50 歓迎親睦会編10
テーブルに何度か皿が運ばれてきて、一段落がついた頃。
「前島、立花。そろそろ、お前らも食うほうに回れ。俺とかかあで代わるからよ」
高槻さんが二人に言うと、二人は頭を下げてテーブルに移動してきた。
涼子さんが、いつの間にかオーナーの横に移動して話していた。
強面とはいえ、実の兄だからか、オーナーの肩をバシバシ叩きながら楽しそうに話している。
叩かれているオーナーも苦笑いのような表情を浮かべているが、顔は緩んでいるようにも見える。
店長はベンチ型の椅子に家族と座って話している。
店長の表情が、いつもの薄ら笑いより、柔らかい笑顔になっているのが、印象深かった。
やはり、家族と過ごす時間が楽しいのだろう。
高槻夫妻に代わってもらった前島さんと立花さんは、それぞれ奈津美さんと裕美さんの横に行くと、椅子に座って、タオルで汗をぬぐっていた。ずっと焼き当番をしてくれていたから暑かっただろう。
「悟、お疲れさん」と言って、奈津美さんは前島さんにビールを手渡す。
「ありがとよ」と言って、嬉しそうに笑う前島さん。
奈津美さんが前島さんに近寄り、なにやら耳打ちすると、前島さんは顔を赤くする。
奈津美さんが何を言ったか気になるところだ。
「見せつけんの止めてよねー。一緒に暮らしてるからってさー」
奈津美さんをツンツンと肘で突きながら裕美さんが言う。
その横で立花さんは、裕美さんから受け取った取り皿の肉を黙々と食べていた。
「あんたらも、はよ一緒に住んだらええやんか。悪いもんちゃうよ」
奈津美さんの一言が耳に聞こえたのか高槻さんが反応した。
「お? 裕美。そんな話進めてるのか?」
「もう、お父さん! 人の話に聞耳立てないでよ!」
「俺に言いたいことがあるなら、いつでも言ってこいって言ってるだろ」
高槻さんの言葉に裕美さんは、少しドキッとしたように、立花さんに視線を移す。
視線を受け止めた立花さんはこくっと頷いて、親指を立て自分自身に向ける。
立花さんは持っていた皿をテーブルに置くと、高槻夫妻の所に歩み寄る。
その後ろを裕美さんが緊張した顔つきでついていっていた。
その緊張が伝わったのか、二人の行動をみなが注目しはじめた。
「高槻さん。この後で言おうと思ってたんですけど」
立花さんは動じていないのか、肝っ玉が強いのか、普段と変わらない感じだ。
「おう。一緒に暮らしたいって言うなら構わねえぞ」
高槻さんは、まるで待っていたかのように言い放つ。
裕美さんは、緊張していたからか、ほっと息を放つ。
「高槻さんならそう言うと思ってました。でも、俺が言いたいのはそれじゃないんです」
「え?」
裕美さんは聞いていた予定と違う事に驚いたのか、立花さんの顔を凝視する。
立花さんは裕美さんをぐいっと傍らに引き寄せると、
「親父さん、裕美を俺に下さい。絶対幸せにします!」
深々と頭を下げて、高槻さんに言った。
裕美さんは立花さんから同棲の許可を貰うと聞いていたのだろう。
状況についていけないのか、驚いたまま立ち尽くしていた。
「裕美、俺いいプロポーズの言葉浮かばなくてさ。俺の嫁さんになってくれ」
頭を上げた立花さんが硬直してる裕美さんにそう言うと、高槻さんが大笑いした。
「立花。お前順番がバラバラじゃねえか。裕美が断ったらどうするんだ」
「そこだけは絶対の自信があります。なあ、裕美」
立花さんは高槻さんに言い返し、裕美さんの顔を見つめる。
「――た、立花さんのばかあ!」
裕美さんは、そう言ってポロポロと泣き出した。
「――で、返事は?」
立花さんは静かに言うと、裕美さんは声が出せないのか、こくっと頷いた。
「よし、立花。お前の心意気確かに受けとったぞ。裕美はお前にくれてやる!」
二人のやり取りを見て、うんうんと頷いた高槻さんは上機嫌でそう言った。
横にいる高槻夫人も嬉しそうだ。
「裕美おめでとう。やったやんか。同棲どころかプロポーズやなんて、完全に先越されたわ」
奈津美さんが泣いている裕美さんに駆け寄り、祝福の言葉を送る。
多分、このやり取りに感動したのだろう。目尻には涙が浮かんでいた。
周りを見ると、美咲とアリカは涙ぐんでいて、春那さんと愛、綾乃は嬉しそうに二人を見つめていた。
「いや~、いいもの見せてもらいました。二人に祝福を贈るために、もう一度乾杯しましょう」
店長がそう言うと、みんなそれぞれ器を手に大きく掲げた。
店長が大きく声をあげる。
「二人のこれからに乾杯!」
「乾杯!」
二回目の乾杯は、一度目の乾杯よりも涙と笑顔で溢れていた。
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