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帰路  作者: まるだまる
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47 歓迎親睦会編7

「さて、これでしばらくは一安心かな」

「そうだねー」

「しかし、あそこまで積極的だと困りますね」

「そうだねー」

 隣にたたずむ美咲は棒読みな答え方で返す。

 美咲の顔が能面みたいに無表情に固まっているのは気のせいか。 


「あ、あの美咲さん。何か怖いんですけど?」


 ギギギ……顔が向けられたが、その動きはさび付いた機械仕掛けのようだった。

 俺の周りの気温が一気に冷えたような気がする。


「帰りに……ゆっくりお話聞かせてね?」

 俺は『はい』と返事する事しかできなかった。


 


 俺の携帯からデフォルトの着信音が鳴る。

 太一からのもうすぐ到着するというメールだった。


「もうすぐ太一らが着くそうですよ」

「あら、そうなの? 明人君、太一君たち着いたら、裏屋に案内してあげて」

 幾分か、いつもの美咲に戻ったようで俺はホッとした。


 それからしばらくして、太一と綾乃、そして太一らの母、涼子さんの三人が到着した。

「こんちわー。おう、明人、来たぜー」

 片手を上げながら太一は店に入ってくる。

「明人さん。こんにちは」

 綾乃は言いながらぺこりと頭を下げる。

「こんにちは。明人君」

 にっこりと微笑みながらいう涼子さん。

 三者三様の挨拶だ。


「お待ちしてました。裏屋まで案内しますんで、ついてきて下さい」

「あら、ありがとう明人君」

 答える涼子さんの傍らで、綾乃が美咲を見て固まっていた。

「はー…………すっごい美人」

「な? 言ったとおりだろ?」

 綾乃はため息をつきながら美咲に見惚れている。

 太一が事前に美咲の事でも話していたようで、妙に自慢気に言っている。

  綾乃の言葉は聞こえていなかったのか、美咲はにっこりと笑う。


「初めまして、藤原美咲といいます。今日はゆっくりしていって下さい」

「うはー、お兄ちゃん。なんか、この人輝いてるよ? 眩しくて見てられない!」

「こら、綾ちゃん。失礼な言い方したら駄目よ。でも、本当に綺麗な人ね」

 涼子さんにたしなめられる綾乃は恐縮したように身を縮ませる。  

 涼子さんもとぼけるだけじゃなく、母親の一面もちゃんと持ってるんだなと感心した。


「初めまして、太一の母です。今日はお邪魔させてもらうわね」

 にっこりと微笑む涼子さん。傍目で見てもやはり四十代には見えない。

「オーナーのところに案内しますね」

「えー、明人君。私、美咲さんとお話したい!」

 ……涼子さん。この間と全く一緒ですね。

 感心したばっかりだったのに……。


 俺は太一と綾乃に目配せして、涼子さんを誘導するように仕向けると、意を汲んだ二人は行動に移してくれた。

「母さん。先に叔父さん所に挨拶行かないと」

「そうだよ。お母さん。急に混ぜてもらったんだから」

 さすがに子供だけあって、涼子さんの扱いに慣れてるようだ。

 普通、逆だよな。

 涼子さんは子供二人に諭され、渋々ついてくる気になったようだ。


 三人を引き連れて、裏屋の事務室に入る。

 そこにはオーナーと店長、それと店長の隣に小さな女の子と若い女性が座っていた。


 おそらく別居しているという店長の家族なのだろう。

 俺達の姿を見ると女性は俺たちに向かい会釈した。

 女性をみると清楚な感じで大人しい印象が窺える。

 子供の方は好奇心旺盛なのか、女の子は俺達を興味深げにまじまじと見ていた。


「お疲れ様です。涼子さんたちを連れてきました」

「……すまんな」

 オーナーは相変わらずの溜めた口調だ。あと、声が怖い。


「兄さん、今日は急にお邪魔させてもらって、ごめんなさいね」

「……かまわん」

「もう、兄さんたら、相変わらず人前だと口数少ないんだから」

 涼子さんはあきれたように言う。


「お久しぶりですね~。涼子さん」

 店長が立ち上がり恐縮そうに頭を下げる。

 店長の口ぶりから涼子さんとは顔見知りのようだ。

「あら、金城さん。本当にお久しぶりね。直接会うのは四年振りくらいかしら」

「もうそれぐらいになりますね~。相変わらず、お若い」

 店長はいつもの薄ら笑いを浮かべる。

「ありがと。奥様もお久しぶりね。お元気でしたか?」

「はい、その節は主人ともども本当にお世話になりまして」

「もうその事は気にしないで。私自体は何もしてないもの。ええと、千佳ちゃん、こんにちは」

 涼子さんはしゃがみ込むと、千佳と呼んだ女の子に微笑んだ。

「こんにちは!」

 千佳は元気よく挨拶を返す。人見知りはどうやら無さそうだ。

「千佳ちゃん、ちゃんと挨拶できて偉いわ。あんなに小さかったのに、もうこんなに大きくなって」

 涼子さんは千佳の頭を撫でながら、微笑んでいる。



「たっ君、綾ちゃん、あなた達もご挨拶しなさい」

 涼子さんに言われて、慌ててオーナーと店長らに挨拶をする二人。

 涼子さんのこういう姿はとても親らしいと思う。ギャップありすぎだ。

「あ、明人君。まだ、お仕事の途中だったでしょ。ありがとね」

「いいえ。案内しただけですから」

「明人君、高槻さんが戻ってきたら始めるから、お店閉めてきていいよ~」 

「はい、わかりました」


 表屋に戻った俺は、店長から言われたことを美咲に告げ店じまいを始める。


「明人?」


 愛を抑えていたアリカが更衣室から顔を出して声をかけてきた。

 身体が揺れている所をみると、まだ一緒にいる愛を抑えているのだろう。

「アリカ、もう店じまいするぞ。高槻さん戻ってきたら、始めるってよ」

「うん、わかった――あ、こら! 愛」

 アリカの身体をかわしてすり抜けた愛は一直線に俺めがけて走ってくる。

 短距離ランナー顔負けのフォームは止めろ。

 てか、胸がすごい揺れてるし。

 ぶつかるんじゃないかと思った矢先、愛は急停止した。

 俺の手をさっとつかむと、目をキラキラさせながら俺を見つめる。

「明人さん! 何かお手伝いする事ありませんか?」

「え、いや、大丈夫だから、そこで待っていてくれるかな?」


 ――ゾクリと、背中に強烈な冷気を感じる。


 振り返ると美咲が入り口付近から、じーっとこっちを見ていた。 

 俺と視線が合うとにっこりと微笑むだけだったが、かえってそれが怖かった。


「愛! 迷惑かけるなら家に連れて帰るよ!」

 追いついたアリカが頬を引きつらせて愛に叱りつける。

「そんなこと言う香ちゃんは、ごー、とぅ、へる、だよ!」

 姉に酷い言い方をしている愛の髪が大きく揺れる。

 アリカは頭痛がするのか、こめかみを押さえていた。姉、負けるな。

 くっついていられたままでは俺も片付け作業が進まない。


「アリカ、先に愛ちゃん連れて裏屋に行ってこいよ。片付け終わったら俺らも行くから」

「そんな! 明人さんが終わるまで、愛は待ちます!」

 いや、そんな大げさに言わなくてもいいから。

「愛、いいから。あんたは、あたしと一緒に行くの!」

 アリカは後ろからしがみつき、愛をがっちりとホールドした。

「あぁ、明人さ~ん。香ちゃん、離してええ!」

 愛は涙を目に浮かべたまま、ずるずるとアリカに引きずられていった。


「はあ、この後が思いやられるな……」

 独りごちて、美咲の合流して片付けにかかる。

 雰囲気的に美咲が放っていた冷気はなくなっているようだ。

 いつものように手分けして、入り口周りの看板をしまい、入り口を施錠する。


 立ち上がろうとした時、後ろからぎゅっと美咲が首に腕を巻きつけてきた。

「ええ? ど、どうしたんですか?」

 抱きついてきた美咲の顔を見ると、頬が赤く染まっている。

 俺の心臓の鼓動がドクンと大きな音を立てたような気がした。

 愛に当てられて美咲までおかしくなったのか?

 いや、元々少しおかしいか。


 それよりもこんな近くで美咲の顔を見たら色々とやばい。

 背中に柔らかいものも当たってるし。

 余り気にしてなかったけど、それなりにあるんだな。


「あ、明人君。私……」

 美咲の震える声に、俺の心臓の鼓動がますますビートアップしていく。

「もう我慢……できないの……」

 美咲の顔がますます上気していき、巻きついた腕に力がこもる。

 言葉使いも吐息交じりでやけに艶っぽい。


「な、なにが我慢できないんですか?」

 自分の心臓の音が激しい。

 軽く締められているせいか、息もしづらくなってきている

 本当に愛に当てられてしまったのだろうか?


「お仕置きだああああああああああ!」

 美咲は急激に腕に力を込め、スリーパーホールドを決めた。

「うぎゅう」  

 あ、いかん。これ完全に決まってる。

 一瞬、世界が暗転しかける。


 ここで意識を失ったら男がすたる。


 飛びかけた意識を意地で呼び起こし、「ふん!」と美咲を背負ったまま立ち上がる。

 立ち上がった勢いと身長差で美咲は俺からずり落ちた。

「あー、明人君ずるい!」

 ずり落ちた美咲は頬を膨らませて文句を言う。

「マジで落ちたらどうするんですか!」

「それが私の目的よ!」

 ……それ怖すぎるだろ。 


「ところで、何でお仕置きなんですか?」

「明人君、ずっとデレデレしてたじゃない!」

「デレデレなんてしてないでしょ!」

「明人君、鼻の下でろーんってなってた!」

 美咲はブスっとして、顔を逸らす。

 まるでヤキモチでも焼いてるかのように。


 ――これってヤキモチでいいのかな?


「あの、それって――ヤキモチ?」

 俺がそう言うと、美咲の顔がぼっと真っ赤になって慌てた顔になる。

「え、いや、その、あの……」

 美咲は慌てて何か言おうとして、そのまま黙り込んでしまった。


 ………………。


 何、この沈黙。

 俺も変に意識してしまうじゃないか。

 二人沈黙したまま、時折ちらちらっと俺の顔を見る美咲。

 俺はどう動いていいのか、どう話しかけていいのか、わからなかった。

 うわー、気まずい。何、この雰囲気。息が詰まりそうだ。

 何か、何かを話さないと……。


「「あのさ」」


 ………………。


 二人の声が重なり、お互いにまた沈黙してしまう。


 ………………。


「えーい! まどろっこしいわ!」


 突然、声をかけられて俺と美咲は身体がびくっとなる。

 そこには、エプロン姿の春那さんが俺らをニヤニヤと眺めていた。

「え? は、春那さん。い、一体いつから?」

「それってヤキモチ? あたりから」

 うわー、それ最悪……。

 春那さんはニヤニヤしたまま、近くまできて俺と美咲の顔を交互に見る


「アリカが来たから、すぐ来ると思っていたら、来ないから様子を見に来たんだが……。二人ともいい感じになってきてるじゃないか。あながち昨日言ったこと、うぷっ」

「は、春ちゃん! それ言っちゃ駄目!」

 慌てて春那さんの口を塞ぐ美咲。

 春那さんは美咲の態度にニヤリと笑うと、俺を見て

「明人君には内緒だそうだ」

と、楽しそうにウィンクして言った。


 お読みいただきましてありがとうございます。

 次回もよろしくお願いします。

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