396 文化祭5
学校では休み時間でも班のグループが集まるようになっていた。
修学旅行に引き続き、文化祭の準備で接する機会が増えたからだろうか。
少し前なら、もともと仲の良いグループ以外は男女の壁みたいなものがあった気がしたけれど、イベントを通じて一緒にいることが増えたせいか、男子が女子の会話の中に入っているのも見かけるようになった。まあ、これについてはムラムラコンビ以外だが。
「なんか、修学旅行の時より色気が飛んでないかい?」
俺の目の前で、いつもよりどんよりとした表情の柳瀬が呟く。
相棒の川上が取材に出ていて、暇を持て余しているようだ。
わざわざ俺の席まで来るくらいだから相当暇なのだろう。
「川上は走り回っているから忙しいのがわかるが、柳瀬はなにもないのか?」
「柳瀬は放送部だからな。ドキュメンタリー企画では動画作成兼ねて音声担当なのだ。機材は放送部にあるからここでは何もできん。動画作成は家でもできるからなんとかなる」
新聞部が取材して材料集めしてから、放送部で動画作成するらしい。
新聞部総出で他の部員に聞き取り調査や動画撮影のためのスケジュール調整に奔走しているそうだ。
「企画的には動画の出来次第で評価が変わるだろうと柳瀬的には思う。すでに逃げたい心境だ」
柳瀬にしては珍しく、自信なさげになっている。
普段の柳瀬ならば、人生楽しんだ者勝ちというくらいポジティブなのに。
「なんかいつもと乗りが違うな?」
「面白おかしく作りたいが、先輩方からストップがかかってな。やる気が落ちたのだ」
「柳瀬らしいっちゃ柳瀬らしいが。言うて、それでもやるんだろ?」
「我儘なのは分かっているからな。気乗りはせんが。なにか面白い話はないかね少年」
柳瀬が喜びそうなネタなど俺が持ち合わせているわけがない。
「ないな」
「つまらん男だな。この柳瀬を喜ばせることくらいもできんのか」
「そう言われてもだな。——そう言えばな、この写真の件これ言ったっけ?」
「なんの件だ?」
俺のスマホで柳瀬に写真データを見せる。
柳瀬が俺を盾にして、川上から逃げている写真だ。 二人に挟まれた俺が写っている。
美咲に証拠写真として挙げられた。これのせいで少なくとも2回はお仕置きされた。
「ん? これは修学旅行の時の写真だね。行きの新幹線」
「この写真のせいで俺は生き地獄を味わったんだが?」
「ほほう? 詳しく聞こうか」
俺が美咲に受けた仕打ちを聞くと、柳瀬はニヤニヤと笑う。
「そっか〜。こういうネタを提供すれば藤原さんが面白いことになるんだね〜。いいこと聞いた」
「あれ? もしかして俺、墓穴掘った?」
「ふふ、川上にもこのことは伝えておくから安心しな」
「いや、安心じゃねえよ。不安しかねえわ!」
少しばかり元気を取り戻した柳瀬と修学旅行の写真の話で盛り上がっていると、川上らが帰ってきた。
太一と長谷川は、川上の取材相手が二人の知り合いということで付き添い。
「無事、終了。いんちょと千葉君ありがとね」
「なんのなんの」
「川上、ちょい見てみ。木崎君さっきの見せて」
柳瀬は俺の右後ろに回り込み、川上も柳瀬に倣って俺の左後ろに回り込む。
俺の肩越しにスマホに映し出された写真データを覗き込む二人。
「ああ、こないだの修学旅行の写真。柳瀬これがどしたの?」
「この写真で木崎君が藤原さんにお仕置きされたらしい。しかも複数回」
「え、これで? 藤原さんって意外と嫉妬深いの?」
「えとな、美咲本人が言うには距離感がおかしいんだとよ」
俺もよくわからないんだが、美咲が言うからにはそうなんだろう。
「では、試しに」
太一がそう言って、自分のスマホを取り出して俺達を撮影。
ポチポチと何かしらの操作をする。
「ほい」
太一が俺達に見せたのは、今撮ったばかりの写真。
俺の右肩には柳瀬、左肩には川上。
二人は俺の肩に両手を乗せてスマホを覗きこんでいる状態だ。
俺も川上も柳瀬も何がおかしいのか、分からなかったが、持っていた俺のスマホにメッセージが着信。
『ケルベロスはお仕置き決定』
美咲からだった。
どうやら、太一は今の写真を俺達が使っているアルバムにアップしたらしい。
それを見た美咲が反応したというところか。
確かに写真を見たら頭が3つ並んでいるけども、ケルベロスって。
「け、ケルベロスわろた」
柳瀬が美咲からのメッセージをみて、ツボに入ったのか崩れ落ちる。
川上はきょとんとした顔のままだったが、意味を理解したのか、時間差で柳瀬と同じように崩れ落ちていった。
「藤原さんの感性がおもろい」
柳瀬がヒィヒィ笑いながら、呟く。
川上は今も絶賛悶絶中だ。どうやら相当ツボにはまったらしい。
俺はというと、お仕置きが決定されたので憂鬱なのだが……。
☆
昼休み。
いつもの面子と体育館脇で昼食。
会長と副会長が何やらご立腹だ。
二人揃って怒っているのは珍しい。というより、副会長の南さんが怒っているのが珍しい。
話を聞くと、文化祭の準備で揉めているらしい。
本来であれば、実行委員会が主催するのが筋であり、生徒会はあくまでサポートに回るのだが、今年の実行委員会を仕切ってるやつが、いやな奴でちょっとした騒動に巻き込まれているようだ。
何でも生徒会が下準備して教師側や各部と調整したことが気に入らないらしく、色々とひっくり返そうとしているらしい。
「思いつきで簡単にできると思ってるんだ。しかも自分は苦労したくないから人任せにしようとしてさ」
「全くふざけてますわ。舞と私が各部と調整して少ない予算をうまく分けたのに、それも気に入らない、再配分しろだなんて。決めたのは私達だからって、生徒会が再調整しろって何様ですの!」
すいませんが、一年生らが怯えているんで落ち着いてもらっていいですかね。
柏木さんが南さんを、響が会長をそれぞれ宥める。
「すまないね。ここに来る直前に言われたもんでさ」
「申し訳ありませんわ。ああ、でも腹立たしい!」
「んで、どうするんです?」
「「文化祭潰してやろうかと」」
怖い怖い。意外と中身が似ている二人だった。
まあ、会長のことだから、みんなの迷惑になることは避けるために尽力するのは目に見えてる。
南さんもなんだかんだ言いながら、持ち前の頭脳で最善手を構築してくるだろう。
この人、変態だけど、天才の部類で賢いからな。
「まあまあ、楽しみにしてる人もいるので。なにか手はあるんですか?」
「突き放すのが最善手なのですけど、それなりに周りの被害が出るので困りますわ」
「かと言って相手の言いなりなのもムカつく」
「本人を動かしたくても、輪をかけて面倒くさいタイプですし、どうしましょ?」
「とりあえず……飯だな!」
響が二人の怒りを無視して弁当を広げたお陰で、会長の興味を弁当に移せた。
なんだかんだと言いながら、会長たちの扱いに慣れているせいだろう。
「明人、俺の方で動こうか? 被害が出たら介入するわ」
「どちらかというと、被害が出る前に抑えたいけどな。でないと会長らの負担になる」
太一が言ってくれたものの、やはり被害そのものが出た時点で手遅れ感がある。
よく会長らの手伝いをしている太一なら、何とかしそうな気がするが。
「どこの誰なんです? その相手」
「三年C組の肥田だよ。あいつマジで面倒くさいタイプなんよね」
「げ、有名人じゃないっすか。悪いほうの」
太一が即答したところから、相手のことを知ってるのだろう。
どんなやつか聞くと、すぐに言葉尻をとらえて論破しようとするようで、相手するのが嫌になるタイプらしい。教師にも噛みつくほどだそうだ。
「あいつ自分が悪くても認めないし、何でも人のせいにするからな」
「性格悪いんですね」
「なんで実行委員会リーダーに。みんな、あいつのこと知らないわけじゃないだろうに」
「まあでも、肥田先輩なら大丈夫っす。弱点は分かってるんで。俺に任せといてください。ぶっちゃけ俺じゃなくて、とある先輩の力を借りるつもりなんだけど」
「「「弱点?」」」
☆
「へー、それで太一君は誰の力を借りたの?」
バイト中の雑談で、美咲に今日のことを話すと、意外と食いつきが良かった。
まあ、バイトに到着してすぐにお仕置きはされたけどね。
出会い頭の不意打ちに鳩尾への手刀はやめような。
「ちょっと前に話したことがある本庄先輩。うちの学校でママにしたいランキングの話したの覚えてる?」
「あー、覚えてる」
「俺はまだ会ったことがないんだけど、その本庄先輩に力を借りたんだ」
「へー、よくわかんないけど、本庄さんって人が出ただけで解決したの?」
「したんだって」
太一が言うには、肥田は本庄先輩の大の信者なのだそうだ。
太一が本庄先輩の信者に追いかけられた話は聞いていたが、追いかけてきた信者の中に肥田が混ざっていたらしい。
「太一が言うには、肥田先輩は調子に乗ってたらしいけど、本庄先輩が現れた途端に、借りてきた猫みたいに大人しくなったってさ。要求は全部取り下げたって」
「バブみがある人は強いよね〜」
俺の周りにそういうタイプいないよな。
春那さんはママさんみたいなところがあるけど、家事力はあっても中身がスケベでドMだしな。
文さんは猫専用ママだし、飲んだくれだからあまり認めたくない。
あとはどちらかと言うと、子供みたいな性格ばかりしてる人しか思い浮かばんな。
意外と少数派なのか。