58 変化は突然2
学校に着き駐輪場に向かうと、そこに愛がいた。
キョロキョロとしていたが、俺の姿を見つけると嬉しそうに近付いてきた。
「おはようございます、明人さん。思ったより早く来るんですね」
笑顔で挨拶を送ってくる。
いつから待っていたのだろうか。
「おはよう。随分と早いね」
「明人さん、いつ来るかわかんないから、早めに来たんです」
ふふっと笑う愛。
いじらしい事を言われると、ドキッとする。
「待たせてごめんね。大体この時間が多いんだよ」
「そうなんですか。覚えときます。あ、昨日はすいませんでした」
急に愛が謝ってくるので驚いた。
「え? 何が?」
「昨日、愛ちょっと興奮しちゃって。明人さんに迷惑かけたんじゃないかと思いまして」
いや、迷惑ってわけではないんだけど。
俺がどう対応していいか分からなかっただけだ。
「んー、愛ちゃんが気にするほど、俺は気にしてないよ」
そう言うと、愛はほっとした顔で「良かった」と呟いた。
昨日と打って変わった態度に正直驚きを隠せないが、しおらしい愛は普通に可愛いく見える。
とりあえず自転車を置いて、二人並んで下駄箱に向かうことにした。
並んで歩く愛が、顎先に指を置いて何やら考えている。
「あの、明人さん……」
「ん? なに?」
「明人さんは今の呼ばれ方のほうがいいですか?」
「え? ごめん。意味がわかんない」
「明人さんっていうのと、先輩っていうのと、だーりんっていうの、どれがいいですか? 愛的には、三番目が非常にお奨めなんですが」
………………。
愛が真剣な表情で聞いてきている様子から、これはマジで聞いてきているのだろう。
「『明人さん』も、確かにいいんですけど。『先輩』っていうのも萌えるんですけど。でも、やっぱり愛的には『だーりん』でいきたいなと、昨日べっどで考えたわけですよ」
「今のままでお願いします」
俺の気のせいだった。
全然打って変わってない。
「えー、そうなんですかー? 明人さんが言うなら仕方ないですね。あ、ちなみに愛のことは、ちゃんづけで呼ばずに『愛』と呼んでください」
「それは無理」
「えー、香ちゃんはアリカって呼んでるじゃないですか?」
俺が即答すると、がっかりした顔をして抗議してきた。
「あいつのはあだ名だろ?」
「むー。明人さんは馬の耳に南無阿弥陀仏なんですね」
うーん。非常に惜しい所を違う角度で外してる。
わざとなら稀に見る感性の持ち主だ。
「でも、そんな明人さんでも……愛が救ってみせます!」
俺、救われちゃうの?
「いやいや、そんな大げさに考えなくても大丈夫だから」
何か会話が噛み合っていないように思える。
気がつけば下駄箱のある玄関。
ここで俺と愛は分かれることになる。
「あ、あの、お昼休みうかがってもいいですか?」
「あー、俺、お昼学食だから、そっちにいるかも。愛ちゃんも友達と食べるでしょ?」
「えと、じゃあ……これ、よかったら食べてください!」
愛は鞄から弁当と思わしき包みを出すと、俺に差し出した。
もう一度いおう。ここは下駄箱のところだ。
登校してきた生徒が俺達以外にもたくさんいる。
つまり、衆人環視の中、女子生徒が男子生徒にお手製弁当を手渡すイベントが発生したのである。
男子からは、嫉妬や怨嗟にも似た視線を浴び、女子からは事の成り行きを期待するような視線が浴びせられる。
……これ、受け取らなかったら、愛は恥をかく事になって、俺が大悪人だよな?
「あ、ありがとう」
俺は愛から弁当を受け取った。
その瞬間、下駄箱の周囲は、ざわざわと騒がしくなる。
どこかの女子の団体は『キャー、やったー』と奇声をあげて走り去ってしまった。
愛はぺこりと頭を下げた後,自分の下駄箱に靴を履き替えにいった。
俺も自分の下駄箱で靴を履き替える。
視界の隅で愛が友達らしき子にブイサインを送っていた。
俺は自分の鞄に弁当を入れ、そそくさと自分のクラスまで移動する事にした。
移動中、常に誰かの視線があるような気がしていた。
廊下で女子が固まっていたので避けて通ると、俺が通り過ぎた途端、
「今の人!」
「マジ?」
「マジだって、私見てたんだから」
後ろから俺の耳に十分届く声量での噂話。
まずい。まずいぞこれは。
足を速めて、さっさとクラスに入ると、いつもと違う視線を感じた。
すでに、ここにも情報が伝わってしまっているのか?
クラスメイトの数人が俺の姿を見るなり、ヒソヒソと会話を始める。
うわ、怖い。まだ五分も経ってないのに伝わっているのか?
それとも、俺が疑心暗鬼にかかって、そう見えるだけなのだろうか。
自分の荷物を机に降ろし、何事も無かったかのように椅子に座る。
取り乱せば余計に目立つ気がしたからだ。
実際はかなり動揺している。
登校してきたクラスメイトがいつもの仲良しグループに参加した途端、ざわめきが大きくなる。
そのグループの視線は俺に向けられる。
俺がそっちに視線を向けると、『見てませんよ~』といったような感じで視線を逸らす。
……この感じだと伝わってるぽいな。
これは太一が来たら相談せねば……。
廊下から勢いよく走る足音が響いて来る。
「明人! お前、愛ちゃんからお手製弁当もらったってマジか?」
教室に入ってくるなり、大声で叫ぶ我が親友太一。
縁を切らせてもらってもいいか?
俺はすぐさま立ち上がり、太一の腕を取って教室から離れる。
事の経緯を話すと、太一は羨ましそうな顔と妬ましそうな顔をあわせたような複雑な表情を浮かべていた。
「これ、学校中に伝わってるよな?」
「明人……もうこれで、公認の彼女ができたも同じだぞ?」
二人揃ってため息が零れた。
「俺、どうなるんだ?」
「そんなの知るかよ」
……俺の学校生活ホントにどうなるんだろ?
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。