49 歓迎親睦会編9
車からの荷物の積み下ろしも終わり、オーナー、店長とその家族、太一らが合流した。
オーナーがテーブル前に行くと、他の人らも自然とテーブルに集まっていく。
オーナー側の左側は、店長とその家族、春那さん、美咲、愛、アリカの順に並んでいる。
右側には高槻夫妻、裕美さん、奈津美さん、涼子さん、綾乃、太一の順。
俺の隣は、太一とアリカになった。
愛は俺の隣を狙っていたようだが、「あんたはここ!」とアリカの妨害にあい泣く泣く美咲とアリカの間になった。
潤んだ目でずっと俺を見るの止めてくれないか? 恥ずかしいから。
飲物をテーブルの上に並べ、コンロ番に戻った立花さんと前島さんは、すぐにみんなが食べられるように準備を続けている。
「……始めようか」
そんな怖い声で言われたら、今から喧嘩でもするのかと言いたくなる。
「では、僭越ながら……」
店長が周りに視線を投げかけると、それを合図に酒を飲む人は缶ビール。
飲まない人と未成年はテーブルに置かれたコップに用意されたウーロン茶やジュースを注ぐ。
「それでは、新たに仲間になった木崎明人君の歓迎会、併せて恒例の『てんやわん屋』親睦会を開きたいと思います。みなさんお顔合わせの初めてな方もいますでしょうが、これも何かの縁です。これを機会に仲良くやっていきましょう。では、乾杯!」
店長の乾杯の音頭にみんなで大きく「乾杯!」と唱和して始まった。
立花さんと前島さんは、缶ビールを一口だけ飲むと、すぐさま焼いてあった肉や野菜を皿に盛っていく。
前島さんは皿をテーブルに運び、立花さんは次の材料をコンロに乗せて焼いていく。
かなり大きなサイズのコンロなので、皿に盛られた量は多かった。
グイーっと缶ビールを一気に飲み干し、上機嫌なのは奈津美さん。
「ぷはーっ。これのために生きてるっちゅう感じやね!」
なにやら親父くさいのは気のせいじゃないだろう。
「奈津美、酔っ払いすぎて腹出して寝ても知らねえぞ」
前島さんは言いながら、焼きあがった肉や野菜の盛った皿を置く。
「悟がちゃんと世話してくれるんやろ?」
と、にんまり笑っていう奈津美さん。
「こんなとこで言うな、ばかやろ!」
みんなの注目を浴びてしまった前島さんは照れて、次の皿を盛りにコンロに戻っていってしまった。
みんなの視線が妙に温かく見えたのは気のせいじゃないだろう。
目の前に置かれた皿から思い思いに箸をつけていき、肉や野菜を味わう。
肉を味わってみると、とても柔らかくて、口の中で溶けていくような感じがした。
これなら小さい子でも、十分味わえるだろう。
横でも、千葉兄妹が「この肉、うま!」と言って頬張っている。
随分と高そうな肉だけれど、オーナーがすべて負担してくれたようだ。
時に経営者として大盤振る舞いが必要なのだろう。素直に感謝だ。
オーナーを見てみると、店長と何やら話しているが、よく見ると笑ったような感じをするときがある。
表情からは苦笑いしているようにも見えて、見分けにくいが、多分あっているだろう。
アリカの隙をついた愛が、瞬時に俺の傍らに寄り、肉を箸でつまんで口に寄せてくる。
「んふ。明人さん。はい、お肉どうぞ。あーん」
「じ、自分で食べるからいいよ。愛ちゃんもしっかり食べなよ」
「ああん! 明人さん。愛に気を使ってくれるなんて……なんて優しい」
愛は感動したかのように身を震わせて、俺の肩にくっついてくる。
――ゾクゾクゾクと、背中に悪寒が走る。
周りを見渡すと、綾乃、太一、アリカ、美咲が俺達を睨んでいる。
奈津美さん、裕美さん、春那さんのお姉さま軍団はその光景を見てニヤニヤとしていた。
なに、このアウェーな感じ。
横にいる太一がぼそっと「裏切り者」と呟く。
いや、まて。望んでこうなってるわけじゃない。
それよか助けろ。
太一の横で綾乃が「よし!」と謎の気合をいれている。
綾乃は自分の取り皿に肉をぱぱっと盛ると、俺と愛のところに近付いてくる。
「明人さん。昨日のお礼ちゃんとしてないから。だから……、その……、はい、あーん」
綾乃が先ほど持った皿の肉を箸でつまみ俺の口に寄せてくる。
俺の横から紅蓮の炎が上がる気配。
横をみると愛が頬を引きつらせている。
「あら? 明人さんには、愛が食べさせてあげるから、あなたはいいわよ?」
「いえいえ、昨日、私の家でお手伝いしてもらったんです。その礼はしないと」
お互い微笑みは崩さない。
視線同士がぶつかり合って、空気摩擦でも起こしているようだ。
二人の間に火花が見える。
「あ、あの、二人とも。俺、自分で食べるからさ……」
状況を打開すべく、提言するも、
「いえいえ、何をおっしゃいますやら、明人さんには、この愛が、はい、どうぞ!」
「いえいえ、私のをどうぞ!」
愛と綾乃は箸で肉をつまむとずずいっと、俺に寄ってくる。
愛を立てれば綾乃が立たず、その逆もまたしかり。
これ困ったぞ。……どうしよう。
「……愛」
「……綾ちゃん」
愛の後ろにアリカ、綾乃の後ろに涼子さん。
名前を呼ばれた二人は青ざめて、恐る恐る後ろを振り返る。
「あんた、まだわかってないの?」
「明人君困ってるでしょ? お母さん怒っちゃうわよ?」
アリカは冷めた表情で言い、涼子さんは、にこやかに言う。
愛と綾乃はこれは本気でまずいと感じたのか、俺から一歩、距離をとる。
「仲良く食べましょうねー」と涼子さんは綾乃の頭を撫でる。
頭を撫でられている綾乃はこくっと頷いて、元の位置に戻っていった。
愛はアリカに袖を引っ張られ、なかば強引に元の位置に連れ戻される。
「なあなあ、明人」
太一が俺の肘を突いてくる。
太一は、アリカと愛の方をちらりと見て聞いてきた。
「あの子、学校の駐輪場にいた子だよな?」
俺よりも愛を見た時間は少ないはずなのに、短時間での事をよく覚えている。
愛のしぐさや、愛の表情を見ている様子から、随分と愛のことが気になっている様子だ。
簡単に経緯を言うと、「なんで、そんなんで?」と太一は頭をひねっていた。
それは俺が言いたい。
「おい、アリカ。愛ちゃんってさ、思い込み激しいのか?」
右隣にいるアリカに聞いてみると、
「はひ?」
タイミング悪く、アリカはちょうど肉を咥えたところだった。
アリカは一瞬考えるような顔をすると、肉を口の中に放り込み、もぐもぐと口を動かす。
俺と太一が見守る中、もぐもぐと口の中の肉を処理している。
数秒の後、ごくんと口の中の肉をようやく飲み込む。
アリカはよく噛んで食べる子だった。
「ふう……普段はそうでもないんだけど。今回に関しては激しいわね」
答えるアリカの背後で、愛がちらちらと様子を窺っている。
「なんで、あんたみたいなのがいいのか、全然わからないけど」
アリカは、あきれた表情でいう。
それは俺に言ったって、しょうがないだろ
「んで、明人はどうなんだよ?」
太一が答えにくい事をさらっと聞いてくる。
「……好意は嬉しいけどよ。好きとか付き合うってのは、今はないわ」
「「今は?」」
太一とアリカの声が重なる。
「そりゃ、いつかは彼女欲しいよ。でも、付き合うなら俺も好きでないと駄目だろ」
「はー、お前、そういうとこまで生真面目っていうか。バカだろ?」
俺の答えに太一は、あきれた表情で返す。
いや、お前も彼女いないだろ。なんで上から目線なんだ。
アリカは俺の答えに納得したのかわからないが、目を細めて「ふーん」とだけ呟いた。
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