4 てんやわん屋1
千葉から聞いていた郵便局が見えた。あんまり来た事が無いエリアだったが、その先に看板が立ててあった。
『使える物なら買います!?』
何故『?』が入っているのかが分からない。
近づくにつれ、店の全容が徐々に見えてくる。表の雰囲気はコンビニぽい。店の裏に倉庫のような建物も見える。まだ時間はあるが、早めに面接してもらおうか。
そんなことを考えていると、店の中から角刈りのおっさんが出てきた。そのおっさんは、派手なアロハシャツ着て体格も良い上に目つきもやばい。普通に和服を着てたら、その筋の人に見えただろう。そのアロハと角刈りのギャップを俺に説明しろ。
関わりたくないなと考えていると、おっさんがこっちを見てる。後ろか? 後ろを見てみたが誰もいない。恐る恐るおっさんの方を見直す。
おっさんは俺をしっかり直視して手招きし始める。
俺やられる? それとも掘られるの?
やばいマジで怖い。
俺は自分の顔に指を差してみた。おっさんは手招きしつつ頷いた。マジで怖いんですけど。
恐る恐る近付いて行く。この時点で逃げ出せばよかったかもしれないが、バイトの面接があるのでそれは避けたい。
頭の中に回避方法が数種類思い浮かぶが、実践的な事が思い浮かばない。
「な、何か用ですか?」
自分で言って聞き方おかしいと思う。
用があるから呼ばれたんだよな。
それが俺にとって不幸な出来事でもだ。
「……坊主」
うわ……声まで怖い。
「ははははいいいぃぃ!」
だ、駄目だ! 俺もう完全にびびってる! 膝もカクカクしてきた。
おっさんは両手を俺に突き出し、拳を握ったまま、
「……どっちが良い?」
選んだ方の拳で殴るんですか?
「……どっちだ?」
『みだり!』なんて言ったら、撲殺確定ぽいし……。
俺まだ、少しだけ余裕あるかも。
「み、右で……」
おっさんは右手をパッと広げると、何かが地面に落ちてチャリンと音がした。
「……表だな」
表? 何のことだ? 何言ってんだ、このおっさん? 地面に落ちたものを見てみると三日月のキーホルダーが付いた鍵だった。このおっさん何がしたいんだ? 全然わからねえ。
俺がブルブルしながら泡くっていると、
「オーナー! 何やってんですか?」
女の人の声が響く。
「……抽選」
オーナーと呼ばれたおっさんが呟くように返す。
「木崎君怖がってるじゃないですか!」
よくこんな怖いおっさんに怒鳴れるな?
てか、なんでこの女の人、俺の名前知ってるんだ?
怒鳴った女性の顔を見た途端――俺は呼吸すら忘れた。
何? このホモサピエンス、絶対種族違うだろ。
あまりにも顔が整いすぎて、どう見ても同じ種族とは思えない綺麗な顔つきだった。
「えーと? 木崎明人君でいいよね?」
美人は少し前屈みになって、頬にかかった髪をかきあげながら聞いてきた。彼女のつぶらな瞳は興味津々に俺を捉えている。
「は、はい! でも、何で俺の名前?」
猫のような目で上目使いに俺を見るな。
心臓が嫌な動きするだろ。
「……太一に聞いた」
太一って千葉じゃん!
知り合いって、このおっさんかよ?
「で、でも。俺の顔知らないはずでしょ?」
「あは、聞いてなかったのね? 君の写真見せてもらってたの」
美人は爽やかな笑顔で言った。
まつげ長いな。付けまつげでもしてるのか。
それよか、何してくれてんだ千葉。おかげで、おっさんに襲われそうになったじゃないか。後でたっぷり文句を言わせて貰おう。
「と、ところで、さっきの何ですか?」
「……抽選」
何で、このおっさんためて話すんだ?
「だから何の抽選なんですか? ってか、バイトの面接……」
「もー、オーナー。ちゃんと説明しないと。木崎君困ってるじゃないですか」
「……任せた」
オーナーはそう言うと、くるりと踵を返し店に向かって歩き出す。
「もー! オーナー」
美人がおっさんに怒っているが、オーナーはこちらを見ずに、右手を上げてプラプラさせている。
「……まったく、適当なんだから」
美人はブツブツ文句を言いながら、俺の方を見る。
大きな瞳に見詰められ、また、俺の心臓が跳ね上がる。
「私、藤原美咲です。ここでバイトしてます。これからよろしくね」
表情をころっと変えて、ニコッと笑う顔に俺の心臓が更に大きく跳ね上がる。
藤原美咲――覚えやすい名前でよかった。
「き、木崎明人です。よろしくお願いします」
ぎこちなく返す俺は、自分の頬が軽く熱を帯びていることに気付いた。
「えと、何から説明しよっか?」
藤原さんは細長い人差し指をこめかみに当てながら言う。
「あ、あの面接は?」
「さっきので終わりだよ?」
「え?」
思わず素っ頓狂な声が出る。
「オーナーと顔合わせしたでしょ?」
「や、雇って貰えるんですか?」
「私はオーナーから、新人が顔出しに来るって聞いてたよ?」
藤原さんは大きな目をさらに広げて、「何を言ってるの?」といった顔で俺を見る。いや、そんなの初耳なんですけど?
「俺、てっきり面接で決まるかと……」
「……普通はそうよね」
腕を組んだまま、指を顎先を当てながら言った。
「ま、安心して。採用は決定済みよ」
ウィンクしながら、教えてくれた。
なんて自然にウィンクする人だろう。
この人は俺の心臓を何回暴れさせる気なんだ。
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