46 歓迎親睦会編6
「あ、愛だ!」
アリカが椅子から立ち上がり、入り口を見る。
俺と美咲もつられて見ると、女の子がトコトコと店に向かって歩いてきている。
「あ。あれ?」
まだ顔がよく見えないが、どこかで見たような気がする。
「どうしたの? 明人君」
俺が首を傾げていると気になったのか、美咲が聞いてきた。
「いや、気のせいかなと」
俺の言葉に今度は美咲が首を傾げた。
アリカは妹の愛を出迎えるためか、レジカウンターから離れ入り口に向かう。
「愛、こっちだよ。こっちこっち」
「あ~。香ちゃん、やっと着いたよー。乗り遅れちゃってー」
入り口越しに愛と呼ばれた少女は、トコトコと歩きながら小さく手を振っている。
お間抜けな台詞を吐きながら、乗り遅れた事など気にしていないようだった。
お姉ちゃんじゃなくて香ちゃんか。なんか似合ってて可愛いな。
アリカと合流した妹の愛は、確かにアリカより身長が高かった。
どっちかというと、アリカの方が妹に見えるのは気のせいじゃないだろう。
服装は、薄い黄色を基調とした短めのワンピースで各所にフリルがこしらえられている。
下はホットパンツに膝上まであるニーソで可愛らしさが溢れていた。
姉のアリカと違って、出るところは出ていて引っ込むべき所は引っ込んでいる、大人顔負けのスタイルだ。
「どうもー。初めまして、香ちゃんの妹の愛です。姉がお世話になってま……」
入り口から入ってくるなり、俺らに頭をぺこりと下げようとして頭が止まる。
今までの緩慢な動作と打って変わり、素早く頭を上げ俺の顔を見つめる。
「ああっ⁉」
唐突に愛は俺の顔を見て叫ぶ。
その声にアリカと美咲も驚いていた。当然、俺もだが。
愛は俺の顔をじっと見つめ、はっとした表情を浮かべると、
「そ、その、その節は、ど、どうも、ありがとごじゃいました」
滑舌悪く言って、愛は先ほど止めた頭を深く下げた。
――何のことだ?
頭を下げた愛の髪はサイドに白いシュシュでまとめられプラプラしている。
白いシュシュ……。
「あ! ――自転車の子か!」
美咲とアリカは「何のこと?」といった顔して俺を見る。
「ほら、香ちゃん。ほら例の。自転車、直してもらった話」
顔を上げた愛は困惑しているアリカに説明する。
「あ! あれ、明人のことだったの?」
驚いて俺と愛を交互に見るアリカ。
「明人――さんですか。改めまして、愛里愛です。姉がお世話になってます」
先日、バイトをてんやわん屋に一本化しようとして、他のバイト先に辞める事を告げに回っていた。
その時に出会ったのが、この愛という少女だ。
彼女の自転車のチェーンが外れ、自転車を押して歩いていた所を、見かねた俺が自転車を直しただけの話だ。
「こちらこそ。前の事は大したことじゃないから気にしなくていいよ」
「いえ、愛あの時本当に泣きそうだったんですよ。明人さんに助けてもらって、すごい感謝してるんです。名前も聞けなかったし、同じ学校のはずが見かけないし」
たかが自転車の事で大げさな言い方をする愛。
それに学年違えば見かけないわな。
「家でも散々その話言ってたもんね」
アリカが少しうんざりとした顔で呟く。
愛が、じーっと俺を見つめるので思わず視線を逸らす。
なんか気恥ずかしい。
「愛の日頃の行いがいいからかな。やっぱり運命なのかも。愛、ちゃーんす!」
愛はそう言って片手を挙げて高らかに声を挙げる。
この子可愛いけど、ちょっと変だ。
「うふふ、明人さん。あの、彼女さんとかいらっしゃるんですか?」
そう言いながらずずいと距離を詰めてくる。
「え、いや。いないけど」
あまり近付かないで欲しい。
「年下の子って興味ないですか?」
俺の気持ちなど知らずか、愛は更に身体を近づけてくる。
胸が当たりそうなんだけど。
「え、そ、そんな事ないけど」
俺がそう答えると、愛の目がきらきらと輝きクルクルと回りだした。
「キタコレ! 愛、びっくちゃーんす!」
いや、何がビッグチャンスなのかわからないが、ちょっと怖い。
俺は助けを求めるが如く美咲とアリカに視線を送ると、二人して不機嫌そうに俺を睨んでいた。
え、何で睨む? 俺、何もやってないでしょ?
不意に愛に腕を絡み取られる。
何、この柔らかい感触? むにゅってしたぞ?
「明人さん。今日はバーベキュー楽しみですね。愛も明人さんと一緒だから楽しみですー」
「あの、ごめ。ちょっと離れてくれる?」
色々な意味でやばいので……。
「えー、いいじゃないですか。女性は“えすこーと”するものですよ?」
「離れなさい!」
俺と愛の間に入り込んで愛と俺を引きはがすアリカ。
「香ちゃんひどーい。妹の恋路を邪魔するの? 馬に殴られちゃえ!」
おい、そこの幸せ娘。馬は足しかないから殴れないぞ?
正しくは蹴られろだ。
「おい、これ、どうなってんだよ?」
俺はアリカに素早く耳打ちする。
「あんた、あの子の中じゃ王子様になってんのよ」
不機嫌な顔のままヒソヒソと返すアリカ。
「はあ?」
「あんた、あの子助けたでしょ。家でも運命の出会いをしたとか言ってんのよ」
アリカは言うのも馬鹿くさいといった顔で言った。
アリカの話をまとめると、愛が困ったところを偶然俺が助けて俺に惚れた?
しかも運命的(?)な再会をしたと……な、何て少女マンガチックな展開だ。
好意は嬉しいが、ここまであからさまに来られても、どうしていいか分からないぞ。
俺はどうしたものかと、美咲に視線を向けると美咲がニコニコして近付いてきた。
「明人君。モテていいわねー」
棒読みで言うの怖いからやめてくれないか?
ボソッと言った言葉に毛穴という毛穴から嫌な汗が噴出しそうになった。
今の美咲は顔も目もちゃんと笑っているのに、笑っている気がしない。
美咲の背後に百鬼夜行が見えるのは俺の気のせいか。
「明人さん。もしかして、愛のこと嫌ですか?」
愛は目をうるうるとさせて俺をじっと見つめる。
そんな愛玩動物みたいな目で言われたら嫌とはとても言えない。
「い、嫌じゃないけど。あまりくっつかれるとね」
「わかりました! たまにくっつく事にします!」
この子わかってねえっ⁉
――何とかしないと。
「あ、アリカまだ店閉める時間じゃないから、更衣室で妹さんと休んでこいよ」
俺はこの状況をなんとか変えるべく、その場しのぎの提案をした。
「妹さんだなんて、遠慮した言い方しないで『愛』と呼んでください!」
「あ、ええ、そうね。んじゃ、悪いけどちょっと更衣室に行くね。ほら、愛おいで!」
愛の言葉を流し、目で合図を送ると、アリカは察知してくれたようだ。
ごねる愛の手を取って連れて行こうとする。
「えー、愛、もっと明人さんと一緒にいたいー!」
「いいから、ほら!」
アリカはごねる愛をずるずると引っ張っていく。
アリカは抵抗する愛をそのまま更衣室に引きずり込んでいった。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。