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帰路  作者: まるだまる
61/406

60 変化は突然4

 昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴る。

 俺達はそれぞれの教室へと向かった。

 教室に向かう通路で太一は何やら考えている様子。


「太一どした?」

「いや、愛ちゃん可愛かったなーと」


 太一にしては珍しく、歯に物が挟まったような言い回しだ。


「なんだよ?」

「いや、マジでなんもないって」

 なんだか、太一の様子がおかしい。

 無理に聞いても嫌がるだろうと思い追求はしなかった。


 俺達が教室に入ると、まだ席についてない女子グループが俺らに注目してくる。

 注目したかと思うとニヤニヤして、何か話し合うと騒がしい奇声を上げた。

 席に移動中の俺に対し男女問わず色々な感情の視線を感じるのは、気のせいだと思いたい。


 午後の本鈴が鳴り響き、クラスのみんながそれぞれ席に着き始める。

 午後一は数学授業。

 数学担当の坂本先生が教室に入ってきた。


 うちのクラスの数学担当、坂本亜紀さかもとあき

 二十九歳、独身。

 二年E組の担任であり、放送部の顧問である。

 陽気で明るく、生徒からも男女問わず慕われている。

 昨年、文化祭では教師代表で歌を披露していたのだが、人気投票一位を獲得したという逸話をもつ人物でもある。

 ちなみに俺が一年の時の担任でもある。


「起立、礼」


 教師と生徒の授業開始のご挨拶。

 日直の号令に従いお互い頭を軽く下げる。


「やあ、みんな、ご飯も食べて眠たいだろうけど。私の授業で寝たら、もったいないから、次の授業で寝てね。はい、座って」


「先生、そんなこと言ったら他の先生にまた怒られますよ?」


 目の前にいる女子が座りながら親切心で言う。


「だいじょぶ、だいじょぶ。他の先生なんか怖くない。それよりも、GW開けのテストで赤点取らないでね?」

 おどけて返した後、鋭い目で教室を見回す坂本先生。


「お願いだから赤点大量発生だけはやめて。私、教頭先生にすっごい怒られちゃうから」

 情けない顔で、みんなにペコペコと懇願する。

 教頭先生は怖いのか、坂本先生。


「あ、そういえば、木崎」

 坂本先生はひょいと頭を上げると、俺に顔を向ける。


「はい?」

「君が朝、衆人環視の中でラブラブイベントしたっていうのは、ホント?」

「ぶっ!」

 思わず吹き出す俺。


 いや、あなた教師なんだから、そういうこと、みんなの前で普通聞かないだろ。


「いや~、教員室にも話が入ってきてね。他のクラスに行ったときにも聞いたから、これはぜひ本人に聞かねばと思ってね。君が一年の時の担任としては気になるのよ」


 教室内の視線が俺に集まる。


「と、とりあえずノーコメントで」


 教室内の空気が不満の色に変わるのを感じた。

 坂本先生もどうやら同じように不満顔だ。


「木崎、私は残念よ。去年から一年間一緒に過ごしてきた事を思い出して! 私と君の信頼関係はそんなものだったの? 白状して、私のゴシップ好きの欲望を満たしなさい!」


 おい、元担任。


 今、その信頼関係を裏切ってるのは貴様の方だぞ?

 しかも、自分の欲望を満たせといったな?

 自分が知りたいだけだろ!


 周りの空気が、段々と期待に変わっていくのが感じられる。

 ちらりと太一を見ると、あきらめろとばかりに首を横に振っていた。 


 つかつかと坂本先生が俺の席に寄ってくる。


「さあ、木崎。平凡な独身生活を送る私に何が起きたか、教えてもらいましょうか?」

 いや、ちょっと、それ、やっかみ入っていませんか?

 坂本先生の目の奥に鈍い光が放っているのは、気のせいと思いたい。


「さあ、木崎。心を開くのよ。先生に言ってごらんなさい。すーっとするわよ?」

 もはや、教師としての自覚がないようだ。

 この人がなぜ独身なのかわかったような気がする。


「――あ」

 誰かの小さな声がした。


「さあ、木崎。ラブラブイベントって何が起きたの?」

 坂本先生は気にもせず、俺の机に手をバンと置き、ずずいと顔を寄せ聞いてくる。


「あ~、坂本先生、ちょっといいかね?」


「今、尋問中よ。後にして!」

 坂本先生は鋭い眼光で、声がした方向をキッと睨みつけながら叫ぶ。

 睨みつけた相手の顔を見るや否や、顔が青ざめ開いた口が開いたままだった。


 そこに立っていたのは、我が清和台高校の教頭、向井教頭だった。


「げ? バーコー……教頭先生、何故ここに?」

 今、バーコードって言いかけなかったか?

 確かに教頭の頭はそんな感じだけど。


「坂本先生ちょっと、よろしいかな? ちょっと通路に」

「は、はい……」

 教頭に促され青ざめた表情のまま通路に出る坂本先生。

 シーンとした教室に、通路から聞こえてくる教頭の説教と謝る坂本先生の声。


『坂本先生、君は授業中に何をしているのかね?』

『――はい、すいません』

『一体、君は教師になって何年経つと思っているんですか?』

『――はい、すいません』

『いくら前の担任とはいえ、生徒にもプライバシーがあるんですよ。わかってます?』

『――はい、わかってます。すいません』

『すいませんと言えばいいと思っていませんか?』

『――はい、すいません』


 いや、今のは『はい、すいません』って言ったら、駄目だろ?


『……後でじっくりお話させてもらいます。授業に戻ってください』

『……はい、すいません』  


 教室に戻って来た坂本先生は目に涙をためて、見るからに落ち込んでいた。


「……ぐすっ。では、授業を始めます。教科書の、ぐすっ、十八ページ」


 二十九歳。華の独身。鼻をすすりながら授業をする可哀想な教師である。 


 自業自得な部分はあるが、この後のことを考えると可哀想だと思える。

 坂本先生は精神的ダメージを受けたのか授業の終わりまで落ち込んでいた。

 五時限目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

「では、今日はここまで。……教員室戻りたくないな~、はあ」

「起立!」


 日直の女子が号令をかける。


「あ~、いいよ。そのままで……はあ」

 ため息をついて、頭をがっくりと下げ、ふらふらと教室から出て行く。

 入り口の付近で立ち止まり、俺の方を見るとちょいちょいと手招きした。

 嫌な予感しかしないが、一応坂本先生の所に行ってみる。


「マジで何があったの? 気になって眠れなくなるから端的にでも教えて」

「……手作り弁当を一年の女子からもらったんです」

「木崎、君もリア充か……。また私の同士が減ったよ。……じゃあ、ありがと」

 坂本先生はフラフラしながら教員室へと帰っていった。


 その背中は、敗残兵のような意気消沈とした背中だった。


 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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