401 文化祭10
学校では、慌ただしい空気の中で、それぞれに文化祭の準備を進めていた。
太一や長谷川の出動回数も日を追うごとに増している。
ようやく迎えた週末。
我がクラスでも概ね展示する写真が決まり、手の空いた班から展示会場の準備に移っている。
幸いなことに、川上が新聞部から展示用のパネルを借りてきてくれたおかげで、作業が楽になった。
見栄えも良くなるし、写真を直接触られることがなくなるので、防犯面でも安心だ。
残る作業は、飾り付け用の小物の作成や看板作り。
看板作成チームは手先が器用な者と絵心のある者で構成されていて、いつのまにやら赤城さんが最前列で指示を出している。流石は最前列マイスターといったところか。
赤城さんは普段は物静かで目立たないのに、イベントのときは最前列に立つので目立つ。不思議と揉め事が起きないというか、誰も噛みついたりしない。みんなの信頼が厚いというか、噛みつく要素が見当たらない。人の扱いも上手なんだと思う。
川上と柳瀬いわく、ゴシップ界隈では、二年生人気ランキングで赤城さんは五本の指に入っているという。体育祭での活躍や応援団としての姿が評価された結果だそうだ。
長谷川いわく、赤城さんが実の委員長といっても過言ではないらしい。
長谷川自身もかなり助けられているのだそうだ。
俺はというと、太一らと部屋のレイアウトについて話し合いに参加中。
今の時点でいるのは俺、太一、長谷川、因幡、横須賀、島田さん、杜里さんだ。
作業用パソコンを使って、どのような形がいいかみんなで相談している。
美咲からもらった動線とかの助言は、意見の一つとしてあげておいた。
「いや、これ意外と難しいね。どの写真が人気出るかわからないし」
「ある程度ジャンル分けしないとまずいかな。去年の新聞部のってなんかうまく分けてたよね」
「そうそう、確かパーテーションを組んでレイアウトしてた」
「あ、そうだそうだ。あれだと部屋を広く使えてたな」
あー、癒やされる。
因幡たちのグループは毒気がまったくないから一緒にいると和むんだよな。
なんというか純粋なんだ。
「えと、こうかな?」
長谷川がマウスを操作して、パソコン上にレイアウトを設置していく。
なるほど、教室の前の扉を入口にして、パーテーションで区切って、室内をぐるっと回らせて、後ろの扉から退出させる動線か。これならパーテーション自体に写真を飾ることで展示面積を増やすことも可能だ。
「明人、こんだけのパーテーション学校にあるかな」
「去年、新聞部がやってたの俺知らないんだけど。横須賀、その時はどうだったんだ?」
「ちょっと待てよ。記憶を呼び起こしてるんだけど、出てこない」
「どうだったっけな〜。杜ちゃん覚えてる?」
「えー忘れたよ〜」
「えーと、えーと。みんなで一緒に行ったのは覚えてるんだけど」
「……珍しいな。明人がニヤつくなんて、どうした?」
いかん、なんかふわふわポヨポヨした空間に癒やされてた。
「気にするな。長谷川、必要な数を洗い出してくれるか」
「ちょっと待ってね。部屋の大きさが7m×9mでしょ。通路の幅を1.5mとして〜」
「一枚のタイプと連結タイプでまた違うだろ。実物を探したほうが早い気がするな」
「じゃあ手分けして探そうか。私、教員室に行って聞いてみる」
「ついでに貸してもらえるか聞いてくるね。あ、待ってよ杜ちゃん」
杜里は言うだけ言って教室から出ていった。
杜里は思い立ったらすぐ行動なのか。因幡も大変だな。
「じゃあ、俺と島田で新聞部とか他の部に聞いてくるとするか。木崎はそろそろ後輩に勉強を教える時間だろ。あとは任せとけ」
こいつら本当にいい奴だな。
「すまん。言葉に甘える」
通路に出たところで、響と愛に鉢合わせ。
ちょうどいいタイミングだったようだ。
いつものように俺の両サイドに回って、ガッチリと腕を抱きかかえる。
今日はすぐに左右に散ったので、あらかじめ話し合っていたのだろう。
移動中、響のクラスの話を聞いた。
響のクラスはお化け屋敷だが、相当な手間がかかると聞いている。
クラスの団結力が高いと評価されるE組とはいえ準備が大変だろう。
「私がお化け役に立候補したらみんなが反対したの。お前は客を固める気かって。ひどくない?」
「それは反対するだろう」
「でもね、うちのプロデューサー——委員長のことだけど。私を使った金縛り体験コーナーを作る気だったのが判明して、みんなに吊し上げをされていたわ。私はいい案だと思ったんだけど」
響の特性を逆手に取ったアトラクションか。発想が天才的だな。
「結局、男の人はともかく、女性の確率がかなり不安定だから、没になったわ」
なるほど。女性で固まるのはほんの一握りだからな。
いや、待てよ。確か前に綾乃が学校見学にきたときに……
椅子もあるし、図書室で試してもらうか。
「響がいいならネタを提供できるんだが」
「ネタ?」
「ちょっと愛に実験台になってもらおうか」
「はい?」
俺の左腕にぎゅっとしがみついて静かにしていた愛が間の抜けたような声で返事した。
図書室についたが、文化祭の準備で忙しいのか俺達以外の使用者なし。
時間も惜しいので、ちゃっちゃと実験を済ませよう。
「愛は椅子に座って」
「はい、えと、何するんです?」
「響ちょっと耳貸せ。——しただ——あれ————ことすれば———」
「————明人君、分かったわ。私、耳が弱いわ。これ危ないけど癖になりそう」
「何ですか! 愛もそのぷれいに混ぜてください。響さんだけずるいです」
違うから。誰もそんなプレイしてないから。
「冗談はいいから、言ったこと試してみなよ」
「冗談じゃないのに……じゃあ愛さん、やるわね」
「ひ、響さん、痛いの止めてくださいよ?」
「痛くないわよ、はい」
響は愛の胸元に指を添えた。
「これで終わり」
「な、なーんだ。これだけですか。これで何がどうなったんです?」
「愛さん立てる?」
「そんなの簡単じゃないですか。え、なんで動けないんです。嘘?」
愛は動こうとするが全く微動だにできない。
響は小さく笑みを浮かべて愛に告げる。
「愛さんに呪いをかけたの」
「嘘、嘘、響さんいつの間にそんな高等な呪術使えるようになったんですか!? 愛にも教えてください」
「なるほど、これだったら男女関係なくできるわね。明人くんありがとう、提案してみるわ」
愛に添えた指をそっと離すと、愛が勢いよく立ち上がる。
「び、びっくりした。急に動けるようになった。響さん今の呪術、愛にも教えてくださいね」
「愛さんごめんなさいね。これ呪いじゃなくて、実は合気道の技なの」
俺が響に提案したのは前に綾乃に試した初動を封じて動けなくするという技。
あれならば、男女問わずにできそうだし、金縛り体験に近いと思ったんだ。
「さて、実験はここまで。さっさと勉強始めようか」
「響さん、さっきの技まじで教えてください。香ちゃんに試したいんです」
「試験が終わったらね」
勉強を進め、響が採点中にちょっとした雑談。
愛たちのクラスは文化祭でたこ焼き屋を出店する。
愛の担当はたこ焼き作りと売り子。クラスでも成績が悪いことを知られている愛は、中間テストが終わるまでは勉強優先と、クラスのみんなから言われたらしい。その代わり、試験が終わったらこき使うといわれたそうだ。どうやらいい関係はできているようで安心した。
「みんなひどいんです。休み時間とかに勉強を教えてくれたりするんですけど、愛のまとめノート見た途端、これ無理とかいって離れていくんです。ひどくないですか」
それは理解できるぞ。
あのノート見たらカオスすぎてどう教えていいか分からんようになる。
☆
バイトに入ってから、ふと今日のことを思い出す。
指先一本で本当に動けなくなる。
前に慰安旅行で響に押し倒されたとき、俺が全く動けなかったのも同じ理屈だろう。
「明人君、指先見てどうしたの?」
「いや、ちょっとしたもの見せてもらったんだけど、俺にもできるのかなって」
「え、なになに、どんなの?」
美咲に今日のことと綾乃のことを説明する。
美咲も興味を持ったらしく、自分も試してみたいと言い出した。
「えっと、愛の時も綾乃の時も、この辺りに指を添えてたんだよな」
「ここら辺ね。それで力加減的にはどんな感じに見えたの」
「押してるようには全く見えなかったけど。それが分からないな」
「んじゃあ、試してみよう。明人君立てる?」
期待とは裏腹に何の障害もなく立てた。
「あれ?」
「やっぱりコツかなんかあるんだろうな」
「もっかい、今の指が離れた」
もう一度、椅子に座り直し、セッティング。
「行くよ。はい、立ってみて!」
すくっと。
「う〜、今度はちょっと押してみる」
結果は同じだった。
「駄目だ〜。私には才能がないんだ」
「いや、美咲に才能がないんじゃなくて、技術の問題だろ。やっぱなんかコツがあるんじゃないか?」
「じゃあ、明人くんがやってみてよ」
美咲が椅子に座り、準備よし。
ここで大事なことに気づく。
女性の胸元に指を添えるという行為に。
「美咲、やっぱりこれやめよう」
「なんで、もしかしたら明人君、覚醒するかもしれないじゃない」
「いや、正直、指の置きどころに困るというか、男が女にしたら駄目だなって」
「え、だってこの辺でしょ。おっぱい自体に触るんじゃないし、気にし過ぎだよ」
美咲が良くても俺が駄目なわけで。
ところで、おっぱいって言うな。
まあ、確かに美咲の言葉通りではある。
俺が気にし過ぎなのだろう。
普段は意識しないようにしているから気にしないんだが、どうしても視界の中に美咲の膨らみが見えてしまっていて、その柔らかさを知っている俺からすると、妙に意識が向いて緊張してしまう。
いかん、指先が何故か震える。
「珍しい、明人くんが私のおっぱいに意識を向けてる」
「え、そんなの分かるの?」
「だって、目がちょこちょこ揺れてるもん。ここからこの辺くらいまで見てるのは分かる」
そう言って、美咲は指で胸元にある俺の指から左右の胸の膨らみ辺りを示す。
目は口程に物を言うとはこのことか。
「あの、美咲……それって、美咲だから気づくってものでいいのかな?」
「え、女の人なら大抵気づけるんじゃないかな。私、横にいても明人くんが春ちゃんのおっぱいに視線向けてるとき分かるもん。それに何度か目潰しして教えてあげたよね。春ちゃんも気付いてるよって」
マジで崩れ落ちそう。
「まあ、明人くんの場合は嫌らしい感じじゃないから全然平気なんだけど。お客さんの中にはそういう目で見る人いるからね。んじゃあ、そろそろ立つね。よっこらしょ——え、嘘、動けない。明人君なんか急に立てないんだけど!?」
偶然の産物で奇跡が起きた。
このあとで何度か試したけれど、成功したのはこの1回だけだった。
ちなみに美咲も何度も挑戦し、途中で顔を出したアリカも巻き添えを食ったが、アリカ相手にも一度も成功しなかった。
アリカも面白がって試したいと言い出し、やってみた結果、俺と美咲は動けなかった。
だが、これだけは言っておくぞ。
アリカ、お前のは技術じゃないパワーだ。
俺も美咲もお前の力に対抗できなかっただけだからな。