44 歓迎親睦会編4
俺達はそれぞれ分かれて、棚の整理や置物の配置を整理整頓をし始めた。
棚の商品は美咲とアリカで担当。俺は置物を担当する事になった。
二人は高い位置は美咲、低い位置はアリカと住み分けしてやっている。
俺は俺で重い置物をえんやこらと見えやすいように並び替えていく。
「ふぎゃああああああああああああああ!」
唐突にアリカの叫び声が聞こえる。
見ると美咲がアリカを後ろから抱きしめていた。
美咲……衝動を抑え切れなかったか。
油断したなアリカ……。
「いやあああああああああ! 明人助けてえええええええ!」
おお、アリカが俺に助けを求めるなんて信じられない!
だがしかし……聞こえなかったことにしよう。
俺はアリカの悲鳴を聞こえない振りして、そのまま置物の並び替えを続けた。
しばらくして、悲鳴が途絶える。
並び替えを終えて二人のところに向かうと、目に涙を溜めて疲れ果てた放心状態のアリカがいた。
俺が視界に入ったようで、ぴくっと反応して恨めしそうに睨んでくる。
「……あんた、見捨てたわね?」
「あの状態の美咲さんに俺が手出しできるわけ無いだろう。油断したお前が悪い」
そう返すと、アリカは今にも俺に向かってきそうな顔をする。
美咲は美咲で満足そうな顔を浮かべて、鼻歌混じりに棚の商品を並び替えている。
おい、美咲は満足かもしれないけれど、八つ当たりされてる俺はどうしたらいい。
☆
「まだ結構、時間あるね」
美咲がポツリと言う。店内の時計は三時を回っていた。
店内の整頓が終わり、俺達はまたカウンター椅子に並んで座っていた。
「楽しみにしてるまでの時間は長く感じるもんですよ」
「……明人を潰す時間は十分にありそうね」
アリカさん目が怖いです。マジでやりそうで怖いです。
背中を嫌な汗が流れる。
なるべくアリカに視線を向けないようにしよう。
目が合った瞬間にやられそうな気がする。
アリカは立ち上がると、
「ちょっとトイレ行って来ますね」
と言って、トイレのある裏の扉に向かって行った。
立ち上がったとき攻撃されるかと勘違いして、一瞬身構えてしまった。
「はあ、アリカちゃん、やっぱり可愛いわ」
アリカの後姿を見送って、美咲はため息を吐きながら呟いた。
「襲うから、八つ当たりされたじゃないですか」
美咲に向かって愚痴をこぼす。
「だって、目の前で可愛い子がぴょこぴょこしてたら襲いたくなるでしょう!」
いや、それもう犯罪者の発言だから。
☆
少ししてからアリカが戻ってきた。
裏屋の様子も見てきたようで状況を教えてくれた。
「もう準備始めてたわ。前島さんと立花さんが材料の下ごしらえしてた。あ⁉」
状況を説明していたアリカが視線を不意に外に向けた。
その視線を追ってみると、一台の黒塗りの高級外車が裏屋のガレージに向かっていた。
「オーナーも着いたみたいね」
金持ちとは聞いていたけど、あんな車に乗ってるってことは本当だったんだな。
オーナーが着いたってことは、春那さんもいるって事だな。
昨日、美咲に何を言ったんだろうか、あの悶え様は気になるな。
やっぱり、美咲の目を盗んで聞いてみようかな。
ちらりと美咲を見ると、何故かジト目で俺を睨んでいる。
「明人君、まだ諦めてないでしょ?」
なんでこの人はわかるんだ。
実は超能力持ってんじゃないだろうな。
「何の話?」
アリカがキョトンとして聞いてくる。
「明人君が私に意地悪しようとしてる話だよ」
「それは許せませんね。やっぱり潰します?」
その表現怖いよ。どこ潰す気だよ。
思わず腰引いたじゃねえかよ。
身の危険に怯えていると、裏屋からの扉が開く。
スタイル抜群なパンツスーツ姿の美人――春那さんが手に大きめの鞄を持って現れた。
「やあ、ご無沙汰。元気にしてたかい?」
相変わらずの男っぽい口調だけど、迫力のある胸が女性である事を認識させる。
「ちょっと更衣室を借りたくてね。さすがにこの格好でバーベキューするわけにはいかないから。明人君、着替え手伝ってくれるかい?」
「はい、喜んで――って違う! ちょっと、何言ってんですか⁉」
俺は慌てて言い直したが、美咲とアリカから軽蔑のまなざしを取り消す事はできなかった。
「うわ、最低」と、美咲は言い、「死ねば?」と、言いながら睨むアリカ。
二人揃って、口々にそこまで言わなくてもいいじゃないか。
春那さん……現れて一分も経たないうちに俺を弄ぶの止めてもらえませんか……。
「はは、明人君は相変わらず、からかい甲斐があるね。本当に手伝ってもらおうかな」
「いや、だから、勘弁してください……」
「ふふ。んじゃ、ちょっと借りるね」
ウィンク一つこぼすと、更衣室に向かって歩き出す。
以前ここでバイトしてたこともあってか、手慣れた感じで更衣室に入っていく。
春那さんが更衣室に入ると視界の隅で頭が二つ近付いてコソコソと話している。
『美咲さん、春那さんって胸どれくらいあるんですか?』
『えと、数値知らないけど、たしかFカップとか言ってた』
『マジですか? 羨ましすぎる!』
本人達は俺に聞こえないように言ってるつもりだろうが、聞こえてるんですけど。
そうか……Fか。あの双丘は伝説のFクラスなのか。
心のメモ帳にメモしておこう。
『お風呂の時とか、ブラつけてないのに垂れてないんだよ』
『えー! あんなに大きいのに?』
『しかもアンダーが少ないから細いよー。嫉妬しちゃう」
『うわー、見てみたいー」
お前ら止めろ。春那さんの顔が見れなくなる。
「んんっ!」
咳払いをして、俺が近くにいることをアピールする。
二人揃って、俺をちらりと見ると、また頭を近付けあってコソコソ話し出す。
『今の聞いてて、絶対妄想してるよ』
『やっぱ、潰したほうが世のためじゃ?』
「お前らやめんかーい!」
変なタッグ組まないで欲しい。
俺に勝ち目が無いじゃないか。
「私に意地悪しようとした罰です! あ、別にハグでもいいよ?」
「そんなもんするか!」
美咲とアリカの強力タッグに心がボロボロになりそうだった。
数分ほどして着替え終えた春那さんが更衣室から出てきた。
さっきまでの凛々しいパンツスーツ姿と打って変わってフェミニンな感じだ。
服装一つでここまで変化するとは、正直、目が奪われてしまった。
着替えた春那さんの服装は青を基調とした七分袖のワンピース。腰周りが絞られていて、はちきれんばかりの胸と腰のくびれのギャップが春那さんの魅力を存分に引き出している。
下には黒のレギンス、細い足のラインを強調していて、全体のバランスを引き締めているように見える。
雑踏の中にいても、この人なら見つけられるんじゃないだろうか。
それくらい輝きを放っているように見えた。
「明人君、そんな熱い視線を送るのやめてくれないか? 身体が火照るじゃないか」
照れたように言う春那さんは、自分の身体を抱きしめる。
火照るってなんですか?
「いやー、凄い綺麗だなーって、――ぐあっ!」
褒め称えようとした矢先、両のわき腹に手刀が突き刺さる。
「あはは、明人君なにやってるのかなー?」と、右側の美咲。
「うふふ、明人。何エロイ目線おくってんの?」と、左側のアリカ。
二人とも口の端を吊り上げているのに、目が笑っていない。
いつの間に背後に回りこんだんだよ! 怖いよ。暴力反対!
「おや……。これは、ますます面白くなってきたな」
俺達の様子を見て、春那さんは何か得たような表情をする。
いや、あなたが招いた事でしょう、これ。俺は面白くない。
「表屋は五時までやるんだろ? 私は裏に行ってお手伝いしてくるから。また後でね」
春那さんは手を振ってそう言うと、嵐を巻き起こすだけ起こして裏屋の扉から出て行った。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。