5 てんやわん屋2
「オーナーの甥っ子さんからの紹介でしょ?」
甥っ子? あいつ知り合いって言ってたじゃねーか……なんでまた知り合いなんて? 疑問は残るものの千葉本人がいないので聞きようもない。
「面接もしないで採用って……」
「甥っ子さんから、色々聞いた上で採用したんでしょ。当然、人柄とかね」
……やられた。
千葉のやろう……絶対、俺がびびると思って仕組んだな。
あいつの仕掛けた罠にまんまと引っかかるとは……。
「……あの……藤原さん」
「あー、私のことは『みさき』って名前で呼んでくれるかな?」
「え? 無理」
素で返してしまった。無理だ無理!
俺、今まで名前で呼び合ったことなんて無いよ。
「えー!? 私苗字で呼ばれると親しくないみたいでやなのー」
いわゆるブリッコちゃんスタイルでイヤイヤと体をゆする。
「まだ親しくないし!」
思わず突っ込んでしまう。俺の突っ込みを聞いて藤原さんは目を丸くする。しまった。思わずタメ口を使ってしまった。
「んっふっふ~。いい反応ね。見込んだとおりだね」
いやいやいやいや! ちょいあなた! 『そんな極上かもネギ見つけた!』みたいな顔しないで下さい。
「それにオーナーも藤原よ?」
「はい?」
「藤原」
何故か言い直す藤原さん。
「親子?」
「ちがう。次、同じこと言ったら殴るよ?」
そこは否定するのか。
「たまたま?」
「えーそうね。明人君気をつけてね、なんかセクハラぽい」
「誰もそんな事いってねぇ!」
って、なんでもう俺の名前呼んでんだよ。
いかん……。
この人登場は普通だったけど、もしかしたらオーナーより、最悪かもしれない。綺麗な顔してるのに……本当に綺麗だ。思わず視線が捕らわれてしまう。
「もしオーナーがいるときに藤原さんって言ったら、オーナーが『……何だ?』って言うよ?」
そんな目つきをきつくして、ためる話し方まで真似して言わんでいい。
「そん時に女性の方のって言いますよ」
「その時は私は返事しないよ」
「それ駄目だろ!」
「……名前で呼ばなきゃ返事しないよ?」
頬を軽く膨らませながら横を向くが、そんな顔でも様になってるから不思議だ。
「わ、わかりました。……み、美咲さん?」
うわ、恥ずかしい。これでいいかよ。
「私みみさきさんじゃないわよ?」
藤原さんはギロリと俺を睨みつけて言う。
「わかってるわい!」
やばい……これ千葉の十倍は疲れる。このままでは精神疲労度が増すばかりだ。
「美咲さん!」
「はい何でしょう? 明人君」
ニコニコしながら答える顔に、また心臓が踊る。
「あのさっきの抽選って?」
「あー、あれね、私もやられた」
「オーナーは表とか言ってたけど……」
「明人君は私と一緒で表の店で店子をするの」
「裏は何するんですか?」
「裏はね、買い取りがメインだね」
「そこに落ちてる鍵が表屋の鍵よ」
美咲さんの指先にはオーナーが落としていった鍵。鍵には三日月のキーホルダーがついている。
「その鍵で表屋横の出入り口から入れるわ」
なるほど、従業員用の鍵を抽選で選んで、それが勤務先か。
「えと、とりあえずシフトとか教えてください」
「うちシフトないよ?」
「へ?」
「オーナー変わってるからね、来たい時に来いって人なの」
「毎日来てもいいんですか?」
「私はほぼ毎日だよ?」
「それって……」
毎日勤務できるなら、俺にとっては嬉しいけど、この人と毎日顔合わせるのか?
…………………………もつか?
「何か今――嫌そうな顔しなかった?」
うおっ、気づかれた?
「まあ、いいや。営業時間はお昼十二時から夜十時までだよ」
セーフセーフ。よかった。突っ込まれなくて。
「開くの遅いんですね」
「オーナーの道楽だからね」
「道楽?」
「ええ、そうなの。このお店はオーナーの道楽でやってるお店なの。利益なんてほとんどないわね。店員の私が言うんだもの、間違いないよ」
それだと、この店潰れるんじゃないか?
「ああ大丈夫よ。オーナー金持ちだから」
美咲さんは俺が不安そうな顔をしているのに気づいたようで、説明してくれた。しかし、金持ちの道楽と聞くと嫌な気分にはなる。が、それはそれで、俺をちゃんと雇ってバイト代をくれるなら文句は言わない。
「条件いいからバイト希望者多いですよね?」
「希望者なんていないよ? だって、募集してないもん」
「え、んじゃ――俺はどうして?」
「甥っ子さんの頼みだからかな? まあ、私も人から紹介してもらった口だけど」
美咲さんはくるりと背中を向けて店のほうを指差す。
「ここで立ち話もなんだから中にいこ?」
普通にしてたらやっぱ綺麗な人だ。ついつい見とれてしまう。
美咲さんは、表屋と呼ばれた店の入り口に立つと振り返り、まるで映画のワンシーンのように手を上げながら、仰々しくまるでどこかの執事様みたいにぺこりとしながら言った。
「ようこそ! 『てんやわん屋』へ。歓迎するよ明人君」
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