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帰路  作者: まるだまる
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59 変化は突然3

 予鈴が鳴り教室に戻った俺達を待っていたのは、好奇に満ちた視線だった。

 噂はどうやらクラス中に伝わっているようである。

 俺達は何事もなかったかのように自分の席に座る。

 自分自身どういう態度をとっていいかわからない。


 担任が教室に入ってきて、朝のHRが始まる。

 出席を確認した後、連絡事項を伝えると担任は早々と教室を出て行った。


 午前の授業中、中休みを問わず、俺に対する視線や噂話が息巻いているようだ。

 ちらちらと何度か見られることが多かったから間違いないだろう。


 四時限目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

 それと同時に何人かが俺の方へ視線を向ける。


 俺は教室では食べずに、太一を引き連れてを教室を離れることにした。

 太一と相談した結果、天気もいいので外で食べることにした。

 体育館脇に移動。

 周りから目立たない木陰があり、ここで食事をすることにした。

 太一は購買でパンを購入して、俺に付き合ってくれた。


「悪いな。付きあわせちまって」

「いや、それはかまわないけどさ。ところで弁当は?」

 太一はそう言うと、買ってきた焼きそばパンにかぶりつく。


 俺は鞄から弁当の包みを出して、開けると俺は固まってしまった。

 ご飯の上に、『愛』と漢字の海苔がででんと乗せてあった。

 これ作るのにどれだけ時間かかったんだろうか?

 器用すぎるだろ。


「なあ、これどういう意味だと思う?」

 太一に弁当を見せながら聞いてみた。

「愛ちゃんだと思って食べてください的な?」

 ご飯のどこに箸を入れていいか、とても悩むんですけど……。


 おかずは、から揚げと卵焼き、ウインナー、ポテトサラダに色付けのパセリ。

 彩りもおかしくなく普通に美味しそうだった。

 量的にいうと少し物足りない感じがするが、ありがたくいただく事にした。


 まずは、から揚げを箸でつかむ。

 見た感じからいうと、から揚げ粉をまぶして揚げたように見えない。

 狐色に仕上がったから揚げを口に含む。


「――美味い」


 ちゃんと料理の本でもみて作ったのだろうか。

 油っぽくなく、肉も歯ごたえ柔らかく、旨みもしっかり残している。

 作ってから時間はたっているはずなのに、美味い。

 下味の塩胡椒が時折ぴりっと舌に触れ、隠し味だろう醤油の風味も感じた。


「え、マジで? ちょっと俺にもくれよ」


 太一に弁当を差し出すと、指でから揚げをつかみ口に放り込む。


「――うわ、マジでこれ美味い!」


 太一は羨ましそうに弁当を見つめ、もっとよこせというような目をしていた。


「俺の分無くなったら困る」


 そう言って太一から弁当を取り上げると、次に卵焼きを食べてみた。

 卵焼きはほんのり甘く、これまた美味しかった。

 箸がどんどんと進み、気がつけば全部平らげてしまっていた。


「いや、美味かった。久々の弁当だったけど。いいなー、やっぱ」

 太一に購買で買ってきてもらったペットボトルのお茶を飲み、一息つける。

 愛の作った弁当は美味いの一言に尽きるものだった。

 愛は結婚してもいい奥さんになれそうだ。


「これ、愛ちゃん自分で作ったのかな?」

 太一が空になった弁当箱を指差して言う。


「んー、確かにうますぎる。少しは手伝ってもらったかもな」

「詰めただけだったりして」 

 失礼な物言いをする太一だった。


「――ちゃんと作りましたけど?」


 突然、現れた愛に驚く俺と太一。


「探しましたよー。あ、もう食べてくれたんですね。どうでした?」 

「え、あ、美味しかったよ。愛ちゃん料理うまいんだね。正直驚いた」

「明人さんのお口にあって、愛、嬉しいです。あ、お弁当箱もらいますね」

 嬉しそうにちょこんと俺の横にしゃがみ、空になった弁当箱を手にした。


「明日も作ってくるんで、また食べてもらっていいですか?」

「え、いや。気持ちは嬉しいんだけど。悪いからいいよ。お金だってかかっちゃうだろ」


 俺がそう言うと、愛はふふっと笑った。


「大丈夫ですよ? 家では、愛がいつも家族の分もお弁当作ってますし、明人さんの分くらい増えても知れてます」

 愛はそのまま俺の横に腰を落とし、持ってきた小さな鞄に手にした弁当箱を入れた。


 愛の話によると、『和洋中なんでも、かもかもです』と自信たっぷりな感じだ。


 愛里家の両親は自営業を営んでおり、夫婦共働きのため食事は愛が作っているそうだ。

 アリカがバイトを始めてからは一人で留守番が多く、料理を色々研究しているらしい。

 愛の父親が味にはうるさいようで、それなりに鍛え上げられた自負はあるらしい。

 

「最初は中学の時ですね。香ちゃんと一緒に教わったんです」


 愛の才能を感じた母親からお願いされて、台所を任されているらしい。

 アリカの料理の腕はと聞いたところ、本人に悪いので言えないと、暗黙の回答が出てきた。


「愛、恥ずかしいけど、香ちゃんと違って他の事なにもできないんですよ。頭も良くないし、運動音痴だし、泳げないし、常識知らないし。でも、料理だったら自信があるんです」


 自嘲して言う愛の表情は少し辛そうな顔に見えたが、最後は本当に自信に満ちた目をしていた。

 きっと愛の言ってることは事実なのだろう。


「……明人さんのお弁当、作ってきたら食べてくれますか?」


「明人。こうまで言われたんじゃ断れないだろ」

 太一は愛の言葉に心打たれたのか、愛を援護した。


「……だよな。ありがとう。でも、お金は出させてくれないかな? 知れているといっても少しはかかるだろうから」

「ありがとうございます」


 愛は満面の笑みを浮かべて言った。

 だが、不意に顔が曇る。


「…………あの、お金なんですけど。どう計算したらいいでしょうか?」

 愛が泣きそうな顔をして呟いた。


「ここの学食基準にしちゃえば? 日替わり定食四百円だろ。明人、いつもそれ食ってるし。一日辺り四百円」

 太一の提案はわかりやすかったようで、愛も理解したようだ。


「でもそれだと、逆に貰いすぎになるんですけど?」

「だったら、もうちょっとお弁当の量増やしてもらっていいかな? うまかったからもう少し食べたかったんだ。それでどう?」


 俺が提案すると、愛は満面の笑みを浮かべて「はい!」と返事した。

 どうやら、これで日替わり定食とはおさらばだ。

 まあ、愛の美味しい弁当と比べたら、別れは惜しくない。


「あ、お金の代わりに身体で払うっていうのも、愛的にはありです。私とでーと。おお、これいい! 愛べすとちょいす! 愛的に一番のお奨めですが、いかがでしょう?」


 日替わり定食がとても恋しくなった瞬間だった。


 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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