帰路395 文化祭4
「顔も痛い。心も痛い。みんなの笑い物じゃねえか」
「お前が悪い」
太一は告白したかと思いきや、結局のところ怖気づき、長谷川に言えなかったそうだ。
長谷川からすれば舞台は整えたのだから、あとは太一の言葉一つでハッピーエンドになったのだろう。
「まさか、逆に長谷川に告れなんて言うと思わなかったぞ」
「いや、それはなんというか。なんか悔しいというか、負けたような気がするというか」
「そりゃあ殴られても文句言えんぞ」
「俺、本庄先輩のところ行って慰めてもらってくる」
「火に油を注ぐだけだから止めとけ。それともうすぐ昼休みも終わりだ」
「千葉君よ。これからが大変だよ。お互い好き同士なんだし、さっさとくっつけ」
「柳瀬もそう思う。こっから先の圧が凄いと思うぞ?」
いつの間に近くにいたのか、川上と柳瀬が俺たちの後ろでしゃがみ込んでいて、俺と太一の話に乗っかってきた。
「お前ら何処まで知ってる?」
「とりあえず、全部かな」
「木崎君に盗聴器仕掛けておいて正解だったね」
「お前ら犯罪は止めなさい!?」
「冗談よ。でも、いんちょと木崎君を見てたのは本当。事情は知ってる」
「柳瀬たちは読唇術ができるからね。見えてれば何言ってるか分かるし、木崎君もいんちょも普段から近くで見てるからね。多少遠くても誤差はかなり少ない方だ」
「俺はお前らが怖い」
まもなく昼休みも終わりになる。
そろそろ教室に戻ることにしよう。
太一は唸っているが、俺には何もできないし、自分自身で片を付けるしか方法はない。
「ほら、太一行くぞ」
「うぉおおお、胃が痛い」
「だからさっさとくっつけ」
「相手はウェルカムなんだぞ」
「俺から言うのは嫌だ。なんか悔しい」
「好きにしろ」
教室へ向けて歩き出そうとしたところで、俺の袖を掴む二つの手。
川上と柳瀬がそれぞれ俺の袖を摘まんでいる。
「木崎君。ちょっと私を名前で呼んでみ?」
「柳瀬も」
「はあ? 何でだよ?」
「いや、自分で言っておきながら一度確認しておきたくてさ。木崎君とは仲が良いわけじゃん」
「木崎君に名前で呼ばれたら、柳瀬がどう反応するのか確かめたくなった」
「どうもこうもないだろ。お前ら俺に恋愛感情があるわけじゃないし」
「いや、そこは実際に試さないと分からないし」
「それとも何だ。これだけいい付き合いなのに柳瀬たちの名前を知らないのか?」
「知ってるよ。佑香と明日香だろ。二人とも香って字が入ってるよな」
「「……お、喧嘩か?」」
「お前ら分かってて言わせただろ!?」
俺、絶対にこいつらに遊ばれてる気がする。
「ほら行くぞ。授業に遅れる。歩きづらいから袖から手を離せ」
「お、おうっ、我々は先に行く!」
「では、さらば!」
川上と柳瀬は「すたたたた」という足音と共に去っていった。
「あいつらも馬鹿だね~」
「何がだ太一?」
「遊んじゃ駄目なことがあるってことだよ。まあ、自業自得かな」
☆
放課後、川上と柳瀬は部活で抜ける。
川上と柳瀬の態度が、いつもより少しばかりぎこちなかったのが不思議だった。
変わらないと言えば、長谷川と太一。
昼休みのことなどなかったかのように互いの態度が変わらない。
太一がときおり殴られるくらいで、それも今までと変わらない日常の風景だ。
川上と柳瀬からの情報によると、クラス内では長谷川が太一を振ったことになっているらしい。
そのせいか、俺たちには好奇の視線が集まってきている。
当の本人たちは一切気にもせず、文化祭の準備で写真データを選出中だ。
班ごとに割り振られた1500枚の中から30枚を選出する作業。
うちの班はようやく半分を見終えたところだ。
選出する写真は露出が多すぎるものやエロっぽいのはNG。
心霊写真ぽいのもNG。その辺の判断は長谷川が適切にしてくれる。
他の班でも似たような状態なのだが、一つの班だけが毎日揉めている。
村山、村川のムラムラコンビがいる7班だ。
「だーかーらー、せっかくの文化祭に出す写真がこんなおとなしいのばっかりじゃ受けねえって」
「は? あんたらの選ぶ写真は規定違反だって言ってんの分かんないの?」
「ちゃんとギリギリ写ってないの選んでるだろうが!」
「下着が見えなかったらいいってもんじゃない!」
「チラリズムは男のロマンだ!」
「村川、村山、落ち着け。滝沢が言うように駄目なものは駄目だ」
「兵藤、お前も男なら分かんだろ。見えそうで見えないところにロマンが溢れているのが」
「話を混ぜ返すな。毎日こうだと流石にうんざりだぞ」
兵藤は相変わらず苦労しているようだ。
ムラムラコンビの相手は疲れるだろう。
何もかも下ネタが原動力だけに相手にすると自分も巻き込まれる。
その点、兵藤はクラスの中じゃ躱すのがうまいから、何とかなっているってところだ。
兵藤は滝沢さんと田所さんを宥めながら、作業を進めていく。
時折、腹の辺りを手でさすっているけれど、ストレスで胃がやられないことを祈っておこう。
☆
「それで?」
「どうだったんですか?」
何故か、図書室で響と愛に挟まれて尋問されている俺だった。
そんなことより勉強しようよ。
「何の話でしょう?」
「とぼけないで。長谷川さんと太一君のことよ」
「太一さんの真面目な顔を久しぶりに見ましたよ。長谷川先輩の前に立った途端、情けない顔になってましたが。あれ、やっぱり告白だったんですよね?」
「告白とは違うらしいよ」
「嘘でしょ?」
「愛の目は誤魔化されませんよ?」
「太一に聞いてもらってもいいけど、嘘じゃない」
告白ではない。それは確かだ。
告白するつもりが、怖気づいて言えなかったって落ちだけど。
「仮に告白したとして、告白してきた相手を殴るってのはおかしいだろ」
「え、普通にあり得ると思うのだけれど」
「愛もそう思います」
君たちの感性が俺には分からないよ。
「もしもの話だけど、太一君が私に告白して来たら私は殴るか張り倒すわ」
「愛は社会的に抹殺しようと思います。真面目な場合は真面目に返しますが」
君たちの感性が俺には怖いよ。
愛の言葉に嘘はないのも分かる。
実際、夏の慰安旅行で偶然とはいえ太一の好意を聞いた愛は、丁寧に太一を振っている。
自分を好いてくれたことへの感謝と自分には好きな人がいるからと謝罪して。
「じゃあ、俺が告白して来たら?」
「抱きしめて色々なことするわ」
「あ、愛は気絶するかもしれません」
「愛さん、ちょっと可愛く言いすぎじゃないかしら?」
「絶対、嬉しすぎて頭真っ白になるのは確実です。それよりも響さんのその色々って何ですか?」
「色々は色々よ。エロエロかもしれないけど」
「響さん、ぶっ殺しますよ?」
なんとなくだけど、愛が言っていることは現実に起きそうな気がする。
愛は受けに回ると極端に弱くなり、デートの度に泡食っていることがあるからだ。
響は響で有言実行しそうだし、誰の影響か知らんが響も壊れてきてるな。
美咲とかアリカにも聞いてみるのもいいかもしれない。
ところで、二人ともいつもみたいに口喧嘩を始めたのはいいけど。
そろそろ勉強しようよ。
☆
「美咲は告白してきた相手を殴れる?」
「ごめん。言ってることがちょっとよく分かんない」
バイト中に美咲に聞いてみたが、どうやら困惑しているようだ。
「まず、どういうシチュエーションか分からないよ。顔見知りならともかく、見ず知らずの人にいきなり告白されたら怖いと思うのが普通じゃないかな。私の場合、知らない男の人はまず駄目だから、声かけられた瞬間に逃走する」
「えっと、顔見知りの場合」
「顔見知りの犯行……」
「犯行なんて言ってねえ」
何で足すかな?
美咲と会話すると、こういうことがよく起きるが、本人は意識しているわけではない。
脱線した挙句に何かを思い出してお仕置きしてくるか、堕ちようとするのが美咲だ。
今日も油断しないように相手しよう。
「うーん、顔見知りからの告白だったら……ごめんなさいかな?」
「振るのは前提なのか?」
「いやいや、私みたいなのよりもっといい人がいると思うし……私、社会不適合者だし」
まだ引きずってるのか。
余り突っ込むと堕ちる方向へまっしぐらになるのでここはスルー。
「じゃあ、最初に聞いた殴るってのはない?」
「だから何で殴るのか意味が分からないんだけど?」
やはり、響と愛の感性がおかしいのだろうか。
二人とも普通にあり得るって言ってたけど、美咲はそうじゃないらしい。
「ところで、何でそんなことを聞いてくるの?」
太一と長谷川が実は両想いだったことが判明したのだけれど、太一は怖気づいて告白できず、長谷川は自分から言う気がない。太一が行動するまで今の状態のままだろう。
人の恋路が絡むだけに、どこまで美咲に話していいものか悩む。
「いや、響と愛とで雑談していた時に告白してきた相手を殴るのはあり得るって言ったから」
「照れ隠しとかじゃなくて?」
「違ったな。響は張り倒すとかも言ってたよ」
「それ、告白してきたのが太一君とかだったらじゃない?」
美咲は勘が鋭い。
何故、太一の名前が出てきたかは分からないが思うところがあったのだろうか。
ここで変に掘り下げても中身が話しづらいので掘り下げないでおく。
「俺の場合だとどうなるかも聞いたよ」
「ほほう?」
やべっ!?
黒美咲さんの気配がする。
誤魔化し方を間違えた。
美咲の両手が俺に向かって伸びてくる。
俺はその手をしっかりと掴み、がっつり腕四つで抵抗する。
やはり、狙いは首だったか。
「それで二人はどう答えたのかなぁ?」
ギリギリと腕に力を込めて、美咲は音程が一段低い声で問いかけてくる。
その目が笑ってない笑顔で顔を近づけるの止めてもらっていいかな。
やられるわけにはいかないが、質問には答えておこう。
「響は抱きしめて色々やると言って、愛は気絶するかもって答えた」
「そのあとはぁ?」
「響と愛がいつもの口喧嘩始めてそれで終わった」
「そうなんだ。てっきり、ここぞとばかりにラッキースケベ的なことがあったのかと」
いつものトーンで返した美咲がふっと腕の力を抜く。
良かった。黒美咲さんはお帰りになったらしい。
春那さんの一件以来、黒美咲さんの出現頻度は高いから気を付けねば。
「美咲なら俺から告白されたらどう答える?」
「明人君からだったら……へっ、へへっ、前に明人君に冗談で好きって言われた時に無理って答えて、春ちゃんにめちゃくちゃ怒られたトラウマが蘇ってきた。あの時は大変心苦しい思いをさせてしまいましてすいませんでした」
ここで闇落ちの新キャラ出さないで貰っていいですか。
対応が分かりません。
☆
寝る前にアリカとのやり取り。
アリカが試験前なのであまり長くはしないが続けている。
ベッドに潜りスマホを見てみると、アリカから数件のメッセージが届いていた。
『お腹空いた』
『愛がおにぎり作ってくれた』
『お腹空いた』
『何か食べようと冷蔵庫開けたらママに怒られた』
アリカは試験勉強のはずなのだが、空腹と戦っていた。
明日が試験最終日だからか、多少気が抜けているのかもしれない。
諦めて勉強しろと送るとすぐに既読が付いた。
『お腹が空いて力が出ないよ』
どこかのパンマンみたいなことを言っているので、勉強するのに力はいらんと送り返す。
『ママと同じこと言ってる』と返ってくる。
アリカへ美咲にした同じ質問を送ってみると『殴るわけないでしょ』と返ってきた。
良かった。アリカは普通の感性の持ち主だった。
愛の姉だからといって、同じ感性でなかったのは喜ばしい。
『あたしが殴ったら大怪我するかもしれないじゃない』
そういう答えが聞きたいんじゃないんだ。
お前それ、殴る気はあるって言ってるのと同じだぞ。
怪我させるのまずいから我慢してるだけじゃねえか。
『それに真面目な話なら真面目に返すわよ』
やっぱり、姉妹だ。
愛と同じ言葉が返ってくると思わなかった。
試験勉強頑張れよ、おやすみとメッセージを締めくくる。
熊のスタンプで『おやすみ』が返ってきた。
翌朝。
春那さんとのランニングを終えて、いつものように美咲起こしが始まる。
今日もベッドの上には卵が形成されている。
卵を少しずらして、足場を作ってからひっくり返し、内側へと食い込む布団を解きにかかる。
中で抵抗する美咲を抑えつつ、何とか布団を剥ぎ取ることに成功。
今日の美咲はひどい寝ぼけはないようだが、「カルロスが……」と戯言を呟いている。
ところでカルロスって誰だよ。
「ほら美咲、起きろ」
「うーん。あと一億と数千年待って……」
「そんなに待ったら塵になるわ」
俺の呼びかけに美咲はぐてんと脱力したまま、うっすらと目を開く。
「あー、明人君だ……」
「ああ、俺だよ。朝だぞ起きろ」
「うん、起きる。起きるけど……あと十光年待って」
「それ時間じゃなくて距離だろ!」
美咲は横になったまま両腕を高く上げる。
抱き起こせと言いたいのだろう。
油断は禁物、前にハグした途端に寝たときもあるからな。
美咲の上半身を抱え込むと俺の首に腕を巻き付けてくる。
今日はいつもよりも密着しているせいか、美咲の柔らかいものが俺の胸に当たる。
意識を外せ。考えるな。
こんなのいつものことだ。
美咲を抱えゆっくりと立ち上がらせるが、俺の首に腕を巻き付けたまま身を預けている。
「美咲、この間みたいに寝るなよ」
「大丈夫、起きてる。起きてるよ……」
「ほら、しっかり立つ。段々ずり落ちてるぞ」
「んぎゅ~。まだ足に力はいんない。明人君ハグして支えて……」
「しょうがねえなあ。言っとくけど寝るなよ?」
グラグラと揺れる美咲を支えていると、美咲がぎゅうと力を込めてハグしてきた。
「力が入るようになってきた。明人君おはよー」
「はい、おはよう。もうハグはいいか?」
「もうちょっとだけ」
美咲はすりすりと頭を俺の胸元に擦り付ける。
もう一段美咲はぎゅっと力込めると力を抜いた。
満足した合図だ。
ここまでで約5分かかり、比較的早く起こせた。
二人で一階に降りると、美咲は春那さんに抱き着きに行き、俺はテーブルに突っ伏している文さんにお待たせしましたと声をかける。
俺の声に文さんはむくっと起き上がると、春那さんとのハグを終え文さんの所に来た美咲とハグ。
揃ったところで、食事をとりながら本日の予定をそれぞれ言っていく。
「俺は学校終わったら勉強会して、そのあとバイトのパターンです」
「私も同じ。今日は午後のコマがあるからバイトに行くのは少し遅めかな」
文さんは学校での勤務が終わったあと、夕方から飲み会に参加する。
参加するメンバーが酒大好きばっかりだから、もしかしたら帰ってこれなくなるかもしれないと嬉しそうに言っていた。
春那さんは今日の仕事が早めに終われるらしく、珍しく土日連続の休みが貰えたので仕事が終わったあと、実家にそのまま向かうそうだ。オーナーが気を回してくれたのかもしれない。
「明人君申し訳ないけど、私が不在の間は家事を頼むね。今日の晩御飯の下ごしらえはしておくから」
「任せてください。春那さんは気にせず武藤さんに甘えてきてください」
「うん。色々と搾ってくるよ」
あまり深くは聞かないでおこう。
一通り予定を聞いたあと、高校の文化祭の話になった。
月末の中間試験を終えたあと、11月2週目の土日の13日と14日に文化祭が開かれる。
「しかし、明人君の高校は試験のあとあまり間を置かずに文化祭なんだね」
「私らの高校は文化祭終わってから試験だったよね」
「この辺の高校はほとんどがそうですよ。アリカの所も30日と31日で文化祭とか言ってたし。俺のところは試験終わってから文化祭まで2週間あるからアリカの所よりましですけど」
「文化祭って部外者も見れるの?」
「家族は大丈夫だけど、うちの場合は招待券がいるな。招待券があれば一般の人でも入れるから。申請方式だから美咲が来るつもりなら申請しとくけど」
「春ちゃん一緒に行こうよ」
「じゃあ、オーナーに相談しておくよ。明人君人数的な制限はあるのかい?」
「招待券一枚で二人まで入れます。確か五枚くらいが上限だったと思うんですけど、正確な数忘れました」
ふと、晃のことが浮かんだが、情報流したら無理にでも来そうな気がして、考えるのをやめた。