41 歓迎親睦会編1
日曜日
目覚めてから朝食をとった後、次の日の学校の準備をしておく。
準備しておくだけで、心に余裕ができるので、日曜日の習慣にしている。
今日は昼からてんやわん屋でバイトだが、午前中はやる事がない。
時計を見てもまだ九時にもなっていない。さて、どうするか。
前までなら用事がないときはバイトを探しに駅の方まで出ていたが……。
窓を開けて外を見てみると、今日も天気がよく風も穏やかだ。
ふと下を見てみると、母親の車が無い。昨日は帰ってこなかったようだ。
家の留守電に何も入っていないところをみると、事故や事件に巻き込まれたわけでは無さそうなので気にしなくてもいいだろう。
このまま家の中にこもっていて、母親の帰宅と鉢合わせになるのも煩わしい。
こういう時は外出するに限る。
昨日、美咲と話していた教習所にでも行ってみようか。
たしか美咲が通っている大学の近くにあったはずだ。
大学までは自転車で行っても一時間くらいの距離なので、探して話を聞いてからでもバイトに遅れる事はないだろう。
目的も決まったので、出かける事にした。
愛用の自転車にまたがり颯爽とこぎ始める。
頬に当たる穏やかな風は気持ちが良かった。
途中、俺が通っていた中学校の脇を通った時、グラウンドから大きな声が聞こえた。
グラウンドで大きな声を出しながら、ボールを追いかけているサッカー部員。 ネット越しにはラリーを続けているテニス部員も元気そうに球を打ち合っている。大会でも近いのだろうか、みんな真剣に励んでいるようだ。
元気な姿を尻目に、俺は大学までの道を進めていく。
家を出てから小一時間ほどで、目的地の大学の正門前にたどり着いた。
「ここが美咲の通ってる大学か……。結構大きいもんだな」
大学の近くを通った事はあるが、まじまじと見るのはこれが初めてだった。
正門前から見える建物だけでも四つあり、そのうちの一つは正面にそびえ立っていて、建物の中央には大きな時計塔が見える。
時計塔のある建物は歴史があるのか、周りの建物よりも、かなり古びた感じだ。
敷地の奥は建物で見えないが、グラウンドやその他の施設もあるのだろう。
日曜日だというのに、部活やサークルだろうか人の出入りが散見される。
携帯を取り出して、目的地の教習所の位置を調べると、今の位置から正門の右手を大学沿いに真っ直ぐに行けばたどり着けるようだ。
携帯をしまい、目的地を目指して自転車をこぎ出した。
しばらく大学沿いの道を進んでいると、清和教習所と書かれた看板が見えた。
近くまで来てみると、すでに教習所内では教習用の車が何台か走っていた。
自転車を駐輪場に置いて、受付に行く。
事務の女性が「入校希望ですか?」と聞いてきた。
「普通二輪の免許取りたいんですけど、手続きとか、費用とか教えてもらえますか?」
「はい。ではまずこちらの封筒をお受け取り下さい」
事務の女性は慣れた手つきで大きな封筒を手渡してきた。
封筒の中には、入校案内のカタログと申請書、費用の書かれた一覧表が入っていた。
「入校に必要な記入書類は、今お渡しした封筒の中にある申請書だけです」
事務の女性は説明を続けながら、封筒の中と同じ書類をカウンターに並べる。
俺が用意するものは、入校案内に書かれてある本籍地の記載してある住民票一通と身分を証明するもの、こちらは保険証もしくは学生証でも構わないようだ。
事務員が指で示しながら丁寧に説明を続けていく。
写真も必要だが、教習所内でも撮れるようなので、用意しなくてもいいそうだ。
後は、費用と印鑑を持って来れば入校手続きは完了するらしい。
「費用は最初に全額納付でいいんですか?」
「全額納付じゃなくても大丈夫ですよ。最初に入校費だけ用意していただければ結構です」
補足説明で言われたのは、検定不合格などで補習等が発生した場合は、再検定と補習の追加料金が発生するそうだ。
事務の女性に礼を言い、鞄に封筒をしまうとその場を後にした。
まだ時間は十分にあったので、教習所内を見て回る。
所内地図を見ると、二輪車は車とは違う所に練習コースがあり、敷地の奥にあった。
見学がてら足を運んでみると、二台のバイクがコースを走っていた。
その二台のバイクは慣れた感じだが、トロトロとゆっくり走っている。
『二番、曲がる時の安全確認が足りませんよ!』
コースの端にあるスピーカーから注意を促す声がした。おそらく声の主は教官だろう。
その声に答えるように一台のバイクが止まって手を挙げる。
なるほど、こうやって教習を受けるのか。
今、練習している人たちが、どの段階か分からないが、自分が受けるときの参考になりそうだ。
五分ほど見学していたが、ぐるぐると同じコースを回るだけだった。
代わり映えしない練習風景に飽きてしまい、練習コースを後にした。
寝る前にでも貰った入校案内を読んで、教習所に通うか真剣に検討してみよう。
免許を取ったらバイクも欲しくなるだろうし、そういやビックスクーターって、値段はどれぐらいするんだろうか。
どこかに販売店は無いかと記憶を辿ってみるものの、普段気にした事がなかったせいか、どうにも思い出せない。
鞄から携帯を取り出し、近場の販売店を検索してみると二軒表示された。
どちらも、ここから十分ほどで行けそうな距離だ。
とりあえず、最初に表示された販売店を目指して移動する事にした。
しばらく自転車を漕いでいると、バイクの販売店が見えてきた。
全国展開しているチェーン店のようで、想像していたよりも大きかった。
新車、中古車は区別されて、店頭と店内には様々なバイクが所狭しと並んでいる。
店に入ってお目当てのビッグスクーターを見てみることした。
このエリアは新車のエリアらしく、ピカピカのバイクが並んでいる。
正直、性能とかよくわからない。興味はあるけど知識は全く無いからだ。
メーカーによって様々な外観をしているが、数台ある中で猫目のようなライトを装備したスクーターに惹かれてしまった。
値段表を見てみると、乗り出し価格五十五万ポッキリと書かれていた。
…………高い。バイクって、こんなに高いのか。
バイトの給料は貯金しているから買えない事は無い。
教習所の費用とバイクの費用を足すとかなり減る事は明らかだ。
これは厳しい……将来、家を出るときのための貯金だが、ここで使いすぎるのは厳しい。
当然維持費も必要だ。
「うーん」
俺が値段を見て唸っていると、販売店の店員が近付き声をかけてきた。
「ビッグスクーターに興味あるんですか?」
『興味あるから見てるんだけど』と、心の中で突っ込んでおく。
俺は今から免許を取りに行こうとしていることと、それでここに来たことを告げた。
「そうですよね。免許取りたいならバイクの費用とか気になりますよね」
答えると店員は俺を値踏みするかのように流し見る。
「気に入ったものがあれば、見積もりだしますよ」
「初めて見にきたんですけど、高いんですね」
「新車だと、結構高くなりますねー。あちらの中古なんかどうですか?」
店員は中古車の方を指差した。
店員の話によると、ここの在庫は大学生が使っていたものが多いらしく、走行距離や外観の程度も悪くないものが多いそうだ。
中古の値段は人気や使用度合いに左右されるが、新車よりもかなり割安らしい。
「初めてのバイク購入なら、中古車でもいいと思いますよ」
店員に促されて中古車の所に行ってみると、整備されて外観が綺麗なものが多い。
「見る基準が分からないんですけど」
「うーん。まずは走行距離、その次が年式ですね」
「なるほど……」
その後も店員に見る際にどう見ればいいかと質問すると、店員は親身に教えてくれた。
「これなんか、いいですよ」
お奨めされた中古車は、俺が新車のところで見ていたバイクと同じ型のものだ。
年式的には五年ほど経っているが、走行距離は五千キロを少し越えたほどだった。
「前のユーザーさんが丁寧に使ってて上品です。五年前のものとは思えないくらいはいい状態ですよ」
「それだと高いんじゃないですか?」
「それが、このバイク今年の夏にモデルチェンジする予定なんですよ」
店員は店内に置いてある雑誌を持ってきて記事を見せてくれた。
「あれ? 外観かなり変わりますね」
「そうなんですよ。今のがいいって人多かったんですけどね」
店員もこのバイクが好きだったのか、惜しむような顔をしていた。
「俺もこれより今の方がいいなー」
「そうでしょう!」と喜ぶ店員。
「この流れるような先端からのフォルム、愛らしい猫のようなライト…………」
……………………。
……はい、五分ほど、このバイクの魅力を聞かせていただきました。
相当に思い入れがあるようで、聞いていても悪い気はしなかった。愛だね、愛。
新車と中古車の見積もりをお願いして、待ってる間にバイクの雑誌を見せて貰う。
しばらくして店員が封筒にカタログと見積書を入れて持ってきてくれた。
店員にお礼を言って、店を後にする。
回りたいところも回ったし、そろそろ昼食を取ってバイトに向かう事にしよう。
てんやわん屋に向かう途中で目にとまった牛丼屋に寄る。
早い、安い、うまいを売り文句にしているだけあって、注文して出てくるまでに五分もかからないのがありがたい。
漬物と生卵はつけるのは基本。栄養価が高いものはとらないとね。
席に座り注文しようとして、夕方からのバーベキューの事を思い出す。
肉と肉…………店の選択を間違えた。メニューをもう一度見回す。
「……鮭定食ください」
不本意な昼食を終えた後、てんやわん屋を目指して自転車を漕ぎ出した。
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