56 歓迎親睦会編16
アリカ達を見送ったあと、二人でいつものように帰路へと向かう。
自転車を押しながら、左側にいる美咲の歩調にあわせてゆっくりと歩く。
郵便局の前までは、お互い黙ったまま、てくてくと道を進めた。
ちらりと横目に美咲を見ると、何やら考えているような感じがした。
時々、自分の拳をぎゅっと握ったかと思うと、すぐに肩を落として拳をほどく。
何か言おうとしているけれど、決心がついていないようだった。
「楽しかったですねー」
気を使ったわけではないが、きっかけになるだろうと美咲に話かける。
「そうだねー。あ……」
美咲は返事をしたかと思うと、急に黙り込む。
まだ、口に出すのを悩んでいるようだ。
「どうしたんです?」
「……あ、あのさ。愛ちゃん、積極的だったじゃない? ……どう思った?」
伏目がちにぼそぼそと呟く。
「んー、好意自体は嬉しいけど。でも、それでいきなり付き合うとかはないです。俺も愛ちゃんもお互いのこと知りませんし。俺が愛ちゃんのこと知って、それで好きになれば話は別ですけどね」
似たようなことを太一にも聞かれたが、これは変わらない。
「……でも、愛ちゃんのこと嫌じゃないでしょ?」
「それはそうですね。あんな態度取られたの初めてだから、対応がわからないってのもありますけど。好きでも、嫌いでもないから……普通?」
自分で言っていて、よくわからない。
普通って何だ?
確かに嫌いじゃない。
愛の行動だって、困るけど嫌な気分にはならない。
愛を見ても可愛い顔だし、スタイルだって悪くない。
むしろ、あの巨乳は……頭を振って雑念を追い払う。
美咲が怪訝そうな顔で俺を見ているが、気にしないでおこう。
「愛ちゃんが聞いたら、ショック受けそうだね。でも……まあ……」
美咲は言葉を濁したまま、また黙り込む。
次の言葉を発するのを待っていると、空気が変わったような気がした。
何故だろう。背中がゾクゾクする。
美咲の背後にゆらゆらと黒い炎が見えてきている。
『ゴゴゴゴゴゴゴゴ』という効果音がとても似合いそうな雰囲気だ。
「……思い出した」
ボソッと言って、美咲は俺をぎろっと睨んでくる。
「え?」
「まだ、私の質問に答えてない。なんで、春ちゃんとあんなことしてたの?」
まだ根に持ってた?
「謝ったじゃないですか? それに、それは春那さんに聞いてくださいよ!」
「明人君なにも抵抗してなかったじゃない。むしろ喜んでたでしょ!」
はい、確かに喜んでました。あそこは俺のベストプレイスです。
いやいやいや、肯定してる場合じゃない。
「どうしていいか分からなくて、固まってただけですよ」
「ほんとに~?」
どうしていいか、本当にわからなかったのは事実だ。
夢見心地にはなっていたけれども……あれは本当に気持ちよかった……。
「ほ、ん、と、に?」
ずずいっと寄ってきて、俺の顔を睨みながら袖を引っ張る美咲。
疑念の目をぶつけてくる美咲に、言葉が出なくてこくこくと頷き返す。
「あ、そういや、美咲も俺の質問に答えてない」
「ふえ?」
俺が言うと、美咲はびっくりした顔をして、ぱっと袖から手を離す。
「俺が、あれってヤキモチって聞いたのに答えてない」
「や、ヤキモチじゃないよ。デレデレしてたお仕置きだもん!」
頬が染めたまま美咲は目を逸らした。
「ほんとに?」
今度は俺が聞いてみた。
「……あの、えっと……やっぱり、ちょっとヤキモチ、焼いちゃったかも……」
美咲は俯いて口元をムニュムニュとさせながら、小さく呟いた。
指先をちょんちょんと合わせながら呟く美咲の姿が、やけに可愛く見えた。
俺の心臓がドクンと音を立てて、鼓動が速まっていく。
月の光に照らされた美咲の赤らんだ顔が俺を見つめる。
……これって、やっぱり、美咲は俺の事が好――。
「あんな可愛い子にベタベタされるなんて、羨ましすぎる!」
――はい、俺の勘違いでした。
「愛ちゃん、凄い可愛いのに、明人君にばっかりで嫉妬しちゃう」
「はは……それは、俺に言われても」
乾いた笑いと引きつった顔しか出なかった。
帰路へと続く道で、美咲と今日の出来事を振り返り話し続けた。
俺と美咲、アリカの三人で話したこと。
愛里愛のこと。
立花さんのサプライズプロポーズのこと。
裕美さんや奈津美さんのこと。
男四人の熱い戦い(?)のこと。
店長の家族のことと、話題に尽きることがなかった。
「そういえばですよ。店長も店長の家族の方も、涼子さんのこと知ってたんですよね」
「涼子さんって、太一君のお母さんよね。少し話したけど、面白い人だよね」
美咲と涼子さんのやり取りを見てみたい気に駆られる。
ふわふわ感が強そうだ。
「なんか、店長の奥さんもお世話になったって、涼子さんに言っててですね」
「へー、気になるね」
「涼子さんも直接会うのは四年振りとか言ってたし」
「あれ? 確か、店長はうちに来て四年目のはずだよ」
「え? 店長って、まだ四年目だったんですか?」
驚いて言うと、美咲は頷いて続けた。
「私も、春ちゃんに聞いたことなんだけど――」
美咲が言うには、てんやわん屋で一番古いのは先代の店長の高槻さん。
高槻さんが先代の店長やってたんだ?
今の店長が来てから、高槻さん自身が店長職を譲ったそうだ。
元々、店長職よりも現場を好んでいた高槻さんにとっては、いい話だったようである。
その次に古いのが、立花さん、その次が前島さんらしい。
立花さんはオーナーが、前島さんは高槻さんが連れて来て、てんやわん屋入りしたそうだ。
二人の前職については、美咲も聞いたことがないらしい。
てんやわん屋自体が、まだ六年ほどしか経っていないそうだ。
「転職して、うちの店長ってことですよね。その時に涼子さんと会ったのかな?」
「そうじゃないかなー? 店長の前の仕事は、私は聞いたことないよ」
美咲がそう答えた時、美咲の家のすぐ近くまで来ていた。
「あら、もう着いちゃった。最近、この帰り道早いのよねー」
と言って、ちらりと俺を見る。
「俺もそう思いますよ。美咲と一緒にいるからかも」
美咲の顔がぼっと真っ赤になる。
瞬間湯沸かし器みたいだ。
「そ、そそそ、そういう言い方されると照れるんだけど……」
もにゅもにゅと口を動かして呟く美咲。
「一人だと変なこと考えるからね」
俺はその言葉を美咲に対していったのか、自分でもよくわからなかった。
「明人君?」
美咲も今の俺の言い方を怪訝に思ったのか、じっと見てくる。
「あ、いや、ストッパーいないと妄想止まらないじゃないですか」
「明人君、それ最低なセリフだよ?」
美咲には誤魔化せたようで、笑って返してくれた。
「んじゃ、ここで。明人君おやすみなさい。また明日」
「はい。おやすみなさい。また明日」
手を振って、三階に向かう美咲を見送る。
部屋の扉が閉まる音がした後、部屋の明かりが点く。
上を見上げると、窓辺には美咲の姿があった。
窓から小さく手を振って、見送ってくれている。
俺はそれに答えて手を振り返すと、帰路へと足を向けた。
今日一日、色々なことがあった。
濃い一日だったと言っても過言ではない。
それなのに一歩ずつ進むたびに陰鬱な空気がへばりついてくる。
楽しかった時間が大きければ大きいほど、この反動が大きい。
たまにすれ違う人から見たら、俺はどう映っているんだろうか。
月の光は太陽の光を反射して、俺達の世界を照らし続ける。
その光は遮るものさえなければ、明るい夜の世界のはずだ。
なのに、俺の周りには見えない遮るものがいるような気がする。
一人の時間は嫌いだ。こうやって、考えてしまうから。
ふと気付いた時には、自分の家が見えていた。
母親の車が駐車してあるということは、今は家にいるのだろう。
駐車場の脇に自転車を止めて、家の玄関に向かい、鍵を開けて入る。
「ただいま」
………………。
返事など来るはずがないのに、また、言ってしまった。
リビングから人の気配はしない。
母親の靴が玄関に置いてあるから、家にはいるのだろう。
俺はそのまま二階に上がり、自分の部屋へ入った。
途中、母親の部屋から人の気配がした。
やはり自分の部屋にこもっているようだった。
シャワーを済ませた後、自分の部屋に戻ってPCの電源入れた。
学校で聞いたゲームの話や、歌手の話をもとにウィキペディアとかで調べる。
バイト生活ばっかりしていると、世間話についていけなくなることが多い。
それを補うために、時間があるときにネットで調べることにしていた。
少しして、携帯の充電のことを思い出した俺は、鞄から携帯を取り出す。
チッカチッカとLEDが点滅していた。
メールのようだ。
メール件数……三件、心当たりがある三人の顔が浮かんでいた。
送信者は、愛里愛、太一、最後の一人は美咲だと思ったら、アリカだった。
太一はわかる。
こういう時は必ずと言っていいほどメールをしてくるからだ。
愛もわかる。
アドレス交換した時に早速どうのこうのと言っていたから。
アリカは?
愛から順番に見ていくと、
タイトルは、『ご挨拶』だった。
『今日は明人さんとの再会記念日となりました。思えば~長すぎるので途中省略~これからオラオラオラオラといきますので、よろしくお願いします。あなたの愛より│(謎の絵文字つき)』
絶対ジョジョ全巻持ってるだろうなーと思いつつ、色気も何もない返信をしておく。
『これからよろしく。ウリリィは言わないからな。おやすみなさい』
よし、これならばいいだろう。
味気なさ過ぎのような気がするが、まあいいか。
太一のメール見ると、相変わらずの返事無用と書かれたタイトルに少し笑ってしまう。
愛のことがやたらと書いてあったが、楽しかったぞ、という内容だった。
最後のアリカのメールを見ると、着信は十分ほど前だった。
タイトルは無く、『愛が色々とゴメン。それだけ、おやすみ』と短い文章だった。
アリカらしくて笑いが出てきた。
『気にしてないよ。おやすみ』
と、俺も短く返信しておく。
少しだけ気分が晴れた感じがした。
今のうちに寝てしまおう。
明日からまた学校。今度の木曜からGW突入だ。
今日の楽しかったことを胸にベッドに潜りこんだ。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。