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帰路  作者: まるだまる
404/406

399 文化祭8

月曜日


 試験が近くなってきているのだが、雰囲気としては文化祭のほうが大事らしく、色々と慌ただしい。川上や柳瀬だけでなく、うちのクラスの文系部活に所属している奴らも同様だ。


 放課後の部活では柳瀬も忙しいようだが、日中の暇な時間は俺や太一に絡んできて退屈しのぎをしている。中学、高校と放送部である柳瀬に、放送部を選んだきっかけを聞いてみると、人前で話すのが好きだからと即答した。将来はアナウンサーみたいな花形ではなく、配信者みたいな生活を送ってみたいと言っている。


 実際、家でも動画作成ソフトを使って色々試しながら作っているそうだが、ネットの海に公開する勇気が持てないらしい。目立つのは好きなのだが、見えない相手から叩かれることが怖いのだという。

みんなに見てもらいたい、聞いてもらいたい欲求はあるものの、怖いので表に出せない。そんな日々を柳瀬は中学から悶々と送っていると自虐的に教えてくれた。


 川上はマスコミ希望だが、学歴がないと厳しいそうだ。自分の成績では狙えそうにないから、今のうちに楽しむと言っている。少しでも関係する仕事に就けたらいいくらいな感じで将来を見ているそうだ。川上はすでに大きな夢は諦めた人間だった。だからこそ、今を必死に楽しむことに情熱を注いでいる。


 太一や長谷川は人の助けになる仕事がしたいと言っている。困っている人を支援したり、助け舟を出すような非営利団体もあるので、そういったところも考えているようだ。


 俺自身について、アリカに言われてから考えてはいるものの、自分の中でこれだという形にまで至っていない。セールスマン一つにしても、何を売りたいのか、製造業一つでも何を作りたいのか。具体的なものが自分の中に描けていないのだ。


 進学するにしても、何のために何を学びたいのか。

 それによって、選択する学部も変わってしまう。

 これといった決め手もなく曖昧なまま決めきれずにいる。


「真面目すぎ」

「もっと気楽にアレやりたい、これやりたいでよくない?」


 5時限目が終わったあとの休み時間で川上と柳瀬にそう言われた。


「人生は楽しまなければ。なあ川上」

「そうだ、そうだ!」

「周りを見てみろ木崎君。少年みたいなこと言ってるの誰もいないぞ?」


 川上と柳瀬がキョロキョロと周りを見回す。

 特に男女のグループに視線を飛ばしていた。


「木崎君、クラスが先週よりも色気に満ちているのが分かるか?」

「柳瀬、それを俺に聞くか?」

「木崎君は偏ってるからねぇ。気が利くようで大事なところが欠如してる」


 色気に満ちていると言われても、色恋に元々うとい俺が分かるわけもなく。

 俺が見て分かるのは、修学旅行中に付き合い出した2組のカップルくらいだ。


 一組目は横須賀と島田さん。

 元々、グループで仲良しだったが、更に距離が近くなった感じがある。

 川上や柳瀬から言うと初々しい感じで尊いそうだ。


 修学旅行カップルのもう一組、近藤と佐倉さん。

 付き合う前までは犬猿の仲だと思っていたが、じつは佐倉さんが素直になれないタイプだったらしい。お互い男女に分かれていることも多いが、時折二人だけで話す姿を見る。川上や柳瀬が言うには、近藤を前にしたときの佐倉さんの笑顔がかなり増えたそうだ。


 俺は川上や柳瀬のように察する事もできず、この二組が辛うじて分かる範囲だ。他にもカップルになりそうなのがいるのだろうか?


「渡部が怪しい。しかも、トライアングルぽい」

「中林君と尾上とだな」

「渡部って別れたばっかじゃなかったっけ?」

「確かにそうだが、アレも気が多い性質でな。多分、すでに旅行中から惹かれていたんだろう」

「尾上も旅行で仲良くなって惹かれた感じだしな」


 全然、わからん。色恋に関して、俺はまだまだ勉強不足らしい。


「こういうの見ると実況したくなるな。暇だしバレるとまずいので小声でするか」

「悪趣味だぞ」

「ちょっとした練習だよ少年。おっと、ここでOがNにさり気なく触れる攻撃。だが、Nは気づかない。攻撃は失敗だ。だが、Wには今の攻撃がバレてしまっている。Wは負けじとOの腕を触って褒める攻撃に出た。おっと、これは効いたか? Nは自慢の筋肉を褒めてもらえて嬉しそうだ。相手の自慢部分を攻めるとは、Wは恋愛経験済みなだけあってテクニックも多彩だ。これはWが一歩リードか。さあ、ここからOはどう攻めるか。おっとぉー、ここでOの起死回生の大技が炸裂か。上腕二頭筋にダイブしてか〜ら〜の〜ぶら下がり健康器! すごい、Nは余裕の表情を浮かべてるぞ。何たるパワーの持ち主か。これは大技が決まった。しかも合体技ですね。どうですか解説の木崎さん」

「俺に振るな」

「箸にも棒にもかからんやつだな少年は」


 柳瀬からつまらないものを見る目で見られて心が折れそうになる。

 そんな俺に川上からのアドバイス。


「放置していいよ。好きでやってるから」

「いいのかよ。しかし、柳瀬もよく言葉が思い浮かぶよな」

「中学のときからやってるから、正直うまいと思うよ。動画投稿とかも勇気出してすればいいのにね」


 このあとも柳瀬は俺と川上を客に一人で楽しそうに実況を続けていた。

 本当に話すの好きなんだな。


 ☆


 HR後、川上と柳瀬が抜け、太一と長谷川と作業の続きにかかる。写真自体の選択は終わり、展示ルールに違反していないか見直しの作業だ。俺は途中で愛との勉強会で抜けることを伝えてあるので、先に俺のノルマ分を消化中。


 最近、太一と長谷川が休憩時間にいなくなることが増えてきている。二人に聞いてみると、文化祭みたいな行事のときはトラブルも増えるという。ひどくならないうちに対処するのが良いらしく、早めに介入しているとのこと。生徒会や他の生徒も協働してくれているので、効率は上がっているそうだ。

 

「ぶっちゃけ、二人じゃ全部は賄いきれないんだよ」

「万能薬って訳でもないしね。気持ちのすれ違いとか誤解とかなら、なんとかなるんだけど」

「感情はどうしようもないときあるからな。引くに引けなくなる前に介入できれば何とかなる」

「ただ、数がね……最近ちょっと増え過ぎなのよ。2年生が特に多くて、イベントが連続だからかな」


 学年問わず顔が広い太一と人の機微に鋭い長谷川のタッグ。多種多様な人を相手に波風立てずに諍いを収めているのは、正直すごいと思う。長谷川いわく、うちの生徒は善性の持主ばかりなので酷いケースが今のところないそうだ。


「どうやって解決するんだ?」

「簡単なことだ。ガス抜きに現実を教えるだけだ」

「現実?」

「自分の今の状態を気づかせるって方が正解だな。人は揉め事を見るのはいいが、自分が原因とか言われたり、巻き込まれるのは嫌なもんだ」

「基本、他人事だと思って放置するからね」

「その場にいれば当事者なんだけどな。止める勇気とか介入する勇気がない。人と衝突するつもりはないから、余程のことがない限り流しちまう」

「気遣って、気遣って、気遣って、結果何もしないまま放置がほとんど」


 よく分からない。それって普段の生活の中で当たり前に起きていることじゃないか。何でもかんでも言葉や態度にすればいいものじゃない。言動や行動には責任が伴い好き放題にできない、それくらい俺にだって分かる。


「だから歪むんだよ。表情がな。心と違う表情をしてるから」

「そそ、だんだん蓄積しちゃうと綻びが出ちゃう」

「そうなると無意識に抑えてたもんが出ちまう。周りに晒すことになる。そうなりゃ、いつかは相手も気づいて猜疑心が生まれりゃ最悪だ。そうなると今までの関係が破綻する可能性がある」

「私たちはそれを伝えるというか、自覚してもらうだけ。疲れてるねーとか簡単な言葉でね」

「話が聞ければ御の字だし、聞いても否定はなしだ。本人がイラッとしたとか、きついとか、疲れるって言うならそうなんだから」

「吐き出せたら大抵のことは自然と治っちゃうものなのよ」

「溜め過ぎは良くないって話だ」

「千葉ちゃんが言うとやらしく聞こえる」

「耳取り替えてこい。そういう耳を持ってる時点で自分がやらしいって覚えておけ」


 余計な一言で長谷川にヘッドロックされる太一だが自業自得だな。

 いや、太一からすると長谷川の豊かな胸に押し当てられているからご褒美なのでは?

 太一は巨乳好きだし、長谷川のことも好きなんだから嫌な気もしないだろう。


「いや、違うから! 明人これマジで手加減ないし、普通に痛いから!」


 俺の表情見て、考えを読むなよ。


 

 長谷川のお仕置きが収まり、写真のチェックを続行。

 すると、教室の扉がカラカラと音を立てて開く。


「明人さん、お迎えに上がりました!」


 教室の入口からぴょこっと顔を出す愛。

 どうやら待ちきれなくなって俺を迎えに来たらしい。

 後ろで手刀を構えている響の姿が断首人のようで少し怖い。

 愛に先手を取られて悔しいのだろうけれど、愛の首を狙っているように見えるからやめなさい。


「んじゃあ、あと頼むわ」

「あいよ、任せとけ」

「二人も来ていいんだぞ?」

「邪魔しちゃ悪いし、千葉ちゃんはうるさいよ?」

「うるさいは失礼だろ」

「事実じゃん」


 帰る準備をして教室を出る。

 右手でカバンを持っているせいで、左腕側に入り込もうと響と愛が争い始める。


「金曜日は響さんに譲りました! だから今日は愛です!」

「ちょっと待って、先週のトータルで言うと愛さんのほうが多いのよ。だったら私からでいいんじゃない?」

「喧嘩しない」

「じゃあ、こうしましょう。私が左腕、愛さんが背中にへばりつく。……逆でもいいわ」

「おお響さん、それいいですね。でも、どっちも捨てがたいです。悩みます!」


 それだと俺が歩きにくいだろ。


「あっ!? 響さん一時休戦です。いいこと思いつきました」

「愛さんから一時休戦だなんて珍しい。何を思いついたの?」

「ちょっと覗いてみませんか——あのお二人の様子」


 愛はいたずらっ子のような表情で教室を指さしながら言った。


「愛は前々から気になっていたのです〜。あの告白未遂以来、二人だけのときどんな感じで過ごしているのかを」


 太一と長谷川の件はみんなが覗いていたので、周知の事実なのだが一向に進捗はない。

 長谷川自身もあとで女性陣に伝えたらしい。

 実のところ川上と柳瀬に拉致られて半ば強制的に自白させられたそうだが……

 見られていた以上、誤魔化せなかったんだろうけど。


「普段一緒にいるけど、変わらなかったな」

「愛は見てませんし、普段の姿が意外と色々教えてくれるものです」


 こっそりと通路の窓から二人の様子を見張る愛。

 太一も長谷川もパソコンの画面に視線を向けていて俺達に気づいていない。

 

「愛さん、覗きは良くないわ」

「そういう響さんもちゃっかり見える位置にいらっしゃいますよね」

「早く付き合えばいいのにな」

「長谷川先輩はちゃんと言ってほしいだけなんですけどね」

「やっぱり太一くんが悪いわね」


 二人だけで作業を進めているが、時折太一が殴られるくらいで大きな変化は見られない。

 

「んっふっふ〜。長谷川先輩やっぱり嬉しそうです。気持ちの良い笑顔で太一さんのこと殴りますね」

「相変わらず太一君には容赦ないわね」


 殴るの好きなのは別なんじゃないか? 

 太一が殴られて喜んでたらまずい気がするが。

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