトあるからさ」
ここで必殺、『ごめん時間無いから説明できない』攻撃で話題から避けよう。
「えー、しょうがないか。千葉君から話聞いていいでしょ?」
俺はちらりと太一を見やると、目で『わかってるな』と念を押した。
太一もそれを察知したようだ。
小さく頷き、親指を立てた。
「ああ、そうしてくれ。悪いな。それじゃあ」
と太一らに別れをつげ、足早に教室を後にする。
太一うまいことやってくれよ。
☆
駐輪場に着くと、そこに愛がいた。
どうやら俺を待っていたようだ。
「あ、明人さん。お待ちしてました」
愛はにっこりと笑って頭を下げる。
「あれ、どうしたの? 部活やってないんだっけ?」
「愛は調理部なので、火曜と木曜の二回しかないんです」
この高校に調理部なんてあったのか。今まで知らなかった。
「途中までご一緒させてもらっていいですか?」
「あ、ああ、それは構わないけど。遠回りじゃない?」
「五分くらいしか変わりませんし、そっちの方が直接買い物もいけますから」
と、いうわけで愛と一緒に下校する事になってしまった。
朝に俺と愛の事を目撃した奴もいるのだろう。
俺達に視線を向ける奴がちらほらといた。
二人で学校を出て広い歩道の道を自転車で並走して進む。
「ふふ。こうして帰るのって嬉しいです」
愛は好きな人と一緒に帰ることは、憧れていた事の一つだったようで、随分と嬉しそうだった。
「明人さん。昨日は興奮しすぎて、変な事ばっかり言いましたけど。これからの愛を見てくださいね」
愛は可愛い表情で微笑んでいるが、その目には強い意思をしっかりと込めていた。
「う、うん」
どう答えていいか、わからなくて、曖昧な返事になってしまった。
「絶対、明人さんを愛なしでは、いられない身体にしてあげますから!」
「いや、ない。それないから」
この同行を利用して、弁当の受け渡しを目立たない場所でする事や、週末に弁当代という形で清算することを取り決めておいた。愛から特に不満は出ず、案外すんなりと受け入れてくれた。
「あの、お昼に言えなかったんですけど」
大通りの交差点で信号待ちをしている時に、愛は少し言いにくそうにいった。
「ん、なに?」
「お昼一緒に食べるのって駄目ですか?」
「愛ちゃんも友達と食べるでしょ?」
「一緒に食べてるの二人いるんですけど。行っておいでって言うんです」
「んー、どちらかというと、俺はそっちを大事にして欲しいかな」
「駄目、……ですか?」
上目遣いでうるうると見つめてくる。
愛にこの顔されると弱い。
「……週末だけってのはどう? その時にお金清算すれば一石二鳥だし」
「うは! やときたこれ! ふらぐびんびんきてますよ!」
たまにこういう状態になるけれど。
この子の本性はこっちのような気がしてならない。
「あ、でも太一がいるけど、それでもいいでしょ?」
「え、あの方もですか? ……まあ、排除すればいいだけなので大丈夫です!」
黒い、この子、黒いよ。
また一つ、愛の本性を知ったような気がする。
交差点の信号が青に変わり、また俺達は移動を開始する。
愛と一緒に雑談しながら移動。
十五分ほどの行程を進み、また、大きな交差点にたどり着く。
俺はこの信号を渡らなければならないが、愛はここを曲がって途中のスーパーに寄って帰るようだ。
「明人さん。寂しいですがここでお別れです。お弁当楽しみにしててくださいね。腕によりをかけてつくりますから。それでは、また明日」
「ああ、楽しみしとくよ。気をつけてね。それじゃあ、また」
小さく手を振り、愛はスーパーへと道を進めていった。
何度も振り返りながら。
危ないから前見てね。
愛の背中を見送っているうちに、交差点の信号が青に変わり俺も道を進める。
ここからてんやわん屋まで、それほど遠くない距離だ。
程なくして、郵便局を通り過ぎ、てんやわん屋の看板が見えてくる。
店前についたが、駐車場には一台の車もなく相変わらずの閑古鳥のようだ。
店の横に回りいつもの場所に自転車を置いて、横の入り口から鍵を開けて入る。
レジには美咲が椅子に座って店番をしていた。
俺が入ってきたことに気付いた美咲は、立ち上がって手を振る。
「あ、明人君来たねー」
「こんちわー。すぐ着替えて入りますねー」
更衣室で着替え、ロッカーに荷物をしまいレジに向かう。
レジにいる美咲は妙にニコニコしていて、椅子に座ったまま俺に振り返る。
俺が来たことで退屈な時間が終わったと思っているのだろうか。
「明人君、お話があるんだけど?」
「なんです?」
「愛ちゃんにお弁当作って貰ったって、ホント?」
「――な、なんでそれを⁉」
「どうして、そうなったのかな?」
美咲はニコニコと表情を変えずに聞いてくる。
「いや、あの、俺が頼んだわけじゃないんですけど――」
話していいものか、少し躊躇したが、学校であったことを掻い摘んで話してみた。
「――という事で、今度から弁当作ってもらうことになったんですよ」
『……ずるい』
美咲が小さく呟いた。
それは何に対しての呟きだったのか、わからなかった。
「ところで、なんでこの事知ってるんですか?」
「アリカちゃんからメールで聞いたの」
あいつめ、余計な事を……。
「お弁当美味しかった?」
「……美味しかったですよ」
「……そうなんだ?」
美咲は、ぼーっとした表情で答えたきり、黙りこんでしまった。
………………。
沈黙に耐えかねた俺は、美咲に問いかける。
「普段、食事はどうしてるんです?」
「私、料理できないから、お昼はお弁当買ったり、外で食べたりかな。家では春ちゃんが作ってくれてるし。作り置きもしてくれてるから、家でチンするだけだし……」
言うにつれて、美咲の表情が段々と暗くなっていく。
聞くの間違えたか?
「実家でも?」
「お母さんが作れないときは、姉が作ってくれてたから……。私、駄目だよね」
しまった。藪蛇だった。
「今時、料理できる女の子って、そんなに多くないでしょ?」
「そうなのかな……」
「仮に今はできなかったとしても、やればできるようになりますよ。誰だって最初はできなくて当然だし。春那さんに教わったらどうです?」
「そっか、そうだよね。春ちゃんに教えてもらえばいいんだよね」
美咲は、自分に言い聞かせるように答える。
「春ちゃんがお休みの時に教えてもらうね。私、ちょっとはできるようになりたいから」
「いいじゃないですか。前向きで」
「……あ、あのさ。も、もし私が――やっぱ、いい」
「余計に気になるでしょ。なんです?」
「あ、あの、もし私が料理したの持ってきたら、味見してくれる?」
言いにくそうにモジモジとして下を向いて呟くように言う美咲。
「そりゃあ、喜んでしますよ」
俺がそういうと、美咲は顔をパッと上げて俺の顔を見つめた。
「でも、美味しくなかったら正直に言いますよ?」
「むー、採点は甘めにお願いします」
口を尖らせて言う美咲だったが、その表情は嬉しそうだった。
「それじゃあ、上達しないでしょ?」
俺は笑って答えると、
「ふふ。そうだね」
美咲も笑って答えた。
いつもの美咲に戻ったような感じがした。
美咲は、椅子に座ったまま、くるりと背中を向けると独り言を呟いた。
「ふふふ。実験体も手に入れたことだし、私が完全体になる日が近いわね」
すいません。実験体って俺のことですか?
それに完全体って、意味がわからないんですけど?
また、俺の方にくるりと向きを変えると、
「さて、それでは――罰です。ハグしなさい!」
両手を広げて訴える美咲。
「何の罰か、全くわかりませんけど?」
「む、座ってたらハグしづらいか、はい、どうぞ」
そう言って、椅子から立ち上がり両手を広げる。
「いや、話聞いてる? 誰もそう言ってないから!」
「明人君はわがままだな~」
そう言うと、俺に背中を向けて、
「後ろからがいいなんて。少し恥ずかしい……」
美咲は身体を自分の両腕で抱くようにして言った。
「誰も言ってねええええええええええええ!」
やっぱり美咲は美咲で、いつもの美咲だった。
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